僕が「肉」と聞けば、間違いなく焼肉を想像する。
タン、カルビ、ハラミ、ホルモンなんでもござれ!
ビールにまっこり、くぅ!!
しかし、ただ肉を食えればいいというものでもない。
肉を食すときに最も必要なモノ、それは気の合う友人、家族、大切な人(以下、肉友と呼ぼう!)
どうしてだろう。
牛丼は一人で食っても楽しいが、焼肉はそうではない(…と思う。まだやったことはない)
あのジュゥ…と食べる頃合いをはかるあの時、
あの肉の脂がしたたり落ちるあの時、
あの期待によだれがあふれてくるあの時、
肉友との他愛のない会話がなんともここちよい!
美味しければ会話も弾むというもの。
美味しければ肉友情も一層育まれるというもの。
けれど、今でも思い出す悲しい記憶の焼肉がある。
食べ盛りの中学生の頃、オヤジの会社は存続の危機と噂され、
なんとなくだけどその雰囲気は僕に伝わっていた。
高級なイメージのあった月に一度の焼肉の時、
僕はアホみたいに肉を頬張る弟を見ながら、
両親にまだ肉を頼むかと聞かれ、もういいと言った。
本当はまだ食べたかった。
けどそれが家計にどんなに影響するのかわからなかった。
それでも弟には食べさせてやりたかった。
…その後オヤジの勤めていた会社は持ち直し、今に至るのだけど。
月に一度は焼肉。
そんな風に育ったこともあってか、
僕の焼肉の歴史を振り返れば、
ほとんど僕自身の歴史を振り返ったことと同じである。
楽しい焼肉でも悲しい焼肉でも、
美味しい肉は実に公平に美味しかった。
美味しい肉は世界を救う。
少なくとも僕を救う。