「お兄さん、わざわざ東京から来たんだって?悪いねぇ。こんなおばさんの髪さ、切ってもらって」
「いいんですよ、その為に来たんですから。10歳は若く見れるようにしちゃいますからね」
清吾は未だ東北大震災の爪跡残る、宮城県とある村の小学校の体育館に来ていた。
若手の研修も兼ねて、清吾が経営する美容院の有志を連れ、髪を切るボランティアに来たのだ。
東京の第一線で活躍する美容師が来るとあって、村のお婆さんから子供たちまで幅広い年齢層の住民はもちろん、地域の美容師もその技術を学びたいと集まっていた。
「あの津波以来、なかなか髪の毛を切る気になんてなれなくてねぇ」
「本当に大変でしたねぇ」
いつも通りに手を動かしながら、自分の母親の髪を切ることがあったならこんな感じだったのだろうか、そう清吾は考える。
清吾の母親は、清吾が東京に出てきて10年経った頃、ちょうど清吾の店が軌道に乗り出した頃に亡くなった。
仕事で忙しいこともあったが、一人前の美容師になるまでは実家には帰るまい、と決めていた清吾は実家に戻るのが遅くなった。
母親の死に際には間に合ったものの、十分に話しをすることはできなかった。
清吾が東京で美容師になりたいと言ったとき、父親は猛烈に反対したが、母親は味方してくれた。
銀行員として働いていた父親は、
「東京に行くのはいいが、美容師はダメだ。大学に行くのなら金は出してやる」
と決して引かなかった。
清吾は正直にいって、東京に行けるのであれば何でもいい、と思っていた。
美容師というのもほんの思いつきだ。
なんだかかっこいいし、手に職がつけば生きていけそうだ、という安易な考えによるものだった。
だから、父親に「東京の大学」と言われたことに、見透かされた、と思った。
そうなると逆に清吾は引くわけにはいかなかった。
九州男児による男の闘いである。
均衡状態は3か月にわたり続き、埒があかないと判断した清吾は家出を決意した。
母親にも言うまいと思っていたが、家出決行日の前日に母親は清吾に30万円の入った封筒をくれた。
「あとは自分で何とかしなさい。ダメなときは戻ってきなさい」
「はい、これでどうでしょう」
三面鏡を持ちながら清吾は聞いた。
我ながらの自信作だ。若く見えるし、けれど若く見えすぎもしない。
「あらぁ、おしゃれ。こんなおばさんがいいのかねぇ」
そう言いながらも嬉しそうだ。
この瞬間が好きで、美容師をやっているのだと清吾は思う。
普段は可愛い女の子相手にハサミを握ることが多いが、髪を切り終えた後の表情は宮城のおばさまだろうと変わらない。
毎日目にする自分の姿が少しでもおしゃれに見えれば、それだけでその人の気持ちは上向くのだ。
ただ髪を切るという行為も、人の毎日を少し楽しくしているかもしれない。
そう感じられることが清吾には幸せだった。
「本当にありがとうね」
「いえいえ、僕も母親の髪を切っているようでとても楽しかったですよ。また来年も来ますからね」
母親の葬儀が終わった後、母親のいなくなった広い実家で、父親は清吾に一冊のノートを手渡してくれた。
「母さんはきっとそんなに寂しくなかったと思うぞ。お前が東京で頑張っている姿をずっと見てきたんだからな」
清吾がノートをめくると、そこには雑誌の切り抜きが何ページにもわたって貼ってあり、モデルの女の子の横に申し訳程度に書かれた清吾の名前にマーカーが引かれていた。
「お隣に真衣ちゃんって小さい娘がいたろう。あの子が高校生くらいのとき教えてくれたんだ」
それからというもの、母親は自分には参考にもならない若い子向けのカット誌を買い続けたのだという。
「母さん、モデルの子を見て、清吾はこんな可愛い子と仕事しているのかって騒いでいたぞ。
お前はもう立派に一人前だよ。あの時は反対してすまなかったな」
「母さんにお金渡しておいてよく言うよ」
「なんだ、ばれてたのか」
「いや、最近になってそう思ったんだ。僕もようやく親心がわかる年になったってことだよ」
母親の命日には実家に戻り、父親と二人酒を飲みかわすのが清吾の楽しみになっている。
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なんとか書きました。
毎度ながらほぼ妄想です。
待たれよ、次号。