とにかく循環器の先生からの電話でスッカリ大混乱におちいったので、このまま仕事に戻ってもダメだなと思い、隣のお店の仲良しのスタッフさんに話に行ってみました。


そしたら彼女が、「病院から一刻もはやく脳外に行けって言われたのなら、明日は仕事休んで病院に行って下さい!プンプン」と私の手をしっかり握りしめて言ってくれました。

しかし突然仕事を休んで病院に行くのも…と躊躇してしまいましたが、「脳なので、何かあったら取り返しがつかないので、とにかく明日は病院です!プンプン」と背中をバンバン押してくれたので、上司に連絡を入れて、翌日仕事の休みをまらいました。

上司も「仕事はいいからとにかくお体を優先して下さい!!」と協力して下さいました。

皆様のご理解がありがたかったですえーん


翌日、循環器から紹介状を受け取り、母も通うA脳外科病院に行きました。

そこを選んだのは、母が通院してたので、親子で病院をそろえた方が良いだろうと思ったのと、地元の人が脳疾患でよく搬送される病院だったのでA病院にしました。


いよいよ診察です。

開口一番わたくしから「昨日病院から電話がかかってきて、とにかくはやく脳外に行けと言われたので、訳の分からないまま来ましたのでよろしくお願いしますショボーン」と、お伝えしました。


A病院の先生はとても親身で、段々と冷静に話を聞けるようになりました。

とりあえず病名としては、中大脳動脈瘤7ミリ。内頸動脈瘤8ミリ。

術式の説明とかも受けました。

この7とか8ミリが私にはサッパリで、何でわざわざサイズを言うんだろう?と思って聞いてましたか、どうやらこのサイズはデカイらしい。

デカイと言う事は、破裂の危険が高いと言う事らしいのです。


ひょえ〜えーん💦と思い、「じゃー手術をお願いします!!」とお願いしたら……先生からまさかのお言葉が。


「あなたの動脈瘤は、うちでは対応できません。どこか大学病院に行って下さい。」


はぁーーーーガーン?!?!

手術が出来ないってあるのーーーーガーン?!?!


大混乱ですよ!!!

病院から手術を断れるなんて事があるんだ!

そんな事があるなんて知らなかったえーん💦


じゃー私は一体どーしたらいいんですか!と半狂乱で先生にくいつてしまったのですが、先生が再度紹介状を書くから、それを持って大学病院に行けと。


とりあえず近くにある大学病院に行き直す事になりました。


激混みでしたが、先生も急ピッチで紹介状を用意して下さいまして、同日の午後に大学病院に向かう事になりましま。


続く







まさかこのブログに再び触れる日が来るとは。


1月上旬に心臓の具合が悪くなり、その日のうちに循環器に行って、2週間くらいの日程で、色々と検査を受けることになりました。


最後の検査を受けた翌々日。

スマホを見たら、病院からの着信と先生から「また電話します」と留守番へのメッセージがあり☎️。


基本的に病院から電話が来るって、よほどの事がないと無いことなので…

動揺しながら病院に電話をして先生を呼び出してもらったら…


「ニコさん、今頭の調子どう?

脳にね問題がある。動脈瘤が2個……」

先生の言ってる事が想定外すぎて、突然だったし、頭がパニックになり、先生のその後の言葉があまり理解できなかったけど、


要するに、「一刻もはやく脳外に行け!」って事だった。


その日から2週間過ぎたのが今。

ここまで強烈過ぎて、メンタルが崩壊しかけちゃって。


どうやってこの緊張を乗り切ろうか。

そしたらこのブログを思い出したので、とりあえず書いてみてみた。


体調は大丈夫。

問題はメンタル。


オエー

皆さまおはようございます。

多分、これがWPWシリーズ最後になる予定です。
何かよっぽどの事がなければ、当分もう触れる事はないと思います。

考えてみれば、2020年12月に2度目のOPEを受たんでしたが、ずいぶん遠い過去のように感じます。

んで今後の方針は、もう自分の中では決定してて、3度目のOPE は絶対にナシです。
先生方には分かってもらえないけれど、2回ともOPE後にどれだけ体調が低下したか。

あの術後の体調低下は私には不気味な恐ろしさとしか思えなくて。寿命が削られてる感じ。

代償が大きすぎる。
もうあの手術に耐えられるだけの体力は残ってないと感じてます。

なのでどれだけ説得されたとしても、もう二度とあの手術は受けたくありません。

でもおかげ様で、WPWの発作の回数は減り軽い程度で済んでます。
とりあえず一か月の回数がかなり減少しているので、それは本当に良かったです。

ですが、ここからは想像での発言になってしまいますが、質にひっかかってしまってます…。

今までは簡単に発作が起きやすかった分、発作も素直だったというのか…。
2度のOPEで焼き切れなかっただけあって、たちが悪い部分が残ってるというような感覚なのか、軽い発作の割には、心臓が止まりそうな感覚もあって、へ?大部分のKENT束が消滅したからその代償なのか?
今までとは明らかに違う心臓の動きは認識出来ているのですが、でもそれを先生に言っても通じないと思うので言いません。

あと、WPWの走りなのか、期外収縮なのかは不明ですが、よく起きます。
例えば左側を下にして横になると、心臓にかかる圧がきつくて動きが乱れます。

ですが、だったら何なんだよって気になりました。

もともとそんなに長く持つような心臓じゃないって言われてたし、
確かに今まで本当によくあの発作に耐えながら頑張って動き続けてくれてて!

医療難民でいた時と同じように、もう黙って自分で心臓を見守りながら、静かに過ごしていたいという心境に至りました。

とりあえず、カリウム犯人説は私の中では正しいと思ってます。
心臓の運動量を維持するだけの栄養は絶対に必要だと感じてます。

ですが、それも実はちょっと疲れちゃいまして。
術後の体力低下を脱するのに必死だった時は、頑張ってご飯を食べてましたが、それがだいぶ落ち着くと、食事を摂るのもそれなりに胃がきつくって。

要するに、老化なんだと思います。
そうやって人体の様々な機能が段々衰えていき、人はやせ細りながら年をとっていくのだと。

もう末端には栄養が行き渡りにくくなってまして、右手のひらの状態はよくなったけど、数本の手の爪はだんだん短くなっていき、手や足の皮膚がボロボロです。皮膚が再生しなくなりつつあります。

本当はもうちょっと心臓の動きを安定させる為に食事の量を増やした方がいいんだろうな~と感じてますが、でももう胃の方が限界なので、これ以上食べ続けるのもしんどくて。

なので抵抗を続けるよりも、ベストを尽くしつつ、自然な状態で体の衰えを受け入れていこうと思います。

でもあえて言います。
多分普通の人よりもそうとう神経を使っているので、見た目には超健康優良児だと思います。
とりあえず通院は血圧の薬をもらたいので続けます。

結局、あまり医療の力は借りずに闘病を続けるのが私のスタイルだって事ですね。