WRITE ABOUT -26ページ目

WRITE ABOUT

物書きしたい。
誰が見ても見なくてもいい。
モノカキがしたい。
そういうブログ。

合コン。

はたして今までに何度合コンに行ったのだろうか。

月に2回平均として、年に24回。

ほぼ社会人になってからだから、4年間でおよそ100回。(そんなに行ったっけ!?)

4対4の合コンとして、400人に会った計算になる。

その中で最終的に付き合った数はというと数人…考えるだけで悲しくなる。

WASTE OF TIME, WASTE OF MONEYYYYYYYYYYYYY


最近、僕が合コンをする、あるいは誘いに乗る、時に考えることは、いかにその合コンが「有効な合コン」であるかという点である。

すなわち、自分の好みの子が来る可能性が高いのか、いや、そもそも少しでもあるのかという点である。


合コンの科学。


合コンの成否を分けるのは間違いなく幹事だ。

それは盛り上げる盛り上げないうんぬんではない。

単に相手に気に入られるコを集められるかどうかだ。


もちろんどんなにいいと思っているコを連れて行ったところで、気に入られるかどうかは別問題だ。

人と人の相性は実に相対的なもの。

思い通りにはいかない。


けれど、くっつきやすい条件はある。

価値観が似ていることだ。

特に、学力、見た目。


学力はほとんど家庭環境を表しているといっても過言ではないと思う。

それはすなわち、親もそれなりに子供に対して教育を行う意識があり、またそれを行える資金があり、似たような教育を受けてきただろうことが推測されるからである。

もちろん、お金がなくても必死に勉強してきたコたちもいる。別に僕は彼らが嫌いとかそういった話をしているわけではない。あくまで傾向の話だ。そう、これは傾向の話。


1.僕はどんなに性格がよく、可愛い子だろうと、高卒では無理なのだ。


見た目についてもほぼほぼ同じレベルが惹かれやすいのだろうと思う。

いや、惹かれやすいというよりは、ある見た目最低条件レベルがあって、少なくともそのラインを越えてくれないと付き合う対象とはならない。そういったものだろうか。

たまに美女と野獣カップルがいるだとかいないだとか都市伝説が流れるが、そんなものにとらわれてはいけない。これは傾向の話だからね。


2.僕はやっぱり可愛い子と付き合いたいのです。


この二つの条件が満たされていれば、かなり合コンは有意義なものになる。

最近はこの二つが満たされないようなら断ることにしている。

それは即ち幹事がこの条件を満たしているかどうかを判断しているのだが、それは内緒だ。


もう一つ。個人的に大切だと感じていること。

仕事に対する価値観が近いこと。

僕にとって仕事はもはや切っても切り離せないもので、当然に充実させたいものだから、僕の最も身近にいる彼女が仕事つまんなーい!早く結婚して辞めたーい!では困るというかイラっとする。

じゃあ君は何をして生きたいの?

したくもない仕事に時間の大半を取られてていいの?

何もしたくないだけなんでしょ?

と果敢に責めて、泣かせたくなる。


3.夢もって生きようよ。


20代も残り3年になって、合コンの精度は格段に上がってきている。

失敗を積み重ねて、ここまで来たのだ。

あとは繰り返していけば明るい未来が見えるだろう。


いや、これはあくまで傾向の話。




僕が20代、すなわち残り3年半でしておきたいこと。

一言でいえば自己投資に尽きる。


まだ続いていく人生において20代といえばまだ序盤である。

80で天国に旅立つとしてもおよそ37.5%(=30/80)地点。

マラソンならばおよそ16km地点。

1日でいえば午前9時。

焼肉でいえばタンが終わったあたり?


振り返ってみても僕の20代は自己投資を意識したものだった。

会計士試験勉強に明け暮れ。

監査法人で経験を積み。

ビジネススクールで新たな可能性を模索し。

いま、この会社の復活のために何が自分に何ができるのかを試行錯誤している。


ただ、この26才という20代の折り返し地点に立ち、自分に新たな可能性を感じてきている。

いままでは真に自分の能力の向上を考えた投資をしてきた。

けれど、自分の能力のみならず、それを生かす周りの環境づくりも重要なのではないかと感じている。



まず、結婚。

正直に言って結婚相手というのは自分のキャリアにとっては邪魔になるのではないかと考えていた。

相手にとっても転職もいとわず、自分の能力向上に打ち込むダンナなんてただのリスクでしかないのだと。

けれど、そんなダンナでもいいと言ってくれる人が少なからずいることを知った。

その子は結婚して寿退社したーい!なんて言う子ではない。

同じく自分自身のキャリアを見つめていける子である。

お互い好きなキャリアを進み、尊重し合える関係。

20代のうちに築くことができたら、より一層、自己投資を進める活力となるに違いない。


…なんてまるで自己投資の為みたいな感じで書いてしまったけれど、幼馴染が結婚を決め、親からも孫の顔が見たいと急かされ、自分自身も結婚って悪くないかも、と感じているだけかもしれない。

でも理由なんて物事の見方によって色々変わるけど、結婚したいって気持ちだけは事実なんだ。

それでいいじゃない。



次に、仕事。

真面目に仕事の話を書く機会も少ないから、真面目に考えてみる。

いま弱小ながらも大きな企業に所属して、半年ではあるが、自分が力を発揮できる分野を模索している。

一つの可能性として感じているのは、経理・財務・税務・経営企画といった広い領域をカバーできる人材になることである。

大企業の問題として、やはり縦割りリスクを強く感じる。

切っても切り離せない経理と税務ですら、経理の担当者は税務がわからず、税務の担当者は経理が分からないといった状況が生まれている。

そのあたり、幸いにして税の勉強もしてきた自分なら一人で担当することができる。


これはスペシャリストかジェネラリストかの話ではない。

狭いスペシャリストか広いスペシャリストかの話である。

残りの3年半は大企業の仕事のまわし方、まわり方を学びつつ、自分の領域を広げることに専念したい。

きっと次のステップで役に立つ投資となるはずと信じている。



最後に友人関係を少し。

ここ数年少しづつ本当の友達が増えてきているように感じている。

決してなぁなぁで付き合っているわけでなく、お互いの成長を尊重し合える、そんな友だ。



僕はこの残りの20代を彼らと共に濃厚なものにすることを誓う。



この投資が30代以降、大きな財産となることを信じている。

僕ならできる。僕らならできる。





今回のお題は友達についてである。


そもそも、友達とは何だろうか。

新明解国語辞典によれば、

「一緒に何かをしたり遊んだりして、気持の通いあっている人。友人。」とある。

気持ちの通いあっているとはまた実に抽象的な物言いである。


では、はたしてフェイスブックの友達のうち、何人が定義通りの友達だろうか。

空前の友達ブームではあるが、

気持ちの通いあっている人なんぞ突き詰めれば数人しか残らないだろう。

そんなFB友達は僕にいわせれば、ただの「知り合い」だ。


僕自身は広く友達付き合いをするよりも、狭く深く付き合うことの方が多い。

FB友達の数は周りよりも少ないかもしれないが、

最後に頼れる「友達」の数でいえば絶対的に周りよりも多いと信じている。

本当に困ったときにはきっと金も貸してくれるはずだ。

正直に言って、友達には恵まれている。


ただそれは裏を返せば友達に恵まれるだけのバリューが自分にあるかもしれないってことだ。

話を聞く。話をする。刺激を受ける。刺激を与える。

気持ちが通い合うってことはそういうことだ。

けれど、人間ってのは成長していくべき生物だ。

成長した時にかつての刺激は刺激で無くなっている。

友達でい続けるってことはなかなかにして難しいものなのだ。

だから、僕はその時その時付き合う友達は意識的に変えていくべきだと思う。

新しい刺激を与えあえる友達を常に見つけていくべきだ。

でなければ、ただ昔話にひたる何の生産性もない時間を浪費するだけなのだ。



昔からただ仲良しこよししているような関係が大っきらいだった。

それなら一人がいいと思った。

そしてそうやって行動してきた。

自分は一匹狼なのだと信じて走ってきた。

けれど、周りを見てみたら、いつの間にか違う縄張りからはみ出た一匹狼と並んで走っていた。

獲物を追うスキルも目を見張るものがあった。

こいつとなら組んでもいいかと思った。

僕はそんな友達がいい。