私が「シルバー・リーガルケア契約」というのを結んでいるあるご婦人Bさんと、南こうせつさんのコンサートに行った。
もともと、Bさんとは月に1回くらいのペースで、そう、もうすでに10年以上は面談機会を設け続けてきた。しかし、そういう機会にかこつけて、こうしてイベントや行楽にご一緒することも多く、むしろ私はそれを弁護士人生ほとんど唯一の息抜きにさせていただいていると言ってよい。
そのBさんからお誘いを受けた昨夜の南こうせつさんのコンサート。…最初はこの5月に行われる予定だった。しかし、くだんのコロナ禍の影響で、それが中止になった。
…私は、実は南こうせつさんにはあまり興味がなく、SIRとか若い女性アイドルたちの方がずっと好きなのだ。南さんの楽曲もあの「神田川」と「夢一夜」、それに「妹」くらいしか知らないし、正直「疲れるなぁ」と思っていたので、このまま中止になってくれればいいと思っていたほどなのだ。が、半年を経て、今月めでたく開催の運びとなった。
会場となった府中芸術の森ホールは、間隔をあけて座席指定しているため、約半分の入り。それでも500人以上は詰めかけていたろうか。ほとんどが高齢者だ。
舞台の幕が上がった。明るいステージの真ん中、南さんの熱唱が始まった。まだ知らない歌ばかりだったが、やがて、私はいつしか自然に目頭が熱くなっているのを感じた。それほどの、南さんの、意外といっては本当に失礼だが、紛れもないスターの、ビッグネームの、まさにオーラなのだった。そして、もう70歳を超えているというのが信じられない、若々しい、張りのある声。テレビとかで見る南さんとは全くの別次元の響き、そして輝きであった。
たいしたもんだなぁ、ほんとうに! 有名になるってこういうことなんだなぁ。本物なんだなぁ…。私はこのコンサートに連れてきてくれたBさんに感謝せずにいられなかった。そして、なんかめんどくせぇなぁ…と思っていた昨日までの自分の身の程知らずが恥ずかしかった。
休憩をはさみ、約2時間のコンサート。もちろん、「神田川」は掉尾を飾る。♪あなたはもうわすれたかしら……おそらく、今の若い人の中には知らない人もいるにちがいないが、少なくとも、この日ここに集った観客なら知らぬ人がいるはずもない昭和の名曲の中の名曲。南さんの生の「神田川」を聞けてみんながみんな深い感懐にふけったのは間違いない。ふりかえるほどの若き日などなかったこの私ですらそうなのだから。
Bさん、本当にありがとうございました。私は感謝の念を新たにするとともに、思った、あぁ、死んだ父親を連れてきてやりたかったなぁ…と。
そんな府中の夕べだった。
例によって、今日もほとんど頭を使わぬ1日であった。
まず、午前10時、ある取引に立ち会うため、ある不動産屋さんのところに行く。ただ、持ってきてくれと言われた書類を持っていくのだけが私の使命であった。
その使命を完璧に果たす。
次に向かったのはある銀行である。預かっていたお金を、お客さんの口座に振り込む、というミッション。
振込金額が大きいので、「ご本人確認させていただきます。」と、窓口で行員からキャッシュカードの提示と暗証番号の入力を求められ、私は素直にこれに応じる。…カードと暗証番号の組合せがいちばん信頼できるのなら、たとえ高額でもATMから振り込めるようにしてくれりゃいいのに。そうすりゃこんなに長時間待たされずにすむのに…と思いながら。…しかし、いつオレオレ詐欺に引っかかってもおかしくない、最近の私だ。
次に向かったのも別のある銀行であって、ある相続関係のある手続き。オレオレならぬアルアル尽くしですみません。ただ、これも、ほとんど忍耐強く待つのだけが仕事だ。
そして、最後に向かったのはある病院。ここに、私がゆきがかり上キーパーソンになってしまったある老人が、先週から入院している。ドクターが手術について説明がしたいとおっしゃるので、そのお話を聞きに行った。あと、入院中の彼女のために、各種日用品の差し入れもした。
かくして、今日も移動と待機に9割近くを費やした。歩きも入れて合計6時間は移動時間、残りが待機時間だ。今は帰りの電車の中。
しかし、私はJR京葉線からのこの大海原の眺めが好きだ。サハE231-92の車窓、東京湾の奥にひろがっている太平洋の暮色が、老いたる電車男にやさしい。
さぁ、帰って仕事だ。多少は頭を使って!
弁護士になって、あぁ、本当によかった!
三重県、四日市市のホテル「マックス5つ星」
実に語呂がよかったのと、安かったのとで、私の疲れた体はこの宿にチェックインとあいなった。
フロントでお定まりの検温。もちろん冷血漢の市川尚、体温は35度台だ。ただし、ここで、もし37.5度を越えてたからといって、どこに行けばいい? もう東京には帰れない時間だ。
さて、部屋は驚くほどコンパクトで、非常に好感がもてた。さらに、感心させられたのは、剃刀とかヘアブラシといったアメニティーのたぐいがまったくないこと。ティーパックとか、インスタントコーヒーのパックとか、普通のビジネスホテルで必ずといってよいほど見かけるアレもない。湯沸かしのポットはあったが。
…コロナの影響もあろう。しかし、そんなもの本来なくたって困らないのだ。
要は、とってもエコであり、地球に優しい。贅肉を削ぎ落とせるだけ削ぎ落とした、私にとつてすこぶる教訓に富んだこのホテル。これからは、「マックス5つ星」でなく「ミニマム5つ星」を名乗るがよかろう。
だが、まず熱いお茶がのみたい。
それに、ここで、こんな時間だというのに今日はまだ何も食べてなかったことに気付いた私は、部屋にあるオン・デマンド式のビデオなんかに見向くこともなく(そういう、ホテルとして最低限備えてしかるべき施設は、ちゃんと備えているこのホテルでもあった。有料だが。)、深夜の四日市市街に足を向けた。
すると、このホテルの周囲は非常に明るい、いわゆる飲み屋街であり、また、意外にも国際色豊かで、このコロナ禍にあっても多くの人出でにぎわう大都会であることに気付いた。
四日市と聞けば、だれもが、あの公害とか喘息被害とかを思い出すだろう。ある意味、イメージは決して健康的とは言えないこの都市だ。しかし、いまや、市民や行政の努力で、それらを克服し、かくも健全な中核都市として、きっと県内でも一二を争う繁栄を誇る四日市なのだ。
私は涙をこらえるのがやっとだった。
そんな私に、中国人と見られる女性が声をかける。「オニイサン、寄ってきませんか。」と。還暦を迎えたばかりのこの俺に!
さて、居酒屋とかをあまり好まない私は、かなり歩き回ったあげく、結局、まだ開いていた街中華みたいな店に入り、ホントはこの季節でも冷し中華が食べたい気持ちだったが、熱い担々麺を食べ、それがあまりにうまかったので、追加で半ライスと搾菜まで頼み、おまけに生ビールまで何杯か飲み、かなり酔っぱらって、それでもこの慣れない土地でちゃんとホテルの部屋にたどり着いたのだけはたしかである。しかも、私がこれまで泊まったホテルの中でもギネス級の狭さのユニットバスで屈葬されたようなかっこうでちゃんと風呂まで浴び、その風呂に比べれば太平洋のように広々としたベッドで、朝までぐっすり眠った。おかげで今朝はとても気分良くホテル「マックス5つ星」をあとにすることができた。
しかもだ。「またお越しください!」と清々しく見送ってくれたフロント係の女性!
…私は、米倉涼子さんがなんでこんなホテルでバイトしてんの!?…と、我が目を疑ったほどだったのである。
おかげで、この日、この都市で予定していた仕事もすこぶるはかどった。
まさに、マックス5つ星といってよい、絶対にまた泊まりたくなる、この宿の魔術なのだった。