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WRITE ABOUT

物書きしたい。
誰が見ても見なくてもいい。
モノカキがしたい。
そういうブログ。

週末の過ごし方はその人の性格や気持ちを素直に表すと思っている。

週末の過ごし方は実に自由だからね。

何をするかの判断はすべてその人次第なのだ。



この週末の僕はといえば。


土曜。


朝から大阪にいる弟が東京に来るということで、7時半に家にくる。

しばし、家族水入らずの時間を過ごす。

実家の話、仕事の話、もろもろ。

ちょうどホームシックの僕にはなんとも穏やかな朝となった。

よくぞ、来てくれた、弟よ。


その後、洗濯を回し、その間に読書。

弟はとっくに早々に遊びに出ていった。

いまは村上春樹集中期間。

午前中にのんびりと読書する幸せ。

眠たくなったら二度寝も構わない。自由。


昼過ぎ。

カツヤと一緒に近くのとんかつやへ。

最近行けてなかったが、やはり最高。

かつは旨いし、あの甘め自家製マヨネーズがなんか好き。

昼はがっつり食べるのがいい。


その後、ウチでこのブログ活動についてカツヤと打ち合わせ(そんな堅いものではない。

何か新しいこと、チャレンジングなことを考えて、するのはすごく好き。

今回のワクワクだけで、数週間は退屈しなさそう。


解散後、壁掛け時計を求めて、みなとみらいのニトリへ。

閉店セールをチャンス!と見たが、目当ての商品は残っておらず、無駄骨。

が、ネットで調べたら、ニトリのは電波対応じゃないことに気づき、無印の時計にすることに決意。

一通り、横浜を懐かしんで、自由が丘の無印へ行くが、在庫切れの為、ネットで購入することに。

少しづつ失敗しながらも前進する自分に好感が持てた一日。


夕食をキャベツ中心に軽く取り、ふらっと自由が丘TSUTAYAへ。

最近、週末予定がない時には夜のDVD鑑賞がマイブーム。


23時半からの「ステキな金縛り」鑑賞。

三谷幸喜の世界に浸る。

見終って26時。そのまま就寝。



日曜。と同じように書くと、恐ろしく長くなりそうなので、止めておこう。

ざっくり言えば、チャリを求めて歩き回って半日はつぶした。

結果、買いたいチャリは決まったし、前進した。



最近の週末は、この土曜のように、読書、映画、友人に終わる。

この週末の過ごし方は実に楽しい。

が、同時に最近は危機感を覚えている。


数年前までは週末のどちらかは彼女との時間だった。

あるいは異性との時間だった。


それがどうだろう。

合コンは確かに行く。来週の土曜は合コンだし、来週に限っては昼も出会いが待っている。

けれど、その後発展するかというと、よっぽどタイプじゃなきゃデートするのすら面倒に思えてくる。結果、なかなか誘わない。

週末を十分に楽しめてしまう、今の環境もちょっぴりハードルを高くしているに違いない。


今度、週末、あの子をデートに誘ってみよう。


そうして少しづつ何かが変わればいい。

僕は前進するんだ。





もし、来週の合コンで「あの子」が見つかればの話だが。







夏休み最後のテーマは「家族」だ。

この1週間、僕は兵庫県の実家に帰り、2回親父とラーメンを食べ、2回夜に家族で外食し、2回親父とゴルフを周り、結果、2キロほど太った。


僕の家族は実に良好な関係を維持していると思う。

というより、互いにぶつかりあってしまうほど、もう子供ではないと言ったほうが正しいかもしれない。

もう立派な大人なのだ。


家族は両親と僕、そして弟の4人だ。

それぞれの役割としては大まかに、

子どもみたいな親父(おかんにちょっかい出すのが好き)、

親父を上手くあしらうおかん(子供たちを溺愛している)、

冷静な長男である僕、

弟らしく盛り上げ役に徹する弟、

といった感じ。


最近、家族について感じることは、家族を構成する一人一人にも当たり前だがそれぞれの生活があり、それぞれに考えていることがあるのだなということである。

至極当たり前のことのように聞こえるが、僕はつい最近まで家族をひとくくりにしてしか考えていなかった気がするのだ。

やっと自分も大人になってきたということだろうか。


そこで今回は家族それぞれと僕との1対1の関係を考えてみたい。


まず、親父。

親父はここ10年近くずっと単身赴任していたから、正直なところ、ちゃんとコミュニケーションがとれるようになったのもここ数年である。

共通の趣味であるゴルフと株について話ができるというところが大きい。


ここだけの話、親父のことはなかなか尊敬してる。

あの大分のド田舎から出てきて、それなりに立派なキャリアを送り、家族に何不自由のない生活を提供し続けた。素晴らしい。

ただ、営業畑をずっと進んできた人間だから、仕事の話になるとどうも噛み合わないこともある。

けれど、それは立場の違いによる考え方の相違であって、大した問題じゃない。


もう定年で暇そうにしているが、きっとこのまま終わるわけないだろうと思っている。

もうひと花、ふた花咲かせてくれるに違いない。



次に、おかん。

親父が単身赴任でいない間、家を支えてくれていたのは間違いなくおかんだ。

僕ら兄弟もおかんに負担をかけないようにと考えながら、育ってきたのだと思う。

おかんの納得する受験をし、おかんの納得するキャリアを選んだ。そういった部分が意識しないながらもあったに違いない。

親に縛られていた、というとマイナスに捉えられるかもしれないが、僕ら兄弟の場合には決してマイナスには作用しなかったようだ。

これからの嫁探しも当然ながらおかんとの相性も考えながらになる。


弟が高校に入ってからは働きだしたおかんだったが、彼女はそもそも働くべき人材であったと思う。

あれだけのエネルギーを持っていて、専業主婦を続けてきたのは苦痛だったに違いない。

海外駐在という特殊な環境ではあったけれど、ぼくら子どもがおかんの時間を奪ってしまったという意識は捨てきれない。

思う存分やってほしいと思う。



最後に、弟、タク。

男兄弟はなかなか難しいものだ。兄弟であるとともにライバルだから。

そのあたりタクが悩んだらしいことは僕も知っている。

どうしても兄弟は比較されてしまうからね。

だから、彼が台湾に留学することを決めた時には、いよいよ僕と違う方向、自分にあった何かを見つけようともがいていることを感じ、うれしかった。旅立ちの日は僕が羽田まで送ってやったが、そんなことを兄が感じていようとは気づいていまい。


僕にできないことで、あいつができることはたくさんある。

なにより次男特有の人懐っこさがある。

きっとそれを武器に頑張ってくれるはずだ。



いいことばかり書いた感があるが、これは本心である。

思春期の頃はもちろん家族をうざったく思ったりしたこともあったが、今はみな大切にしたい家族だ。

年に2回、盆と正月に会うだけになってしまうけれども、常に家族に支えられていることを感じていたい。


長生きしろよ。






今週のお題は 「旅」である。

「旅行」ではなく、「旅」だ。

僕が考えるそれぞれの意味合いはなんとなく違う。

旅行者と旅人の違いとでもいえば伝わりやすいだろうか。


新明解国語辞典第5版によれば、

「旅」

①差しあたっての用事ではないが、判で押したような毎日の生活の枠からある期間離れて、ほかの土地で非日常的な生活を送り迎えること。②省略

「旅行」

ふだん生活している所からしばらく離れて、遠隔地に赴くこと

とある。


ふむ。判で押したようなという言い回しが新明解ならではだが、どこか違う。

僕個人の定義では、

『旅はスケジューリング不能なもの』

であるべきと考える。

すなわち、行き当たりばったりであるべきと考える。


僕が思いつく自分の旅はただ一つ。

2010年3月、3週間をかけて日本を巡った一人旅である。

大学卒業から2年監査法人で働き、もう吸収したいことは何もないと思い、ビジネススクールに通うことに決め、その月は有休を消化するために一カ月の休みを頂いていた。

その頃はなぜだか自分が日本人であるということを改めて見直していて(友人ともそんな話ばかりしていた記憶があるのだが)、日本人たるもの日本のことを知らねばなるまいと考え、日本放浪の旅をしたのだった。


青春18切符を使い、鈍行列車を乗り継いで放浪した。

降りたい駅で降り、行きたい場所に行き、その土地にまつわる歴史を本で学んだ。

泊る場所もその日その日夕方くらいに決めるという感じだった。

結局、本州の太平洋側沿いに進み、九州に渡り一周し、本州の日本海側を進み、帰ってきた。


この話をするとたいていの女の子は一人でさびしくなかった?と聞いてくるが、僕自身は全くもって淋しいとは感じなかった。

今もそうだが、一人で時間を使うことに慣れているし、むしろ一人になりたい時が多い。


とはいえ、さすがに夜に一人でその土地の名産を食べに行くのは気が引けたから、そういった名産は昼に食べ、夜は吉野家などで軽く食べ、食後にその土地土地のバーにいった。

そう、何回かは誘惑に負け、ガールズバーにも行った。

その土地土地の女の子を知るというのも悪くなかった。


最も好きだったのは奈良だ。

なんだ、ベタじゃねーかと思われることだろう。

けれど僕にとってこの時初めての奈良は、みなさんが行っただろう修学旅行で決められたような恩着せがましい奈良ではなく、純粋に自分の知的好奇心を満たしてくれる奈良だった。

かつて日本の中心として栄えた奈良で何が起こったのか。

蘇我氏の暗躍、仏教の伝来。

奈良駅近くの書店で調達した歴史本を読みつつ、古墳を巡り、寺を巡った。

心は完全に千年以上前にあった。


皆様方にも再びの奈良を強くお勧めする。



話がブレているが、旅はやはり好奇心に満ちたものであるべきだ。

その土地土地の歴史を感じ、空気を感じるべきだ。


その点、日本人はあまり長期の休みは取れないし、ツアーに頼りがちだと思っている。

下手すると、ツアーを選んでいるときが一番楽しいように感じてしまう。

それはやはりスケジュールが組まれてしまった時点で非日常度合いが半減してしまうからなのだろうと思う。


次の転職の際も旅に出ることをここに誓おう。