コロナに明け、コロナに暮れようとしている2020年。
みなさま、つつがなくお過ごしでしょうか。
本年もひとかたならぬご愛顧を頂戴し、本当にありがとうございました。
おかげ様で私はなんとか無事、新年を迎えられそうです。
心からお礼を申し上げます。
昨年の今ごろは世界のだれひとりとして予想できなかったこの新型コロナウィルス禍。来年も、日本が、世界が、もしかしたらそれ以上に想像を絶する事象に見舞われるかもしれません。
しかし、何があっても、2021年、この老骨に鞭打ち続けつつ、わずかなりとも人権擁護と社会正義実現に尽くせるよう、微力を傾けたいと思っております。
明年もご芳情たまわります よう、何卒よろしくお願いいたします。
みなさま、つつがなくお過ごしでしょうか。
本年もひとかたならぬご愛顧を頂戴し、本当にありがとうございました。
おかげ様で私はなんとか無事、新年を迎えられそうです。
心からお礼を申し上げます。
昨年の今ごろは世界のだれひとりとして予想できなかったこの新型コロナウィルス禍。来年も、日本が、世界が、もしかしたらそれ以上に想像を絶する事象に見舞われるかもしれません。
しかし、何があっても、2021年、この老骨に鞭打ち続けつつ、わずかなりとも人権擁護と社会正義実現に尽くせるよう、微力を傾けたいと思っております。
明年もご芳情たまわります よう、何卒よろしくお願いいたします。
有名人の不倫騒動に際し、「不倫を非難できるのは家族だけだ。社会全体でパッシングするのはちがうと思う。」といった、やや寛容な(?)論調を、最近よく目にする。が、果たしてそうだろうか。
世の中強い人ばかりではない。
もし、非難できるのが家族だけだとしたら、かわいそうな妻は泣き寝入りするか、結局最後は夫を許してやらざるを得なくなるか、であり、夫の方は、結局はのうのうと裁きを受けぬままですむか、さもなくば開き直ったままになってしまうのではなかろうか。…私は、まず、そんな風に思うのである。
なお、不倫するのが夫の方ばかりでないことはもちろんだ。ただ、その方が多いのは不肖私の弁護士としての経験上ほぼ間違いないように思うので、簡単のため、本稿では夫が不倫するというパターンに即して、話を進める。
…さて、どっちがかわいそうかは置いといて、夫婦間の貞操観念が一種の社会規範に基づくものである以上、これに反した者が、家族からだけでなく社会全体からもパッシングされるのは、やむを得ないことではないだろうか。ただ、それが単なる野次馬やハレンチ趣味に陥っているのは嘆かわしいが。
もっとも、不倫禁止は現代でも本当に社会規範でありつづけるべきかという大上段の議論は、この際大いにあり得る。
だれを愛そうがそれは人間としての恋愛感情の自然な発露なのであり、それを法で禁じるのは、極端な場合、内心の自由や幸福追求権の侵害だ。だから、家族にも不倫相手にもきちんと責任をとりつつ、だれにも迷惑をかけないのなら不倫もオーケーではないか。個人の自由ではないか。
だから、たとえば、妻の「了解」のもとに、また、相手にも自分が妻帯者であなたと結婚することはあり得ない旨、きちんと「納得」させた上で行う婚外交渉ならいいじゃないか…。
…お互い認め合う不倫!? いや、そうなると、もう、それはそもそも「不倫」にならないではないか。
男は妻がいようがいなかろうが、女を愛さずにいられないのだ。……そこまで言う人もいる。
しかし----そもそもそういう自由な、かつ、真意による了解や納得が本当にあり得るのか(つまり、ホントにそんなにものわかりのいい妻や不倫相手がいるのか)は別として----それは一夫一妻が社会生活の基礎単位であるとする近代的な家族観、人類が到達した「夫婦はこうあるべき」という道義感に対する挑戦であって、人間の性道徳を根本からゆるがす人倫の破壊ではないか。そんなことを許せば、いずれ歯止めがきかなくなり、まさにフリーセックスがフリーになってしまうし、あるいは昔の一夫多妻制の復活にまで、道を開かないと徹底しない。…そんなことにすらなりかねないのでは。しかしそれでいいのか。
…もっとも、今や同性婚も認められようという世の中である。家族観とか、性道徳とかいっても、それが根本的な変革を迫られているのが、まさに現代なのではないか。
…たしかにいろいろな考え方があるとは思う。
しかし、これだけは言えますね、社会が不倫に寛容になったら、近藤さんや渡部さんみたいにモテる男は楽しいだろうが、私のように取り柄も甲斐性もない、早い話がモテない男は、ますますつまらないですね。世の中の女性、かっこいい、あるいは、強い男、豊かな男に独占されちゃうに決まってますよ。そしたらどうなる? …いや、女性をモノみたいな言い方するのはやめよう。
が、いずれにせよ、われわれ不細工でか弱い男は、少なくとも不倫禁止が社会のゆるがぬ規範であるうちは、不倫したイケメンがパッシングされるのをみて、大いに溜飲を下げることができるんです! それだけはたしかですね。さもしいけどね、リサちゃん! …な、いつも言ってるけど、クスリと不倫はだめだぞ。
私は、不倫を悪とする社会秩序をまだ支持したい。
そして、この問題をあくまで個人だけの問題であるかに矮小化する論調には、まだまだどうしても賛成する気になれないのである。
世の中強い人ばかりではない。
もし、非難できるのが家族だけだとしたら、かわいそうな妻は泣き寝入りするか、結局最後は夫を許してやらざるを得なくなるか、であり、夫の方は、結局はのうのうと裁きを受けぬままですむか、さもなくば開き直ったままになってしまうのではなかろうか。…私は、まず、そんな風に思うのである。
なお、不倫するのが夫の方ばかりでないことはもちろんだ。ただ、その方が多いのは不肖私の弁護士としての経験上ほぼ間違いないように思うので、簡単のため、本稿では夫が不倫するというパターンに即して、話を進める。
…さて、どっちがかわいそうかは置いといて、夫婦間の貞操観念が一種の社会規範に基づくものである以上、これに反した者が、家族からだけでなく社会全体からもパッシングされるのは、やむを得ないことではないだろうか。ただ、それが単なる野次馬やハレンチ趣味に陥っているのは嘆かわしいが。
もっとも、不倫禁止は現代でも本当に社会規範でありつづけるべきかという大上段の議論は、この際大いにあり得る。
だれを愛そうがそれは人間としての恋愛感情の自然な発露なのであり、それを法で禁じるのは、極端な場合、内心の自由や幸福追求権の侵害だ。だから、家族にも不倫相手にもきちんと責任をとりつつ、だれにも迷惑をかけないのなら不倫もオーケーではないか。個人の自由ではないか。
だから、たとえば、妻の「了解」のもとに、また、相手にも自分が妻帯者であなたと結婚することはあり得ない旨、きちんと「納得」させた上で行う婚外交渉ならいいじゃないか…。
…お互い認め合う不倫!? いや、そうなると、もう、それはそもそも「不倫」にならないではないか。
男は妻がいようがいなかろうが、女を愛さずにいられないのだ。……そこまで言う人もいる。
しかし----そもそもそういう自由な、かつ、真意による了解や納得が本当にあり得るのか(つまり、ホントにそんなにものわかりのいい妻や不倫相手がいるのか)は別として----それは一夫一妻が社会生活の基礎単位であるとする近代的な家族観、人類が到達した「夫婦はこうあるべき」という道義感に対する挑戦であって、人間の性道徳を根本からゆるがす人倫の破壊ではないか。そんなことを許せば、いずれ歯止めがきかなくなり、まさにフリーセックスがフリーになってしまうし、あるいは昔の一夫多妻制の復活にまで、道を開かないと徹底しない。…そんなことにすらなりかねないのでは。しかしそれでいいのか。
…もっとも、今や同性婚も認められようという世の中である。家族観とか、性道徳とかいっても、それが根本的な変革を迫られているのが、まさに現代なのではないか。
…たしかにいろいろな考え方があるとは思う。
しかし、これだけは言えますね、社会が不倫に寛容になったら、近藤さんや渡部さんみたいにモテる男は楽しいだろうが、私のように取り柄も甲斐性もない、早い話がモテない男は、ますますつまらないですね。世の中の女性、かっこいい、あるいは、強い男、豊かな男に独占されちゃうに決まってますよ。そしたらどうなる? …いや、女性をモノみたいな言い方するのはやめよう。
が、いずれにせよ、われわれ不細工でか弱い男は、少なくとも不倫禁止が社会のゆるがぬ規範であるうちは、不倫したイケメンがパッシングされるのをみて、大いに溜飲を下げることができるんです! それだけはたしかですね。さもしいけどね、リサちゃん! …な、いつも言ってるけど、クスリと不倫はだめだぞ。
私は、不倫を悪とする社会秩序をまだ支持したい。
そして、この問題をあくまで個人だけの問題であるかに矮小化する論調には、まだまだどうしても賛成する気になれないのである。
