箱根旅行
3連休だったからというわけではないけど、1泊2日で箱根の温泉つきホテルに行ってきた。東名と小田原厚木道路をとばすこと2時間。箱根は東京住まいの者にとっては近場なリゾート地だ。決して安くはないのが頭の痛いところであるが。しかし今回は幸いにも宿泊券を頂戴することができたので、有効期限が切れる3月末までにどうしても行きたかったのだ。
夜、露天風呂に使っていると霧雨が顔に降りかかり、非常に気持ちがいい。首から下はお湯で暖まっているが、首から上は冷え冷えとして、普段は働かない頭が冴え栄えとしているようで、とてもリラックスできた。朝、また露天風呂に行ってみたが、今度は青い空が見えて、ずっと見ていると空に吸い込まれていくような感覚になる。露天風呂って本当に気持ちがいい。
宿代や食事代を考えると、決して安くはないのだが、それでも駐車場は車で一杯。レストランもほどよく混んでいて、本当に今は不況なのか?と疑うような景色である。一方で、ニュースでは相変わらず派遣切り・雇用止めの問題が取りざたされ、貧富の差が確実に広がっていると感じられた。
箱根は近いこともあり年に1度は来ている。登山鉄道・ロープウェイなどのたいていの乗り物にはのったし、名所も行ってみた。それでも飽きずにまた来てしまうというのは、東京からの地の利と箱根の涼しい気候・温泉が気に入っているからだ。何をするわけでもないが(今回も、泊まった先のホテルの部屋で持ち込んだワインを飲んでいただけ)、食事をして、温泉入って、お酒飲んで、富士山眺めて、ドライブする(結構運転好き)、といったことだけでも十分楽しいし、気持ちがリフレッシュされる。また夏に来ることになるだろう。
がまんする人生
会社の同僚と晩飯を食っていたところ、彼が最近離婚したことを話してくれた。彼も自分も今の会社には中途入社で、彼がサポート部門から営業部門へと華麗な転進を遂げた一方、自分は管理畑でずっとやってきた。一度も一緒の部門で働いたことはないが、なぜか気が合い、時々食事をしたりしている仲だ。年は近いが2歳年上である。
彼が言うには、「いろいろとあったが、かみさんが『でも私は我慢できる』と言ったので、我慢させてまで結婚生活を続けさせるわけにはいかない」という理由で離婚に至ったとのこと......
彼曰く、すでに人生の折り返しを過ぎた身としては、相手に我慢してまで一緒に居てもらうのは、『自分が』我慢できない、ということなのだそうだ。我慢させるよりも相手の気持ちを楽にしてあげたほうがずっといい、と言っていた。面白いことに、別れたかみさんがまた再婚したいと言ってきた時は、いつでも同意する気持ちでいるらしい。形式的な結婚生活ではなく、一緒に生活するということはどういうことなのかということを考えさせられた。
囚われ人
身近に、過去に起きたことにずぅっーーーと囚われている人がいる。過去に起きたことに自分の気持ちを左右されるなんてバカバカしくないか?と問うても、「貴方はわかっていない」と言われて会話終了である。
最近誕生日を迎え(人生の折り返しを過ぎてしまった!)、とみにどうやって残りの人生を充実させようかと考え始めた。そうなると楽しいことばかりである。あれをしよう、これもしたい。とても過去を振り返ってそれに囚われている時間なぞない。
過去に囚われている人は可哀相だ。つくづくそう思う。自分にも沢山、数え切れないほど嫌なことがある。でもいちいちそれらに振り回されているなんて、かえってくだらないと思う。先人がいうように。過去は変えられないが、未来は変更可能なのだ。変えられない過去に拘るより、変えることができる未来にbedしよう。