あるタレントが某番組内の言動を、SNS上でパッシングされたのが契機となり、自ら命を絶ったのではないかという、痛ましいニュースに、ネット上が騒然としている。
匿名的なSNS社会では、人権感覚が欠如した無責任な投稿をだれでも気安くできてしまい、しかもタチが悪いことに、それをSNSを通じて――これまでも無数にあった単なるカゲ口、無辜の風評というを超えて――直接、相手の有名人に届けることさえできてしまう。・・・つまり、脅迫状を送りつけるのと、実質的な差がないのだが、脅迫状を送るのに比べたら、格段に心理的抵抗感がないうえ、手間もかからないのだから始末に負えない。
識者や、著名人の、それこそSNS上の猛烈な抗議! いずれも至言である。
ただ、声を大にいくら抗議しても、効果はほとんどない。ダルビッシュ投手がツイッターしたとおりhttps://twitter.com/faridyu/status/1264341238557274112、相手は大地から湧き出るバッタの大群なのだ。
では、どうしたらよいのか?
損害賠償請求・・・ったって、費用対効果の問題がある。
さりとて、犯罪として検挙すべきだ・・・・・・さらには、SNS脅迫罪、SNS名誉棄損罪みたいなのをつくり、ものすごい重罰を設定して、一罰百戒的に取り締まれば・・・という意見にもあまり賛同できない。表現の自由に対する委縮効果はもとよりとするも、こういった1匹1匹はただのウジムシに過ぎない連中の“駆除”に、捜査機関等の社会資源や国家予算をどこまで投入すべきか。慎重な配慮が必要だと思うからだ。
「SNSなんかなくしちゃえ!・・・ってのが僕の結論だね。」
「先生、それはあまりに暴言ですよ。いくら自分が使いこなせないから・・・って。それに、“アラブの春”の事例なんかを見るまでもなく、まさに無名の市民が、社会に対する大きな発信力を手にできたこの情報化社会の意義それ自体は、直視する必要がありませんか。今回の『♯検察庁法改正に抗議します』だってそうでしょう?」
「そうかね。アラブの春が正しかったのか、検察庁法がどうあるべきか、僕はまったくわからんが、仮にそういうメリットがあったとしても、その2倍も3倍もの害悪が社会にもたらされている。子供にはスマホ持たすな、ゲームさせるな・・・これが僕の持論だね。」
「それは、交通事故が起きるから自動車なんかなくしちゃえ・・・というのといっしょじゃないですか。しかし、先生は、SNSをなくせ・・・じゃなくて、本当は、SNSがこわけりゃ、SNSやめちゃえ、有名人やめちゃえ!・・・って言いたいんじゃないですか。」
「とんでもないことだ。私がよく知っているグラドルが、やはりツイッターとかでハレンチなリプとかに悩まされてるそうだ。しかし、私は彼女に『ハレンチを売りにしてんのは君だろう。いやならグラドルやめちまえ!』と言う気にはなれん。」
「結局、先生はなにが言いたいのですか。」
「このSNS社会、まず、子供たちにしっかりとその功罪を教え込んで、正しいルールを身に着けさせる、そういう教育が必要だということだ。さらになにより大切なのは人権教育だ。」
「その点は、僕も異論ないですね。」
「それと、本当に悲しいことだが、やはりSNSを利用する以上は、ある程度の覚悟もせざるを得ないということだ。・・・他方でね、名前も名乗れないような匿名の無責任なコメントなんかいちいち相手にするな。そういう胆力がある人だけSNSを利用しろ、とも言いたい。」
「そこはどうですかね。読者がワレてる自分のブログなんてぜったいに炎上しない・・・そう思ってるから、そんな呑気なこと言えるんですよ、先生は!」
「まあ、私も忙しい。緊急事態宣言が明けたら、改めて議論しようじゃないか。」
「先生は普段の方が暇なんですね。」