今、自分のミュージックランキング、№1はフリッパーズギターだ。

あの曲のテンション、ナイスセンスの歌詞。

最高だ。アルバム『ヘッド博士の世界塔』は買いだった。オススメの一枚。


何がいいって、聞いてるうちにリラックスできるのだ。肩の力がフュっと抜けるスローなメロディーと甘い歌声。

世の中の些末な事などどうでも良くなる。聞いてるうちに、どこか違う世界に引っ張っていってくれる。

例えば、僕の場合だと恋愛で悩んでるけど、「GOING ZERO」(『ヘッド博士の世界塔』)って曲を聴くとアレレって感じでネガティブだった思考がポシティブとまでいかないも、それに近くなる。


他にも良い曲はたくさんある。いや、全部良い曲だ。曲の世界観っていったら変だけど、雰囲気?が好きな人は好きだろうと思う。


これはマジで一度聞いてみて欲しい。とりあえず『ヘッド博士の世界塔』を。



ダメだ。いくら抑えようとしてもダメだ。心の不安はもう隠しきれない。

あの子の事考え出すとアタマが混乱する。好きかどうかすら分からなくなってきた。


この不安な状態は耐え難い。俺はどうしたいのか、どうすべきか、それにうまく愛情表現ができないのは何故か。

ただ愛されたいから彼女に近づいたのか、それとも恋人の真似事がしたくて優してるのだろうか。なんのか。


誰のどんな慰めも、「愛は与えるもの、求めてはいけない」とかいう本ももういらない。

優柔不断さはいつものことだが、今回ばかりは決断する強さが欲しい。


キレイごとでどうにかしたくはない。しつこくして嫌われるのを恐れるあまり遠慮しすぎか。きっとそうなのかも。

嫌われるのを覚悟することが今必要なことなんだな。その覚悟が出来てないから不安なんだ。間違いない。


おお、書いているうちに解決できてきたぞ。すごい。


そうだ、嫌われても良い。それで終わるならそういう出会いだっただけのことじゃないか。ガンガン、メール送れ!絵文字顔文字多用しろ!クサイ言葉も使うぞ、いや、使いたい!だってホントにそう思ってるんだからね。

ずっとアタマから離れないんだ。夢にも出てきた。俺はあの子が好きなんだ。だから悩むんだ。きっとそうに違いない。


恥ずかしいとこなど何もないぞ。素直に好きだと言いたい。もう遠まわしに伝えようとするのは止めだ!この野郎!



教習所に学科講習聞きに行ったら、交通事故のことをやっていた。


教官が熱くなって体験談を語るが、僕は眠くて目が半開き。そしたら、それに気づいたのか「どう思うか」と当てられてしまった。

東京都の年間の交通事故の死者数はどのくらいかと聞いてきたのだ。

「100人ぐらい」

「(笑)100人だったら警察喜ぶよ~、正解は約300人です」


正直、そんなんどうでも良かった。大して知りたくない知識を一つ植えつけられた気分だった。

しかし、その後ボーっとするアタマで「死か~」などと考え始めてしまい、講習が終わる頃には切なくなっていた。


でも、確かに人間いつ死ぬか分からない。明日死ぬかもしれないし、10分後死ぬ可能性はゼロでは無い。

交通事故で亡くなった300人の人たちも、まさか、今日死ぬなんて思ってなかっただろう。


だからといっていつも死に怯えて生きてる人はいない。しかし、いつ死ぬのか分からない以上、やり残すことは無いように生きたいものだ。

愛の告白にせよ、海外旅行にせよやりたい時にやるしかない。


明日、無事に朝を迎えられるかの保障は無いのだから。

子供の頃の悪事を思い出すと、止め処なく思い出されるのは散々悪さしたせいだろうか。

子供と言うのは悪戯するのが仕事に違いない。大人がうざがる事ばかりする。


かんしゃく玉というぶつけると炸裂する火薬玩具が流行った時は、駐輪場に撒いたり、道路に置いたりとまあ、いろいろ悪戯したし、エアガンが流行れば鳩やスズメをねらい撃ち。

もちろん一緒に遊んでいた連中もそんな類の馬鹿ガキども。

だが、もうそれらの悪事は時効だ。

高校になっても、そんな友人達とカワイイ悪戯を何件かした。デパートの屋上からモノを投げたり、走行中の車にも投げた。


ここでは書けない様な悪戯もある。さすがに今はもうしてないが、今ではいい思い出だ。


それに、不良じゃないがよくケンカもした。ちょっかいを出されようものならお返しに手を出すといった具合。

でも自由気ままに生きていた気がする。その反面、人の気持ちを理解するなんて事はあまりしなかった。

だから、すぐケンカになるんだし、敵もつくるんだと思う。

もし、当時の自分に会えるなら「少しでいいから話し合え、人に優しくしろ」と言いたい。


しかし、後悔してはいない。元気だったなあと笑える過去である。

ただ少し心配なのは、今だ。このままだと将来後悔することになるのではないかと思ってる。


あのときあった無謀なまでの勇気(?)と過剰な自信はどこえやら・・・だ。

昔の自分が今の僕を見たらなんて言うだろうか。


「ドロップ」から始まり、「世界の終わり」で幕を下ろす。


ミッシェル・ガン・エレファント解散ツアーの幕張でのライブDVDを見た。


「ドロップ」は、僕がミッシェルを聞くようになったきっかけの曲である。「青い春」という松田龍平主演の映画で使用されていた。

映画とこの曲はまさにピッタリと合っていた。上手く言葉に出来ないのが悔しい。


『なめつくした ドロップの気持ち』(ドロップ)

ってフレーズが切ない感じ。チバの歌声だから良いのかもしれない。


最後、「世界の終わり」には感動。前奏が流れた瞬間「終わりか・・・」と感じつつも興奮してきた。

曲も終盤、アベのギターの弦が切れた。それでも弾いていてなんかかっこよかった。


『やってくるときを 待ち焦がれている』(世界の終わり)

声が嗄れても歌うチバの姿に感服した。ウエノのベースもよかったし、クハラのドラムにも憧れる。


ファンなら買って損しない一枚。借りて損する一枚。借りたあと買うハメになるよ。

毎日、音楽を聴く。出かけるときには、必ずといっていいほどMDを持ち歩く。


ここ2、3日イヤホンの調子が悪い。どこかにぶつけたらしく、イヤホンの音が割れるようになってしまったのだ。


そこで、街の電気店に行ってみると様々な種類のイヤホンが並んでいて、何が何だか分からなくなった。


というのも、「耳に優しい」「高音質」「お買い得」だのキャッチフレーズの海で、価格もピンキリだからだ。近所の電気屋なら選択の余地はまず無いのに。


まず、予算に余裕が無いので上限を2000円までと決めた。そしてイヤホンのタイプも、インナーイヤータイプ(フツーのイヤホン)にした。イヤーハンガータイプでもいいのだけど、音漏れするからやめた。


ここまで絞っても、種類は豊富と言えるぐらいあった。安さを追求すれば680円のもあったが、ここはやはり音質にこだわりたい。友達は、耳の大きさに応じてゴムの部分を取り外しのできるやつを薦めてきたが、無くしそうなので何だかんだ言って断った。


悩んだ挙句、結局選んだのは、「重低音!」とコピーされた1020円のイヤホン。店を出てさっそく付けて聞いてみると、なるほど、確かに音は良い。重低音である。


しかし、イヤホンが小さいのか、僕の耳の穴が大きいのか、イヤホンが耳に合わない。

パッケージをよく見てみると、「小さめサイズ」と書いてあるではないか。

横でそれを見ていた友達は「ほらみろ」と言わんばかりの顔をし、「やっぱ俺の言うのにしとけば・・・」などとショックに追い討ちをかけるような一言。

やつはさらに無責任にこう言い放った。

「返品してくれば?」


帰りの電車の中、「重低音!」で「小さめサイズ」と銘打たれたイヤホンを耳に、ブランキー・ジェット・シティーの「ロメオ」を聴いた。

確かに音は重低音、いい響き。耳に違和感。


―パーティーは 永遠に続くーよー ―

会う度に感じる性格の不一致。僕にとって、それが良くもあり悪くもあるのだ。


確かに、趣味や性格が合えば話も円滑にできるけど、少しの一致があれば、他はまったく違っていいと僕は思っている。


育った環境が違うわけだから、そこのズレというか同じでないところに魅力を感じるし、彼女の培われた世界観、性格、モラル、すべてが僕の好みだった。


向こうがそれをどう思っているかは分からない。ただ、言えることは一つある。僕は少なからず気まずさを感じる時があるということだ。


自分が気まずい感じになれば、(女の子はそういうのに敏感らしいから)彼女も気まずくなると思う。それを避けてくて口から出る言葉に意味は無くて、むしろ、気まずいから何とか喋ってますよというのを、露呈しているのと同じだった。


そんなとき、時々彼女は僕のほうを見る。僕は照れくさくて目を逸らしてしまうのだが、内心、良くないことだと分かってる。目を見て話す事が大事だと。


次があるなら、もう目を逸らさずにいたい。目の奥に隠してるホントの自分がバレたって構わない。作っている僕を暴いてくれ。そして、僕も彼女のホントを見てみたいから。


正直、好きという感情が揺れ動いている。ホントの自分の気持ちが知りたいとき、時間に任せるべきか否か。そうしている間に、無情にも時は過ぎてゆくのだね。



一体俺の涙は誰のために費やしたのか 悲しみばかり尾を引いて 涙のガソリンは尽きたと言うのに走ってゆく

静かに暴走する 夜眠る頃 明日があてもなく静かに走り出す





誰かが思っている いつも誰かを思って暮らすのさ それがいくらか辛いことだと分かっていても ずっと


雄弁な詐欺師が懐に手を入れてしまわぬよう 沈黙を守る羊にかける言葉を探していると どうも悲しくなっちまう


思考の半分はいつもどこか行ったきりで戻らない 残りの半分でお気に入りの曲を反芻する 完全に体に沁み込ませるため

血になるまで 肉になるまで





一体俺の涙は誰のために費やしたのか 悲しみばかり尾を引いて 涙のガソリンは尽きたと言うのに走ってゆく

静かに暴走する 夜眠る頃 明日があてもなく静かに走り出す


「踊るアホに見るアホ、同じアホなら踊らにゃ損損」

名言です。みなさん踊るアホになりましょう。


「よし、踊るアホになるぞお~(ここは馬鹿っぽく)!」と声高らかに叫びましょう!そして明日から踊るアホになるのです。


暗い顔したって何もよくなりゃせん。これはある意味言い聞かせです。


こうでもしないと辛くて、辛くて・・・。泣きそう!





くるりの「赤い電車」を聴いた。


「赤い電車に乗っかって  僕はどこかへ行ってしまいたい」


電車に乗ることが好きな僕は、このフレーズに思わず共感。


なによりメロディーがノホホンとしてるというか、晴れた日に電車に乗ったとき聴きたい感じだ。


赤い電車って京王線か。京王線は安いし、景色いいし、僕の好きな「聖蹟桜ヶ丘駅」もあるから好き。


赤い電車に乗ってどっか行ってしまいたい、そんな気分になる天気が続きますね。