心に残るヴォーカリスト
石川セリは、1970年代から活躍している女性シンガーで、一部の歌詞を除くと自分で曲は書かないが、彼女のために日本で最高のソングライターたちが最高の曲を書いている。
特に1980年代直前からのアルバムは、曲を提供したパンタ、大貫妙子、あがた森魚、ムーンライダーズ、加藤和彦、松任谷由実、坂本龍一、矢野顕子などなど、リアルタイムで好きなミュージシャンがそれぞれベストの曲を書いていたので、とても思い入れがある。
良いアルバムは何枚もあって、最初の名盤は1977年に出た『気まぐれ』だと思う。
ラジカルなロッカー時代のパンタが書いた「Moonlight Surfer」、井上陽水が自分でも歌った「ダンスはうまく踊れない」を筆頭に、矢野顕子と共作した「昨日はもう」など、いくつも名曲が入っている。
「Moonlight Surfer」は、頭脳警察を解散してばかりのパンタが作詞作曲をしていている。あのパンタがこんなメロディアスでデリケートな曲を書くとは当時誰も思わなかっただろう。曲を依頼した人は凄いな。
1981年の『星くずの街で』はリアルタイムで聞いたこともあってか、今でも一番好きなアルバムだ。
松任谷由実やブレッド&バターの提供曲はもちろん良いが、パンタの「真珠星(Pearl Star)」「SNOW CANDLE」、あがた森魚の「バイ・バイ・オートバイ」「ROSE BUD」、大貫妙子の「星くずの街で抱きしめて」など、いまでも大好きな曲が入っている。
あがた森魚は個性が強すぎて、あまり人に曲を書いたりしなそうだが、この2曲はとても石川セリに合っていると思う。
あがたがメロディを書いて石川セリが歌詞を付けた「ROSE BUD」は、矢野誠がクリスマスっぽいアレンジを加えた可愛い感じの曲になっている。
ROSE BUD
1982年の『MÖBIUS』から、はっきり1980年代のサウンドになった。
アルバムの完成度は前の2枚に敵わないが、どこかヨーロッパっぽい感覚が打ち込みの音と混じっていて、シュガーベイブともかかわりがあったらしい小宮康裕の「ヘルミーネ」や、松任谷由実の彼女のアルバムとはまったく違うアレンジの「川景色」などが入っている。
ヘルミーネ
1983年の『BOY』は、一般受けしそうなポップアルバムだった。
前のアルバムのニュアンスを残した小宮康裕が書いた「地下室のビーナス」や「SISTER MOON」が好きだったが、何と言ってもタイトルの名曲「BOY」をムーンライダーズのかしぶち哲郎が書いている。
1984年の『FEMME FATALE』は、他のアルバムと大きく感じが違う。かしぶち哲郎がプロデュースとアレンジをしたコンセプトアルバムになっていて、ヨーロッパの映画のような格調高い雰囲気で統一されている。
ほとんどの曲をかしぶち哲郎が書き下ろし、他に大貫妙子、加藤和彦、坂本龍一が一曲ずつ参加している。バックは鈴木慶一を除くムーンライダーズが演奏していて、歌謡曲的なポップスとは大きく違っている。
1981年の『星くずの街で』から1985年の『楽園』まで、5年間のあいだに5枚のアルバムを出して、彼女は音楽活動を一度ストップした。
その『楽園』は、かしぶち哲郎や坂本龍一に加えて、大沢誉志幸、玉置浩二、そして友部正人まで参加した打ち込み中心のポップアルバムになっている。ただアルバムとしては他の方が好きかな。
かしぶち哲郎の曲はたくさんあって、どれにしようか考えたのだがうまく決められなかった。彼が石川セリに書いた最後の曲、「いろ,なつ,ゆめ ~彩・夏・夢」にしよう。
いろ、なつ、ゆめ (彩・夏・夢)
石川セリは、この10年後に現代音楽の武満徹が書いたポップソングのアルバムで音楽シーンに戻ってきた。その後も時たま音楽活動を行っている。
アルバムに入っている多くのソングライターの手による名曲は、他の歌手の曲のカバーではなくほとんどが石川セリのために書かれている。雰囲気だけではない本当の彼女の魅力を、周りにいたすごいミュージシャンが一番わかっていたんだろうと思う。
SEXY