「ご到着地釧路の現在の気温は0度です。」機長の機内放送に満員の乗客がどよめいた。
三連休の初日、私は北海道ツアーを楽しむため、まず、道東の釧路に向かった。さあ、仕事を忘れてリフレッシュするぞ、うまいもの食べるぞっ!
しかし寒い。
当地は行けども行けども枯木林だ。その片隅で製紙工場がモクモク白い煙を吐いている。
…さて、まずはどこへ行こうか。湿原は何度も行ったし、和商市場に行っても独り暮らし、買い物の用はない。迷ったあげく、知人のAさんが入居している当地の老人ホームに向かった。
Aさんの暖かいお部屋で談笑しながら、Aさんがコープ札幌で買ってきたタコの頭と、焼酎をごちそうになる。
窓の向こうの春採湖が鮮烈に夕焼けてきた。絶景!まさに旅の醍醐味。
「そろそろ失礼しますね。今日はほんとにごちそうさまでした。また連絡しますよ。」
Aさんは決して引き止めたりしない。「ホテルで食べなさい。」と、私の好物であるバナナを2本、持たせてくれたのだった。
(つづく)
私は何人かの老人のお宅を定期訪問している老人である。
今日、約束していたAさんの、横浜市内の自宅を訪ねた。
Aさんは、私よりもふた回りくらい老人なのだが、元気に独り暮らししてる。しかし、今日はインターホンを何度押しても応答なし。ためしに電話しても応答なし。もしや…との不安が頭をよぎった。「この留守電にお気づきになったら、どうか一度お電話ください。」
実は前にも似たようなシチュエーションで、私はある老人が死にそうになっているのを発見したことがある。あんまり感謝されてはいないが。…しかし、今回は合鍵を預かってない私。いったん撤退し、今日1日待って何の連絡もなければ、警察に連絡してまた来よう。
…ところが、しばらくして…。私はすでに帰りの電車の中だったが、Aさんから電話があった。
「どうしました?」
「お出かけでしたか。今日お約束してましたが、お留守だったんで、ちょっと心配になってお電話しました。」
「約束は明日ですよ!」
!!!
…そんなはずはないのだが…。私のスケジュール帳には間違いなく、今日だと。
しかし、そこにAさんの印鑑もらってるわけではない。そうだ、きっと私が間違えたんだ。そうにちがいない。
それに、Aさんの、この自信みなぎる決然かつ断固たる話しぶり!
「いや、そうでしたか。それは大変失礼しました。メンモクないです。」
私が平謝りしたのは言うまでもない。しかし、いよいよこの俺もアルツハイマー型認知症になったか。Aさんよりはまだ20歳も若いってのに!
うちひしがれながら、東京駅のホームで乗り換えの電車を待ってたときだ。またAさんから電話があった。
「先生、さっきは失礼しました。家に帰って確認したら、間違えてたのは私の方でした!」
私はホッとすると同時に、自分の非を認め、20歳も若い自分なんかにこうして素直に謝れるAさんは、偉いナ、と思った。
さらに、いつも弱気になり、自分に自信が持てない自分が情けなくなり、自信家のAさんがうらやましくもなったのだった。
じっさいには、私は間違ってない、間違ってるのはAさんの方だ!…と、内心自信のあった私だったのだが。
いつになったら裁判始めてくれんのか…と待ってくださってるお客様には内緒だが、先週、栃木県の「ツインリンクもてぎ」で開催された「スーパーGT」という自動車レースを観戦してきた。
また、これも女房子供には内緒だが、自動車というよりレースクイーンを応援するのが実は主目的だった。普段は見ることのできない美しい女性を見ていると、心が安らぐ。
もっとも、男ってのはたいがい自動車とか電車とか飛行機とか、乗り物に夢中になる時期があるのだ。例にもれず私も子供の頃はレーシングカーとかにはまっていたが、成人してからはどちらかというと馬のレースの方にのめりこんでしまった。
ただ、ここ数年、私のお客さんがこのスーパーGTシリーズに参戦し年間優勝を争うなど、大健闘が続いた。一般客が入れないピットに入れてくれたり、弁当を出してくれたり(!)、私を再びサーキットにいざなってくれたのだ。やっぱりこうしていささかなりともご縁のあるチームが活躍してると、またサーキットに行ってみるか、と心が躍る。
それに、自動車レースのいいところは、賭けの対象になっておらず――意外といっては関係者に失礼だが――健全だし、楽しむだけならお金もあんまりかからない、というところだ(もちろん、チームのスポンサーになったりすれば億単位のお金がかかる。だから、実は私のお客さんも今ではレースから撤退している。)。
しかしそれにしても、世の中のレースというレースで、自動車レースほど、差がつくレースはないんじゃないかと、改めて思った。(もちろん、エキスパート同士のレースの話だ。私とボルトが一緒に走ればアホみたいな差がつくのは当然だ。)
自動車レースでは、どこのチームもほとんど似たような自動車を使ってるというのに、なんでこんなに…というほどトップとビリとで差が開く。
このことは何を意味するか。マシンのちょっとの差、ドライバーのちょっとの差、メカニックのちょっとの差、戦術のちょっとの差……これらが積み重なると、それが最終的にとんでもない差になることがある、という教えにほかならない。目に見えない差……とでもいうか。
思えば、私と同期の弁護士であるA君も、司法試験をいっしょに受かったころは、せいぜい大きくて600番目と1番目の差でしかなかったはずだ。ところが、その時すでにあった素質・才能、向き不向きのちょっとの差、その後の努力と研鑽のちょっとの差、毎年の頑張りのちょっとの差、顧客サービスのちょっとの差…。これらが弁護士になってお互い20年ともなると、とてつもない差となり、開きとなってしまったのだ。それにしてもA君には実績、人望、収入…すべてにおいて大きく水を開けられたなぁ。
本来、私は、大富豪も一介の下層労働者も、生物学上の人間としてはそんなに差がないと思っている。しかし、何か毎日のちょっとずつの積み重ねが、勝ち組と負け組の二極分化を結果する。それと、自動車レースを見てても思うのだが、やはり大きく結果を左右するのは、運だ。そして、こればかりは日頃頑張ってるから運にも恵まれると限らない。それがつらいところだ。
……サーキットからの帰り道、私はバスで宇都宮駅に向かった。自動車レースの観戦者としては非常に少数派。しかし、なにを隠そう、私は自動車を持ったことがない。ツインリンクもてぎと同じ栃木県の自動車工場で自動車を造ってたこともあるってのに!
ツインリンクもてぎからの帰り道は片道一車線の細道で、たいへんな渋滞。2時間立ちんぼで、けっこうきつかった。