5015ssさんのブログ -17ページ目

5015ssさんのブログ

ブログの説明を入力します。

東日本大震災を経験して
人生初の経験、体験が多いですね。

まさか!!
自分が被災地の空の下で【仮設住宅】に住む被災者になるとは、夢にも思いませんでしたねガーン


【仮設住宅】の申し込み、義援金を頂くための申請、被災者生活再建支援金を頂く申請など…

1ヶ月の間に

何度も市役所へ行くことも人生初でした。

ノートとペンと日付が印刷した手帳を必ず持参して釜石市役所の職員の方が教えてくださる重要な情報を新聞記者のように必死にメモを取り、帰宅後に走り書きのメモを書き直してビックリマーク

今、やらなければならないことビックリマーク

今、自分に出来ることビックリマーク

素朴な疑問点ビックリマーク

ノートに

まとめて書きました。

ふと、ひとりごと…


『あーパソコンがあったらなあ』

『11年前に買ったノートパソコンとデジカメは、津波で…水没して使えないもんなあ…』


すべて手書き

アナログな手書き生活。

手元にメモ帳とペンが無い時は、携帯電話のメールの空欄をメモに使いましたね。


【仮設住宅】は、ひとつの部屋のサイズが4畳半という規格があります。

仮設住宅のひとつの部屋のサイズ→【4畳半】は、全国共通なそうです。

とにかく仮設住宅は、
狭いですねガーン

ただ、月々の光熱費だけ自己負担すればビックリマーク

仮設住宅の家賃は、無料です。

ありがたいですね。

ただ仮設住宅に住める期間は、仮設住宅に住んでから2年間だけです。

あっという間に!!

2年の年月は流れます!!

現在、仮設住宅で避難生活しているビックリマーク
すべての住民が半永久的に住める格安のアパートを建築しなければならない!!


※⑧へ続きます。




【東日本大震災】
母ちゃん!!あなたは女優ですかぁ!?⑥です。


なかなか…

『母ちゃん!!あなたは、女優ですかぁ!?』の話に辿り着けないですね。


東日本大震災により…

人生初の【炊き出し】を経験しました。

避難場所の集会場で炊き出しがあり、時間になると長蛇の列に並んで…

ひとり分の夕食は、小さいオニギリ1個と缶詰が1個だけでした。

腹が満腹になることはありませんでした。

テーブルの真ん中に
1本のロウソクだけの灯りが!!すべてでした。


食べてる途中で缶詰の中が見えないので…

食べかけの缶詰をロウソクの傍まで持って行き、まだ残ってる。

缶詰の中に残ったタレまで…すすりました。

携帯電話が避難場所でも使えるようになってから親戚、従兄弟(従姉妹)からメールと電話で!!

何が欲しい!?

の一言が嬉しかった。

亡き父親は、宮城県古川の出身、母親は、新潟県の出身なので…

実は、岩手県内には、ひとりも親戚、従兄弟はいません。

北海道、埼玉県、千葉県、茨木県、栃木県、新潟県に親戚、従兄弟(従姉妹)が住んでいます。


『いつでもビックリマークおいでよビックリマーク待ってるから!!

『米を送ったよ!!

親戚、従兄弟たちの一言が嬉しかった。


朝早く目が覚めると

避難先の2階建ての2階の部屋から天気が良い日は、眩しい朝日を何度も見ました。

太平洋の海も見えます。

窓から見える景色を見ながら…

ひとりごと…

『俺は、この大震災に!!絶対に!!負けない!!

『必ず!!復活の狼煙をあげる!!

『必ず!!自分自身が!!復興する!!


『大津波で亡くなった人たちの分まで強く生きて行く!!


『今、俺は、生きている!!

すべての人たちへ

出口が無い長いトンネルは絶対に無い!!


頑張っていれば

必ず!!トンネルの出口が見つかりますよ!!


トンネルの出口付近は、陽射しで明るいですよ!!

今、辛くても…

涙を拭いて

前を向いて

未来(あした)を思い描いて!!

一歩ずつ

少しずつ

頑張って行きましょう!!

頑張って生きましょう!!

長いトンネルを駆け抜けて!!

トンネルの向こう側に

辿り着いたら

その時は、
思い切り泣きましょう。


※⑦へ続きます。



避難生活の日課は、
朝一番に近所の家の庭に
地下水が出ているので
空のペットボトル10本と空のポリタンク3缶を一輪車に積んで水を汲むのが唯一の仕事でした。

被災した自宅へ行き、通帳、印鑑などの捜索…


寒いためマフラーの代わりにフェイスタオルを首に巻いて…

サイズが小さい作業着を家主さんに借りてジャンバー代わりにして…

長靴を履いたままで
左膝に穴が空いたジーパン姿で、被災した自宅から旧釜石商業高校の体育館へ!!

母親のお茶飲み友達のビックリマークおばちゃんたちの安否を確認する目的で歩いて行きました。

避難場所になっている体育館は、避難した人たちで溢れていました。


広い体育館の中で立ち尽くしていたら…

『こうちゃん!!

と俺を呼ぶ二人の女性の声が聞こえました。

声がする方に振り返ったら釜石市内の病院に勤務している看護師さん

もう一人は、釜石市内の幼稚園の園長でした。

二人ともに俺がガキの頃から知っている自分より少しだけ年上のお姉さんたちでした。


『いいから黙って持って行きなさい!!ニコニコ

と袋の中に乾電池、お菓子、カップラーメンなど貴重な物資を入れてくれましたニコニコ

探していた複数のおばちゃんたちの安否も無事であることを確認して!!

おばちゃんたちの無事を確認して安心したことと

懐かしいお姉さんたちに思わぬ物資を袋一杯に頂き、束の間ですが…

安心感と!!さりげない優しさに包まれて

山沿いの避難場所まで
歩いて帰る途中…

こみ上げる感情を隠すことができずに…

人目もはばからず涙目のまま、下を向くと
ポタポタと涙が落ちたので少しだけ上を向いて
歩いて帰りました。


帰る途中…

『俺は、いつから…』

『こんなに泣き虫になったんだろう!?


と ひとりごと…


寒い…

震えながら布団の中で

カブトムシの幼虫みたいに丸くなり…

自分の体温でシーツと布団の中が温かくなってから、ゆっくり足を伸ばして目を閉じて…

いつの間にか寝て

朝早く目が覚める日々の繰り返しでしたね。



※⑥へ続きます。