ところでこの日の昼、この老人ホームの園長が「お連れしたいお店があります。」と、私をとても素敵なレストランに誘ってくれた。市内で広大な庭園を営んでいる著名な実業家、紫竹昭葉(しちくあきよ)さんが古い洋館をリフォームしてオープンした実におしゃれなレストラン。お昼はランチ・ビュッフェだが、地元十勝の食材をゆたかに散りばめた料理の数々は特筆ものであった。

たまたま居合わせた紫竹さんにご挨拶したら、お手製だという甘酒をふるまってくださった。そして、「ホテルがとれないときは、どうぞウチに泊まってください」とまで言われた。

しかし、見回すと、ゆうに20名は超えようかという満員のお客さんの中で、男は園長と私だけ。まさに、女子会するにうってつけの店なのだった。次来るときは絶対ここに泊めて頂こう。

老人ホームに戻って何時間か入居者と面談。

 

帯広空港20時過ぎの最終便を予約していたので、市内で夕食をとってから空港に向かうことにした。…と、出張に来ると、私はこうして食べてばかりだ。…で、どこに行ったかというと、帯広ではたいがいこのカレー・チェーン店となる。

実は以前にもこのブログに書いたが、ここは、調理場でかいがいしく働いてるのは、ひとりだけ黒地に白文字の名札をつけてる店長だけであって、白地の名札の何人ものアルバイト店員は、もちろん接客や会計はするのだが、ほとんど、ボーッと、店長の働きぶりを、ただ突っ立って見ている。そういう店なのである。

しかし、ここ何度か訪ねたときは、あの一見、瀬戸わんやさんか寺内大吉さんみたいな一癖も二癖もありそうな渋い店長を見かけなかったので、どうしたのかな、ヘッド・ハンティングされたのか、それともリストラされたのか…などと私は実は気になっていた。

ところが、この日は、彼がいた。相変わらず、こまねずみのようにカレーをあたため、かき混ぜ、皿に盛り付け…とリズミカルに、ルーチンワークに「打ち込んでいた」。そう、おそらくは、ひそかなプライドを胸に・・・。彼もきっと非正規社員だと思うが。

安堵した私は思わず、それまでチキンカレーでも食うかと思ってたのに、つい「カツカレー!」と叫んでしまったのである。昨日も天丼セットを注文してしまったというのに!

だが、店長がカラッと揚げてくれたカツが、さらに食べやすくサクサク刻まれた上、デーンとご飯の上に載っけられ、そこに、ダラーッとカレー・ルーがかけられた、そのカツカレーの、あぁ、うまかったこと!

 

…とここまで、帯広空港の待合室で飛行機を待ってる間、このつまらぬブログを書いてました。この日の朝の釧路は氷点下11度、空港の外は氷点下9度であった。

(ようやくおわり)

 

部屋に着いて、真っ先に風呂だ。 バスタブに、ナミナミと熱い湯を満たす。自宅ではめったにこういう贅沢はしない。

私は一昼夜着っぱなしだった背広を脱いで、湯の中にドップリとつかり、短い脚を伸ばした。そして、風呂から上がったあと、駅で買ってきた駅弁を部屋で食べ、もう、早々にベッドにもぐりこんだ。

 

しかし、ホテルの部屋も、当然暖房を入れているが、どうもうすら寒い。また、なんだか喉が痛くなってきた。風邪をひいたようだ。しかし、8時間以上毛布にくるまって、その風邪を強制的に治した。釧路の夜が明けてきた。

支度をして、駅まで10分ちょっと、凍った道を滑らないように歩く。8時20分発のディーゼル特急で、帯広に行くのだ。

 

十勝帯広は、おりしも白樺学園と帯広農業、地元2校の選抜甲子園出場決定に沸いていた。地元紙の号外によれば、十勝からの2校同時出場は「歴史的快挙」なのだそうだ。ただ高校生のスポーツ大会に出場が決まっただけといえば、それだけなのだが、あるいは桜木さんの直木賞以上に、高校野球って郷土愛をこんなにも揺さぶるのだ。こういうのが、私は好きだ。

白樺学園、帯広農業よ、両校で、甲子園で合計十勝してくれ!

 

帯広では、ある老人ホームを訪ね、入居者の相談に乗ったり、愚痴を聞いたりした。その境界はなかなか微妙だが…。

ある御婦人とは、はからずも政局談義となった。

「安倍さんはなんでいつまでも総理大臣やってんのかね。」

「そりゃ、代わりにこの人ってのがいないからですよ。たとえば、安倍さんの次はだれがいいですか?」

「アタシはカンさんがいいと思うね。」

「…カンさん? カンさんって?」

私はまさか菅直人ではあるまいと、彼女の正気を疑ったが、カンさんというのは菅義偉官房長官のことなのだった。それにしても渋い趣味だ。

(つづく)

 

駅前に戻った私は、寒い中をそれ以上歩く気になれず、ホテルまでの途中にある市立図書館で時間をつぶすことにした。

市内の目抜通りに2、3年前にできた新しい施設だが、私はまだ入ったことがなかった。

すると、図書館に郷土文学館(http://kushirolibrary.jp/bungakukan.html)が併設されており、そちらの方はまさにガラガラだった。文学にはあまり興味がない私だが、地元ネタというか、その土地土地ならではローカルな展示品とかには非常に関心がある。ガラガラの館内をひとりでゆったりと鑑賞させてもらった。

と、それまで知らなかったが、地元釧路が生んだ直木賞作家(平成25)桜木紫乃さんが、ここの開館記念に寄せたという実に端麗な肉筆原稿や、開拓期の文学者らが編纂した同人誌の数々など、なかなか目を奪われる展示群。感動した。

日本の辺境といってはあまりに失礼だが、この寒い最果ての大地に文芸・文学が脈々と根付き、息づき、愛好されてきた。そして、直木賞作家まで誕生した。そのとき地元はどんなにか喜びで沸き立ったことだろう。ふるさとって、そういうものなのだ。

 

私は、図書館の閲覧室に戻り、桜木さんの出世作だという「ラブレス」を読み始めたのだったが、さすがの筆力にグイグイ引き込まれたというか、途中でやめられなくなった。地元釧路を舞台にした姉妹の物語。私も何度もこの地を訪れているが、出てくる病院とか、湖の光景とか、あぁ、あそこか、ここか…と、うれしく追憶しつつ読み進めた。

しかし、思うに、この釧路の冬の厳しさ、つらさ、それ自体の描写はあまりないのだった。おそらく、地元の方にとっては、それがあまりに当たり前だからだろう。本土の作家であれば、いかにも得意気に冬の極寒の情景を描いたことだろうが。

 

さて、ようやくホテルにチェックインできる時間となった。この日の宿は、「ホテルローヤル」(桜木さんの直木賞受賞作のタイトル)ならぬ、釧路プリンスホテルだ。図書館からホテルまで、踏みしまった雪は、氷となって、昼も溶けることはない。その上をゆっくり気をつけながら歩くと、ホテルの玄関口にアイスホッケーの「東北フリーブレーズ」のバスが止まっているのが目立った。選手たちが、釧路のチーム、クレインズと対戦するため遠征して来たのだろう。しかし、札幌どころか、はるばる八戸からバス移動なのだろうか。だとすれば大変だ。どこのチームも運営には相当苦労してるとは聞いていたが…。

(まだ、つづく)