いつもの床屋に行ったら、そこの店主に「お気付きですか。うしろが円形脱毛症になっていますよ。」と言われ、思わず「エエッ」と声をあげてしまった。
円形脱毛症になる領域がまだあったのか!
それにしても、もちろん楽しいことではない。
「なにかストレスたまることがありましたか?」20年以上お世話になっている店主だが、私が弁護士であることは知らない。
「ストレスですか…」
あの事件、この事件、私の日常はストレスだらけだ。
しかし、ここ1,2か月で普段以上にストレスとなる事件があったわけではない。とすると原因は、やはりこのコロナ禍か、それとも気になるアフガニスタン情勢か、あるいは末期的な迷走ぶりを示すわが菅首相か…あ、やっぱりあれか、原因があるとすれば…。
仕事とは関係ないが、先月非常にショックを受けたあるできごとがあるにはあったのである。
「普段より、後ろはちょっと長目にしておきますね。そうすれば隠れますから。」
店主はてきぱきと散髪を続けてくれた。
思うに、私のこの後頭部のハゲに、この間、気づかれていたご依頼者や同業者もおられたにはちがいない。しかし、「先生、はげてますよ。」とはなかなか言いにくかったろうし、もともともっと大きくはげてるんだから指摘するまでもなかろうと、放っておいてくれたのだろう。店主が言ってくれなければ、永遠に気づかないところであった。
「教えてくれてありがとう。」
私は心からの礼を述べて、その床屋を後にした。
店主によると、これと言った治療法はないとのことだし、教えてもらったからってどうしようもないのだが。
ま、痛いとか苦しいとか実害はないからよしとしよう!(…とかなんとか言いながらネットで「円形脱毛症 治療」を検索してしまう自分もここにいるのである。)
あと、さきほど述べた、「非常にショックを受けたあるできごと」については、心の傷がもう少し癒えてから、このブログでご紹介することとしたい。
パラリンピックの視覚障害者柔道で、日本は男女計13階級で銅メダル2つに終わった。
選手のみなさんは精一杯頑張ったと思うが、我が国のお家芸としては惨敗といえよう。
これがオリンピックだったら大変なパッシングが沸きおこったろう。
そのオリンピックでは金メダルを量産した日本柔道陣。しかし、トップレベルの競技者たちが秀でているだけで、柔道が社会の隅々にまで世界一ゆきわたっている国が日本かというと、そうでもないらしい。
しかし、日本生まれの柔道が世界中で障害者にまでこんなにも親しまれていることに、日本人としてむしろ誇らしさを覚える。柔道の裾野の広がりなのだ。
ところで、メダリストの顔ぶれを見て、アゼルバイジャンとかジョージアとかウズベキスタンとか、もともとオリンピックの柔道強国でもあるにはあるが、旧ソ連の、しかもどちらかというと辺境国の席巻ぶりに驚かされる。
こういう国で、そんなに柔道って社会に普及しているのだろうか? しかも、障害ある人たちの社会に。…それとも、こういう国の人たちは、単に、強い、格闘に向いているということなのか。
いずれにせよ、われわれ普通の日本人以上に、柔道の奥深さを知っている世界の柔道家。
日本武道館に集った彼ら全員に心から拍手を送りたい。
それにしても、視覚障害者の柔道はお互い組み合った状態からはじまるため、ボクシングみたいな組手争いに時間が費やされることがない。テレビ観戦し、がっぷり組み合う本来の柔道の醍醐味を堪能できた。
視覚障害者たちの熱戦に、私は柔道の原点を見た思いがした。

イスラム原理主義のタリバン政権が実権を掌握し、大混乱に陥っているアフガニスタン。

テロ事件まで発生し多数の死傷者が出るなど、戦争以上に市民の命が危険にさらされている。

クーデター後、抗議する市民1000人以上が亡くなったミャンマー情勢がかすんでしまったほどだ。

国家として承認するかどうかは別にして、国際社会は協調して、タリバン政権との対話に努め、この一見、近代市民社会の価値観とあいいれないかのイスラム原理主義と、どう向き合っていくのか、模索を続けなければならない。どうすれば、人の命をもっとも守れるかという視点で、私は大義名分は後回しにして、まずは現地の政情安定を図ることが最優先だと思う。いずれにせよ、大国が主導権争いをしている場合ではない。

また、アフガニスタンからの大量の難民に、いつもながら、どこかいかにも別世界然としている日本は、いま平和の祭典パラリンピックの真っ最中だ。

「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」

これは言わずと知れた憲法前文の一節。

国際社会における名誉ある地位とはなんなのか、われわれひとりひとりが改めて省察する必要がある。

…実に久々にこのブログを見たら、お正月以来、まったく更新されていないのに気づいた。

私は半年以上冬眠していたのだ、この暑いのに!

お正月のブログに「今年こそ戦禍のない世界を」と記したが、アフガニスタンを再び戦場にしてはならない。