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5015ssさんのブログ

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東日本大震災後に

人生初の避難生活を経験しましたが…

避難先が一般的な学校の体育館ではなく、知人の2階建ての一軒家だったので、電気、ガス、水道のライフラインが全滅状態が2週間、継続しましたが体育館で避難生活した人たちに比べればプライベートな時間と空間は保つことができたと思います。

津波が浸水していないエリアのスーパーが品数と営業時間を限定で開店し始めた頃、山沿いの避難場所は、携帯電話が不通でしたが、釜石市内へ行くと携帯電話が使えるようになりました。

電話の着信履歴とメールの着信履歴を見てビックリしました。

連絡できる範囲内で知人、親戚へ無事であることを伝えました。

スーパーで買い物中に
ラグビークラブチームのメンバーから電話があり無事であることを伝えました。

ヘッドコーチにもメールしました。

クラブチームのメンバー からは、今、何が欲しいか!?と聞かれ、2週間も風呂に入ってないのであせる風呂に入りたい…

ヘッドコーチには、クラブチームに復帰します。

ウインドブレーカーなどの練習着が津波で流され車のトランクにあったスパイク以外、ラグビーグッズが無いあせる

古着でいいので!!くださいと伝えました。


岩手県内でもガソリンが満タンに入れない時期にわざわざ北上市から釜石市まで迎えに来てくれて避難先でお世話になっている家主さんと母親と俺と4人で花巻の温泉へ行き、一泊しました。

温泉で体を洗う時に

頼んでないのに…

俺の背中をゴシゴシと流してくれて、涙が溢れて来たけど…

髪を洗う時にシャンプーと一緒に溢れ出た涙と鼻水をお湯で流しました。

4年ぶりに復帰したクラブチームの初練習に参加した日の朝。

ヘッドコーチが紙袋一杯にウインドブレーカー、ラグビーパンツ、ジャージなどの練習着を持って来てくれた。

被災後の温泉温泉

被災後の練習着

世界にひとつだけの!!
のプレゼントでしたニコニコ

ヘッドコーチ以外のクラブチームの仲間にも私服と練習着を頂きましたニコニコ

あらためて…

人の優しさと温もりを
強く感じましたニコニコ



※⑤へ続きます。



【東日本大震災】
母ちゃん!!あなたは女優ですかぁ!?

余震に怯えながら…

自宅を覗いて気が付いたことは!?

玄関ドアを破壊して家の中に押し寄せて来た津波は、床上浸水のレベルではなく、天井下まで波が来た跡が窓枠の上にクッキリありました…

作り付けの仏壇は、崩壊していました…

『父ちゃんと弟の位牌は、何処に行った!?あせる

家の中は、津波の引き潮で流された物と奇跡的に流されずに家の中に残った物がありました。

家の中は、足の踏み場が無い瓦礫の状態で長靴か靴を履いたままで家の中を歩かなければならない状況でした。


『父ちゃんと弟の位牌は、何処に行った!?あせる

泥まみれの写真のアルバム、数少ない衣服など…

倒れたタンスがあり、
玄関から仏壇がある位置まで、スムーズに辿り着けないあせる

奥の部屋には漁業で使う採ったワカメ、ウニを入れる『バンジョウ』と縄の切れ端が散乱して…

色んな物を掻き分けて…

半分、壊れた泥まみれの位牌を見つけた瞬間(とき)は、涙が出て止まらなかった…

半分乾いた泥を指先で取り去り持参したビニール袋に父親と弟の位牌を入れて、持ち帰りました。

不思議だと想ったことは、20年以上前に父親が夜釣りで使った懐中電灯とポータブルラジオが海水に濡れずに瓦礫状態の部屋の片隅に落ちていたのを見つけました…


『父ちゃん!!

『この懐中電灯とポータブルラジオを避難生活で使え!!

と残してくれたの!?

と空を見上げた。

家の中に押し寄せた大津波が引いて行く強烈な!!引き潮に流されないように!!

弟の手を握り締めて!!

父ちゃんは片手で!!
必死に家の中の柱に掴まって引き潮に耐えたのかなあ!?

だから…
位牌が流されずに!!
家の中にあったんだね。

ありがとう。

父ちゃん

母ちゃんと俺を

守ってくれて!!

ありがとうビックリマーク

避難先の2階建ての家の2階の部屋で寒くて震えながら布団をかぶりながら…ポロポロ涙が止まらない夜を過ごしました。

※④へ続きます。



【東日本大震災】
母ちゃん!!あなたは女優ですか!?

避難する前に停電になったのであせる

『今から行くよビックリマーク
の電話が出来ない状況でしたので、1分1秒を争う緊迫感は肌で感じがしました。

車に乗って逃げようとした時は、午後3時過ぎでした。

後で判ったことは、午後3時20分前後に大津波の第一波が襲来したので

後、5分~10分、避難するのが遅かったら…
大津波、第一波に飲まれていましたあせる

大津波、第一波が引いた後、いつ第ニ波が来るか判らない状況なのに…

避難した山沿い(高台)にある住宅地から歩いて
自宅周辺まで様子を見に行きました。

見てビックリしましたあせる

家の前にある川に
4人~5人乗りの漁業で使う舟が4艘も海岸から押し流されてあったあせる

自宅前へ行き、玄関ドアが無いことに気付きあせる
家の中を覗くとタンス、冷蔵庫がなぎ倒され、畳がめくり上がりあせる

想像していた以上の状況あせるを確認して…

『やばいあせる

『俺は、何で!?ここにいるんだろうあせる

『ヤバいあせる大津波、第ニ波が来るあせる

『必ず!!津波は、第ニ波の方が大きいと聞いたことがあるあせる

『逃げようあせる

外に出たら
近所の知り合いのおじさん夫婦が家の状況を見に来ていた。

『津波の第ニ波が来るよビックリマーク

『早く逃げましょう!!

もう少し…逃げるのが
遅かったら…

大津波発生の夜は、何度も避難先の家の外に出てタバコを吸いました。

夜空は、プラネタリウムみたいに満天の星空キラキラでした。

次の日の夜も
『わーっ』と声が出るくらい満天の星空でした。

海と空は、繋がっていると聞いたことがありますが…

大津波で海は、メチャクチャな状態なので空も、いつもと違う夜空になったのかもしれません。

予想を遥かに超えるあせる
第二波の大津波だと感じたことは、3月12日
土曜日の朝一番で山沿いの避難先から海沿いの
自宅周辺に行き目の前の状況を見た瞬間です。


昨日、大津波、第一波の後に自宅周辺の広場には何も無かったのに…

大津波の翌日、広場の奥に舟が押し流されてありました。

自宅から徒歩3分で行けるローソン駐車場には、川に押し流された舟よりも更に大きい漁船が横になっていました…

ローソンの目の前は国道45号線、信号機のポールは、根元からボキッと折れていました…

よくお世話になったローソンは、建物だけが残り店内は何も無い状態で…
高い位置にあるローソンの看板だけが残っていました…

『何だこれー!?

今、生きていることが…不思議に想った。

ホントに間一髪のタイミングで逃げたと想った。

ライフラインは、すべてストップ…

今日から

どうやって生活しようか!?と絶望的でした。

連絡取りたい人たちが複数いましたが…

ポケットの中の携帯電話は、時間だけ見れるオモチャみたい…

ローソク1本の夜が始まりました…


※③へ続きます。