平成最後の成人の日、私は、氷点下17度の十勝帯広で迎えています。ま、そんなことはどうでもいい。
さて、昭和の高度成長期には、誰がどこからどう見ても社会で成功しているのに「私なんかまだまだですよ。」とか「皆様のおかげです。これからもどうかお引き立て願います。」とか、いわゆる謙虚な人ってのが、けっこう多かったように思う。いわゆる、実るほど頭を垂れる…ってやつだ。
私は、あぁ、こういう人だからこそ出世するんだな、大成するんだな、見習わねば…と肝に銘じてきた。
ただ、謙虚になるには、その前にある程度デキた人間にならなきゃならいのだ、と、大人になってようやく気付いた。
他方、当時は、いくら金持ちでも金持ち風吹かしたりするのはちょっとはしたないよな…っていう風潮もあったと思うし、また、私なんかにも、そういう人の世話になんかなるもんか! 札束でひっぱたかれたかねぇよ…っていう五分の魂みたいなのがあったのも事実だ。
ところが、バブルの頃から世間の風がちょっと変わったか、なんか強運を誇示するっていうか、どうだオレ金持ちだろ? なんか文句あっか!…みたいな自信家の方が肯定的に受け止められる、いや、少なくとも何の疑問も抱かれない、そんな時代になり、私も「孫さん、ゴーンさん、いや、誰でもいいから10万円ほど貸してくんないかなぁ。」とか意地汚く思うようになり下がり、そして平成になり、その平成も終わろうとしているのだ。
今日は成人の日。
私は、新成人のみなさんには、もちろん豊かな発想と独創的な活躍で、時流という乗り物に乗り、ついでに月世界まで行けるくらい成功して欲しいのはもちろんだ。が、仮にそうならなくても、額に汗して地道に頑張れる立派な大人に成長して頂きたいな、と思ってます。ほんとは、新成人100人に――ひとり100万円とは言わない――せめて1万円くらいお祝いをあげたいのだが、相変わらずオッチャンは地を這う虫なんだ。ゴメン。がまんしてくれ、アンちゃん!
(氷点下19度に下がった帯広にて。)
瞬間、かなたの東京ディズニーランドで花火が上がるのが見え、ややあって晴海埠頭から新年を祝う汽笛が一斉に聞こえてくる。
音より光の方が速いのだ。
いつも我が家の寒いベランダでそうやって年が改まるのを見届けています。

新年あけましておめでとうございます。

だれかも言っていた。平成は戦争がなかったと。
しかし、それは日本に限れば…というだけのことであった。しかも、海外の戦争に我が国がまったく参加、つまり参戦しなかったかといえば、NOであるし、今この瞬間も国内に新しい軍事基地を造っている我が国ではないか。高田さん、八木さんら文民警官がカンボジアで亡くなった平成であったということも、忘れてはならない。
そして、なにより、平成の次の時代も、次の次の時代も、戦争のない時代に、私たちはしなければならない。
ただし、私は、足元では、自分がすべきことを、当たり前に頑張りたい。そう思っています。
本年も、引き続きのご指導、ご鞭撻を、なにとぞよろしくお願いいたします。

2019年元旦、みなさまの幸せをお祈りいたします。
大晦日の東京は秋空のような晴天で、ひなたはあたたかい。
災害の多かった平成30年だったが、私自身は、おかげさまで大過なく、からだのあちこちが経年劣化の痛みに悩まされたくらい。おおむね健康に生き抜くことができ、おだやかに年を越すことができそうです。
しみじみ、ありがたいことだ、と思う。
ふりかえれば、今年も1年間、あまり人の役には立てず、さしたる成果もなかったものの、人に後ろ指さされるようなこともあまりなく、個人的には比較的平和だった。
1年間たまわったご厚誼に心からお礼申し上げます。
みなさまどうぞ良いお年を。