しかし裁判はたった10分か15分で終わった。
私は、裁判所で合流していた顧客の車で取り敢えず駅まで送っていただき、取り敢えず駅の中の蕎麦屋で早めの昼食をとった。
勢いで天丼セット1,200円を頼んでしまったが、存分に醤油とほんだしを使った温かいそばのつゆは五臓六腑にしみる思いだったし、これ見よがしに立派な衣をまとった大海老が2匹も載ってる天丼も十分な甘ったるさで、私を感激させた。しかも、店内に昔の鉄道路線図とか、数々の鉄道グッズが飾られているのも泣かせた。
さて、次の問題は、この日の午後をどこでどう過ごすかだ。いつもなら、釧路の老人ホームにお住まいの知人何名かを訪問し、世間話の相手をしてもらうのだが、なぜか今日はそういう気になれなかった。
ただ、一時消息を絶っていたある老女から、ようやく新住所を知らせる「カネカエセ」という脅迫状めいた葉書を去年受け取っていたので、その人の住所だけは訪ねておかねば…と、私は実は決めていた。
そうこうするうちに午後3時くらいにはなるだろう、ホテルもチェックインできて、ひと風呂浴びられるだろう。…そう考えた私は、スマホの地図片手に、バスで、老女Aの住所地に向かった。
そこは、海辺に近い、やはり雪に埋もれた寒々とした場所、しかし、見るからに新しいある老人ホームがあった。
私は、インターホンを押して来意を告げた。「お会いできればありがたいですが、ご本人がいやだとおっしゃれば、このまま引き上げますが」と。実のところ、私も彼女とは、そんなに面談したいわけでもなかったのだ。…というより、いつも聞かされるとんでもない自慢話には辟易としていた…そういえないこともない。さらに言えば、私は彼女が消息を絶ってくれてよかったとさえ、思ってたほどなのである。が、彼女は彼女で、会うたび自慢話ばかりする彼女以上に自慢屋の私にうんざりしていたのにちがいない。だから、あえて、私に知られぬよう、私から行方をくらましたのにちがいない。私はそう解釈していた。去るものは追わず。たとえ老婆でも!
しかし、「カネカエセ」という手紙で、ではあっても、曲がりなりにも彼女がこうして居場所を知らせてきた。しかも、実は、私は、彼女の任意後見受任者なのである!やはりほってはおけない。こうして、ここに来るには、私なりにはひとつの葛藤があった。
さて、さっき応対してくれたこの老人ホームの感じのいい施設長が戻ってきて言うには、Aさんご本人は、体調が悪くて寝ており、「人には会えない」とおっしゃってる…と。本当はもっと過激な言い方をしたのかもしれない。が、いずれにせよ、私は「そうでしたか。では、またの機会に出直させていただくこととします」このものわかりのよさが、私の唯一の取り柄だ。私は再度雪道をバス停まで、おっかなびっくり歩く人となった。さて、そうしてトンボ返りとなったため、時刻はまだ午後1時である。
(つづく)