先週閉幕した「はじまりのおわりに」と「おわりのはじまりに」という演目を振り返りたい。
この二作、タイトルどおり表裏一体の作品で、ひとつの時系列をふたつの現場からそれぞれ描写するという趣向。両方みてはじめて「あぁそうだったのか」とわかる、ちょっとズルイところもある興行になっている。
モチーフは、暴力団の組長の引退式兼誕生祝いの準備にドタバタしている配下の組員たち、そして、組の息がかかっている風俗店。そこに、ちょうど出所となった元若頭補佐が波乱を巻き起こす…といったコメディあり銃撃戦あり、裏切り劇ありの欲張りな作品である。
私にとってはほとんど未知の役者さんが、ものすごい熱演をくりひろげ、また、それぞれがいい味を出しておられ、楽しめました。
ただ、予算の制約もあるのだろうが、ソファとかの小道具、さらには役者さんの衣装(やぶれた靴で頑張ってる人もいた。)にもうちょいお金をかけてあげられればさらによかったな、と…しかし、春夏秋冬の大樹が描かれた背景の屏風(?)は、なかなか豪華に見えました。
ヤクザものってのは、必ず美化される二枚目のヤクザが出てくるのでホントは好きではないが、それに、あとでふりかえるとあれは何なのか、どうなったのか、どうしてああなのか…とか多少の違和感、プロットのほころびみたいなのもあったが、それにしてもそんなとこに途中下車させない、しかしだからといってスピード感だけでない、適度に息をつけるシーンもあって、要は見ていて疲れない、僕としては今年鑑賞した舞台の中でも相当上位に入る佳作であったと、今ふりかえっている。
中でも風俗店の女将「藤」役を演じた松澤優花さんの存在感は特筆に値した。
昭和の私は、だれが主役かわかんないような作品はあんまり好きでない。そして、ほとんどは未知のストーリー、しかし、見返しのきかない一回性のこういう生の舞台では、主役を張る女優さんには、一目みて主役とわかる一種のオーラというか、気高さみたいなのが、どんな役柄にせよ必要だ、と思っている。そして、なんと言っても、映画とかの何倍もするそれなりのお金をみんなはらってるのだ。やはり、男としては、美しい女優さんを生で見られたなぁっていう憧れを持ち帰れなければ、物足りない。
松澤さんには、それがすべてあったと、僕は思う。逆に、ひとたびこれだけの役、これだけの堂々たる演技をしちゃうと、これからが大変だな、とか余計な心配をしてしまうほどなのである!
もちろん松澤さんだけでない。死んだ花魁の娘を演じた石田彩さん、遊女役の田中菜々さんや神田美和さん。それに、僕も決して女優さんばかり見てたわけじゃない。男性陣の主演だった山根さん、脇を固めた田中さん、桜木さん、斎藤さん、悪役後藤さん。ほかのキャストもだれひとり手を抜くことなく、いい持ち味を出していた。
…と、こういうことを、観劇してすぐブログに書いて、数少ないこのブログの読者の方にもおすすめをしたかった。が、SNSとかでのネタバレは困る、と。なかなかの情報管制にも敬服。ま、チケットも売れてたようだし、ご盛況おめでとう、と言っておこう。
…なんて、いつもながら最後はいやみっぽくなってすみません。改めて作者、出演者、舞台裏のみなさんに拍手です。…それにしても松澤さんの「藤」、うつくしかった。もう一度見たいです。
政府はハンセン病訴訟の熊本地裁判決に控訴をしない決定をした。
選挙中だろうが、そうでなかろうが、安倍首相の英断には敬意を表したい。さすがわが母校の大先輩だ。
…そこまではいい。
しかし、政府は判決の論旨にケチをつける声明も同時に公表した。あれはどうなのか。
判決に文句があるなら上訴をして、自説の正当性を主張し、最後は最高裁まで正々堂々と争えばよいではないか。しないなら、黙って引き下がる。それが、潔さってもんじゃないのか。
一方的に自説を大々的に公表。相手方や裁判所には反論の機会を与えない(とくに裁判所は反論なんかできない。ただコケにされたに等しい。)、典型的な言いっぱなし。マスコミを巻き込める影響力、というより、権力があるからこそ、こういう芸当ができるのだ。同じことを私がやったって、ただの負け惜しみ…って嘲笑われるのがオチだ。
こういう卑怯な戦法に対して、マスコミがほとんど沈黙してるように見えたのも残念だった。
また、法令の解釈適用にも最終権限を握ってるのはわれわれだ…と言わんばかりの、あのタラタラの自負。三権分立の趣旨をもゆるがしかねない傲慢さを感じる、といったら言い過ぎだろうか?
が、いずれにせよ、ハンセン病患者家族の救済が促進されること、それ自体は実に望ましいことだ。それに、いうまでもないことながら、弁護団の地道な努力には本当に頭が下がる。
そして、最後はやはり、原告のみなさんの苦難の道のりに思いいたさざるを得ないのである。
政府は、現在も争っているという同種訴訟事案でも、同じ対応をとるべきではないか。
吉本興業所属芸人による「闇営業」なるもの。
暴力団関係者ら反社会的勢力との交流が批判されているが、私などは、興業界にはそういった連中との根深い結び付きがいまだにあると信じこんでいる者のひとりだ。だから、そういう黒い交際自体にはあんまり驚かない。もちろん、根絶してほしい、とは願うが。
他方、闇営業そのものの方だが、どうなのだろう。
今朝の朝日新聞に、吉本トップのインタヴューが掲載されていた。
それによると、吉本は所属する約6000人の芸人とは、契約関係はあってもすべて口頭の契約で、今後も契約書類を導入する考えはないそうだ。「家族のようなもの。…そんな水臭い契約書なんて…」とある。
まず6000人という数にも驚かされるし、それ以上に、「家族」が6000人ってのにも驚かされるが、私自身は、そういう前近代的なスタイルは、やはりまず改善されてしかるべきと考える。
全部口約束では、企業として契約なんかないも同然だ。よくも、こういう企業が上場とか認められてるな、と驚く。
このような体質では、少なくとも吉本側は、闇営業をした芸人の契約違反を強く主張できまい。いや、そもそも、事務所を通さずに仕事をとることが「闇営業」呼ばわりされるべきか、それ自体が問われる。
ただ、これだけは言える。
まともな人はまともな道を通る。まともな客は、芸能人に出演を頼むときには、所属プロダクションに話を通すなり、正規のルートを利用するだろう。…まあ、私自身はどっちかっていうと、芸人好きの、派手好みの会社とか団体とか役所とか、そういうとこ自体があんまり好きでないが。
…にしても、芸人たちの「ピンはねされたくない」ってか、「なんでピンはねされなきゃなんねぇんだ。笑わせてんのは俺たちなのに!」って気持ち、痛いほどわかるなぁ。
今回の闇営業問題、腹の底から笑えない話であることだけは間違いない。