いったいいつ以来だろうか、Kさんと、こうしてお会いするのは。
以前は、近況うかがい、ご様子うかがいがてら、いっしょに展覧会を見たり、コンサートに行ったり、また食事しながらの四方山話…と、月に一度は必ずお目にかかるようにしていたのだが、すっかりご無沙汰してしまったのは、やはりこのコロナ禍のゆえだった。
ほんとはもっと早くお会いしたかったのだが、ご高齢のKさんが万一にもコロナウイルスに感染されては…と、もうしばらく待ちましょう、待ちましょうと、心ならずも面談予定を引っ張り続けてきた。
しかし、どうもこのコロナ禍は、当分収まりそうにない。都内の感染者数はすっかり高止まりといった観がある。このままあまりお会いせずにいるうち、2度と会えなくなってしまうようなことになってもいけない…と、今朝、Kさんとご自宅近くの京王多摩センター駅改札で待ち合わせ。
私は、3密回避するには京王プラザホテルのロビーあたりでご面談…程度がよかろうと、「今回はお茶くらいにしておきましょう。」…そう、あらかじめお伝えしていたのだが、Kさんは「片倉城跡」に私を案内したい、といつもながら積極的である。午後の予定を気にしつつも、私が喜んでそのお誘いに応じたのはいうまでもない。
女性ドライバーの草分けであるKさん運転の車で約15分。八王子市内にも、高尾山だけじゃなくて、こういう広々と自然に触れ合える、ファミリーにもカップルにも楽しい場所があるのだな、と初めて知った。しかも、季節にはカタクリの花や、ホタルの観察まで楽しめるというこの場所。
昨日までの雨はすっかりあがり、澄んだ秋空が広がっていた。その西の方に見事な富士山が。先日、新幹線で静岡まで往復しても、それどころか富士の懐といってよい御殿場まで行っても天気が悪くてあいにく望めなかった富士だ。富士登山はコロナで禁止されたが、富士山はコロナ禍など知らぬかに悠然と裾野をのばしていた。
さて、城跡ってのは天守閣がないからいい。説明板によればそもそも、この城は構えや沿革にも不明な点が多いそうだ。
Kさんと野鳥のさえずりを聞きながら、武蔵野の面影を残す園内の散策を楽しんでいたら、あっという間に時間が過ぎ、このあと私は別の高齢者であるPさんとの午後のお約束に遅刻することになってしまった。
Pさん、誠に申し訳ありませんでした!
悪いのはもちろんKさんではなく、ましてや城跡でも、美しい富士でもなく、最近かなりアルツハイマー気味のこの私です。
が、いずれにせよ、人生の先輩おふたりとの会話にいろいろ学ぶことも多かった、非常に有意義な日曜であった。
裁判を仕事にしていてつらいのは、せっかく裁判をし、しかも、せっかく裁判に勝ったのに、お客様に満足をお届けできない、早い話が、貸したお金は結局返ってこない、損害賠償も受けられない……という場合である。
しかも、そういう場合が意外に多いから困るのだ。

たとえば、ある人にお金を貸したが返してくれない。弁護士に頼んでその人を訴える。めでたく裁判で勝って、裁判所から「いくらいくら支払え」という命令(判決)が出る。
しかし、裁判所が命令したら支払うほど素直な人ばかりの世の中ではない。
むしろ逆で、どうせ俺はたたいても埃も出ない…と、開き直るやつも珍しくない。中には、裁判に負けた途端に自己破産しちゃって、正々堂々、法律で支払い義務から解放される人もいる。こればかりはほとんどどうしようもない。そういう法制度なのだから。
…が、どうもどっかに隠し財産があるらしい、というケースには、歯ぎしりさせられるばかりだ。

どこにどんな財産があるかわかれば、もちろん、裁判の力で、その財産を「差し押さえ」し、強制的にお金にかえて、そこから「債権回収」ができる。まさに裁判の醍醐味である。
しかし、どこに何があるか、それがわからない。
ズル賢いやつほど、裁判に負けても高笑いなのだ!

これじゃ何のための裁判かわからないじゃないか。なんのために、市川先生、アンタにお願いしたんですか! 着手金返してくださいよ!
いや、裁判に勝ってもお金が返ってくる保証はありません、最初にそう言ったはずですよ。
いや、ワシゃそんなこと一言も聞いとらんぞ!
いや言いました。
聞いてない!
言いました。そしたら「お金じゃないんだ。とにかく訴えてくれ。」あなた、そうおっしゃったじゃないですか。
言うわけないじゃろ、そんなこと。
いや、おっしゃいました。
言っとらん!!

……さて、こんな不毛な争いはともかく、せっかく裁判に勝った債権者のあなたに、債務者がどこにどういう財産をもってるか知る機会を与えましょう……そういう発想から平成15年に誕生したのが「財産開示手続」という制度であった。
しかし、これは、基本的にあくまで債務者自身による自己申告を促し、ただ、正直に申告しないと"過料"(罰金みたいなものだが、刑事罰である罰金とは似てゼンゼン非なるもの。)をとりますよ…という限度でのみプレッシャーをかける制度であったため、債務者の隠し資産がこれでもって暴かれるなんてことは、ほとんど期待できない、あまり実効性のない制度だった。
そういう反省にたち、正直に財産開示をしない債務者には懲役刑もあり得る(そういう輩は刑務所に行ってもらわねばならない。)とか、あるいは、勝訴した判決とかがあれば債権者の側から、たとえば、銀行に債務者の預金がないかなど調べを尽くせるとか、歯ぎしりしてるしかなかった債権者のために、より制度の実効性を高めようという法改正が、今はすでに懐かしいあの安倍政権下で成し遂げられたのだった(去年のことだ。)。

…と、知ったようなことを書いてきたが、私はそのことを「令和元年改正民事執行法実務解説Q&A」という本(商事法務社刊)を読んではじめて知ったのだった!
しかも、この本を、私は買ったのではない。2,3か月前、編著者のおひとりであり、私にとってはまさに大恩ある先生から、なんと頂戴したのである、タダで。
それをようやく読み終わったのが今日だったが、とてもわかりやすい、しかし、目配りの実に素晴らしい、われわれ実務家にとってずっと手放せなくなりそうな、まさに、さすがと言うべき、ありがたい解説書であった。……というより、この本を読めば、私のお客さんも、私なんかに頼まなくても独力で財産開示手続が利用でき、債権回収の実をあげられそうである。

いずれにせよ改めて思ったのだが、やはり、信頼できる情報はネットとかSNSとかでなく、実績ある先生方が実名責任をもって上梓したご本や論文から得るべきものなのだ。そして、お金というものは、本来そういうものにこそ、惜しまず使わなくてはならないのだ。
新宿の「メトロ食堂街」が9月いっぱいで閉鎖されることになったそうだ。
メトロ食堂街といえば、司法修習生のとき、ご指導いただいていた裁判官に、ここの「万世麺店」にお連れいただき、名物の「パーコーラーメン」をごちそうになり、東京にはこんなラーメンがあるのか…と感動したあの日が忘れられない。
パーコーラーメンというのは、ラーメンの上にアツアツに揚げた豚肉を載せたやつで、実にボリューム満点の一品。私はその後もときどき思い出してはここでパーコーラーメンを食べた。
が、今日は実に久しぶりだった。近くを通りかかったのであえてお店に寄ってみたのだった。
迷うこともなくパーコーラーメンを注文(昔はどうだったか忘れたが、今は発券機で食券を買う。)。
店員さんに「大盛無料ですがどうされますか。」と聞かれ、もちろん「大盛にしてください。」と応じる。昨日60歳になったが。…しかし、やがて出てきたパーコーラーメンは、あの日のあの味のままであった。
ただし、若い頃に比べたら、今はやや胃にずっしりくるのを否定できない。
しかし、じっくり、ゆっくり、完食させていただこう。ラーメンの上、最初はカリカリだったが、最後の一切れともなると濃厚なスープにグッタリとひたっているパーコー。その最後の一切れを私は噛みしめる。もうここに来ることはないのだな、と、感懐にひたりながら。
お世話になったあの裁判官も、もちろん今は退官されたはずだ。この私自身、引退がすぐそこなくらいなのだから。
お世話になった裁判官の笑顔を思い出しながら、私はメトロ食堂街をあとにした。(こんなときにしか思い出さぬ教え子で、ホントに申し訳ありません!)