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WRITE ABOUT

物書きしたい。
誰が見ても見なくてもいい。
モノカキがしたい。
そういうブログ。

さて、今週は自分の考え方に影響を与えたモノについて。

実におもしろいテーマだと思う。

ポンさん、ありがとう。

ちなみにポンさんのポンが実はPONジュースからきていることは誰も知らないはず。

そう、ポンさんは愛媛産なのだ。


自分でいうのもなんだけど、僕は今の自分という人間が結構気に入っている。

すごく面白いことをしたがるし、新しモノ好き。

だけど、みんながはやしていると急に冷める天邪鬼。

常に自分に成長を求めるし、変化を求める。

一方で保守的だから無茶はしない。できる範囲で面白いことをする。

人の好き嫌いがすごくはっきりしている。

彼女はこれでもかというくらい大事にする。あの子、そろそろ嫁に来てくれないかな。


いま思い出しても、昔の自分は割とつまんないやつだったと思う。

すごくいい子だった。(悪い意味で)

親の言うことを本当によく聞いた。

すごく色んなことを考えていたけれど、何かを形にするという発想はなかったし、自分が何か新しいことをしてよいという発想がなかった。

与えられることをするのが得意だった。


いまの僕は比較的クリエイティブになってきているし、実際に行動にも移す。

そんじょそこらにいるやつよりよっぽど面白いやつになった自覚がある。


さてさて、僕のなかで何がどう変わったのか。

もしかすると一日にして僕という人間が変わったのかもしれないし、数年をかけてすこしづつ変わったのかもしれない。

けれど僕が変わり始めたのは間違いなくホリエモンの影響だと思っている。


ホリエモンの名前を出すだけで、急によそよそしくなる人は多い。

あの悪いことした人ね、そう思う人は少なくない。

あんな人に憧れたの?と。

シンジラレナイと。


けれど、実際に彼の躍進は高校~大学にかけての僕にひどく影響を与えたのだ。

彼が最終的にやってしまったことは間違いなく罪だが、

それまでの彼の躍進、特にネット業界におけるインパクトは大きい。

僕はその点に関しては彼の人柄等を別にして評価したい。


若い力が日本を揺るがす。

それは僕にとって実に魅力的だった。悪魔のささやきのように。

若くても実力があれば通用する。

それまでどこか遠い存在だったオトナが急にはっきりと近くに見えた。

自分が手を伸ばせば、もうすぐにつかめてしまう存在に思えた。

そう、自分の視界が一瞬にしてクリアになったんだ。

(実際高校の時の僕は半分夢のなかにいたかのようにぽーっとしていることが多かったのだ)


そうして、その頃から自分に対して多くを求めるようになった。

確固とした自分を持ちたいと思うようになった。

実力が社会に挑戦する唯一の武器だと信じた。

誰もケチのつけようがない武器を手にしたいと思った。


僕の意識にはそういった根幹があって。

会計士になり、ビジネススクールを出て、いま商社の経理を経験している。

少しづつだけど確実に実力はついてきている。

最近は仲間とのつながりという力もついてきている。(そういうのも実力のうちよね)


もう少しづつ若いとは言えなくなってきているけれど、

まだ僕は若くして日本を揺るがす事をしたいという想い自体は変わらず持っている。

このブログ活動も本貸しプロジェクトもiCAREも。

そういった規模に発展する可能性を秘めていると信じている。


まったくの夢だと思うかい?

僕に言わせてもらえば、夢すら語れない奴に夢を現実にする資格はないよ。

僕は夢を語り続けるよ。

 昨日、一つ目の内定を頂いた。ダルビッシュの作文を書いたあの会社だ。あの日が人事部の面接と筆記試験で、その後、経理部長ら現場担当者との面接、最後に役員面接といった形で面接は進んだ。他社についても進行中ではあるが、たいていこのような形らしい。最後の面接のときには人事の方から、年収も提示していただいた(メーカーということもあって決して高い金額ではないが)。自分の価値がリアルなお金で表されたようで、誰しもはじめてお給料を頂いた時に感じただろう、働いてお金をもらうことの凄さをいま再び感じている。

エージェントには、内定を頂いてもしばらく他社の結果を待ってほしい、と伝えてあったのだが、会社は、いつまでも待ちます、と言っていただけているらしい。評価されることはやはりうれしいし、正直、心も揺らぐ。

けれど、第一候補群の結果はまだ一つも出ていないし、仮にそちらで内定がでるならば、心苦しいがダルビッシュを辞退させていただくだろう。こんなに良くしていただいているのに、冷静に判断できる自分はかなり冷たいやつだとも思う。でも、それだけ真剣に将来の事を考えているともいえると思う。一時の情だけで判断してしまうのはやはりリスキーだ。



面接は平日にあるから、土日は相変わらず友人と飲みに行けている。

最近、友人で集まると、たいてい結婚の話か、転職の話になる。僕等は2008年卒だから、今年が社会人4年目。このまま仕事を続けていいのかと悩みだす友人は転職を考えだし、仕事を続けることをほぼ決めている友人は結婚を考えだす。みんな、本気で将来の事を考え始めている。



僕もまさにいま真剣に考えている。

今日の活動記には最近ふと感じたことを書きたい。





数年前、「若者はなぜ3年で辞めるのか」という新書が流行ったのをご存じだろうか。僕がその本を知った時、大学生だったと思うが、その時は、根性のない若者が増えたものだなぁと思ったものである。まさか自分が3年で辞めた若者になるとは考えもしなかったのだ。

 本の内容としては、興味あればご一読いただきたいが、特にポジションに対して上司や先輩の数が多く、出世が見込めないことなどが主な原因となっているようなことが書いてあったはずだ。もちろんこの説明は一因であると思う。

ただし、この本が出る前からも、とりあえず3年は頑張りなさい、といったようなことはしばしば言われていると思う。この3年という期間は、どんなに苦しくても3年たてば報われるといった「石の上にも3年」理論が根底にあると考えられる。僕も辞めると決めた時にかなり迷ったものだ。ちょうど2年経ったあたりだったから、あと1年辛抱すれば何か見えてくるかもしれない。いや、見えてこなかったとしても、3年を待たずに辞めるということは「辛抱のない若者」というレッテルをはられることになり、転職の際に「石の上にも3年」理論に支配された大手企業には嫌みの一つでも言われるのではないかと思ったものだ。

 

でも、辞めたいと思いながら過ごす日々は想像以上に精神的にこたえるものである。周りの先輩を見ている限り、あと1年いたところで何かが見えてくるとも思えない。いや、あと3年いたって5年いたって同じように思える。この20代という社会人としての第一次成長期の数年をそんな風に過ごしているかと思うと、いてもたってもいられなかった。僕の場合には、ちょうど主査を任されるタイミングだったこともあり、思い切ってそれを断り、退職した。

 

僕は間違っているだろうか。

真剣に将来を考えて、出した結論だとしても3年待たずに辞めてしまうことはダメなやつのすることなんだろうか。



「石の上にも3年」理論について、最近、僕はこう考えるようになった。すなわち、人間が現実を受け入れ、合理化を行い始めるまでの期間がおおよそ3年くらいなのではないかというように思うのだ。どんなに苦しいことや、つまらないことをしていたとしても、自分が3年も継続して行ってきたことなのだから、その期間を否定したくないと本能的に思い、「よく考えれば、そう悪くもなかったのかもしれない」なんて合理化するのではないかと思うわけだ。そうして、みんな聞き分けのよい大人になっていく。後輩にもとりあえず3年は我慢しろという。なぜか。それが自分の通ってきた道であるし、自分を否定したくないからだ。



僕らの世代はいわゆるゆとり世代だし、そりゃ昔の人からすれば甘ちゃんかもしれない。けれど、経済がなかなか成長しない現実を見て、時にはリストラされる人々の姿や自殺者増加のニュースを見て、育ってきた世代でもある。入社しても、明らかに上の世代が詰まっていて、自分の出世はうまくいったとしても、そう早くはないだろうなとひしひしと感じている世代でもある。いままでとは状況が違うのだから、「石の上にも3年」理論とは違う論理が必要なんじゃないだろうか。

 

もちろん、苦しいことから逃げろ、と言っているわけではない。それどころか苦しい事をしないと人間として成長はないと思っている。寿司職人が下積みなしでいきなり店を出してもいいとは思わないし(いや、出したとしても成功の可能性は極めて低いだろう)、相撲取りがちゃんこも食べず、稽古もせずにいきなり土俵にあがっていいとも思わない(いや、たとえあがったとしてもまず白星はつかないはずだ)。



けれども、もしあなたがしている仕事が、あなたがいくら真剣に考えても将来なりたいと思う姿につながらないことならば、それに向かって方向転換することはいいことなのではないかと思う。たとえ3年を待たずとも。

苦しいことでも頑張れるのはそれが自分の将来のなりたい姿とつながる事だからだ。寿司職人になりたいのにちゃんこを食べて、稽古したってしょうがないし、相撲取りになりたいのに寿司の下ごしらえをしてもしょうがない。



苦しいことから逃げるためだけに転職を考えるのは確かに逃げだ。

一度逃げることを覚えると何度でも逃げてしまう。



けれど、成長するために転職を考えるのは、むしろ進んでいるんだ。

今週のテーマは「あなたが考える、日本を良くするアイデア1つ教えて」。

実に難しいが、この場を借りて考えられることに感謝しよう。


さて、日本を良くするアイデアを考えるに当たって、まずは自分が日本のどこに問題や不満を感じているのかを明確にしなければなるまい。

行き先を決めずにチャリをこぐのももちろん楽しいけれど、行き先も決めずに、行き先までのルートを考えることは実に難しい。というか不可能なのだ。


母国である日本に活気が戻ってほしいというのは嘘ではない。

その活気が戻るための議論をするには本来ならば政治の話をしなければならないのでしょう。

国をよくする話をするのだから。

けれど、僕は正直に言って政治に関心がある方ではないし、それを語る知識を持ち合わせていない。(反省すべきだろうか?)

だから、この場では僕のすぐ周りの日本に関して話すことになる。

(でもみんながすぐ周りの日本を話せば、いつか日本全体の話をしてることになるよね?ならないかな?なるといいのだけれど。)


親父は去年引退したけれど、それまではずっとインドネシアに単身で赴任していて、僕もその間、何度かジャカルタに行った。

そこで感じた日本との決定的な違いはやはり活気だった。うるさいくらいの。

交通量もめちゃくちゃに多い。


どこからこの違いが出てくるのか。


それはきっと人の内面から出てくるものに違いなかった。(汗とかじゃないよ?)

貧困からのし上がるハングリー精神だったり、情熱。そういったもの。

今の日本人にはそういった精神が欠けていると言われたりする。

日本人は豊かになりすぎたんだと。(実際にそうだと思うけれど。)


そう、僕は日本人のハングリー精神がかつてに比べて低くなっているんじゃないかってことを問題と感じている。

こんなことをいうと、いや、おれはハングリーだぜ!!なんて言う方もいらっしゃるでしょう。

もちろん一部の人を見れば、非常にハングリーな方もいる。これは事実。

けれど、傾向として少なくなってるんじゃないかってこと。


この問題を解決すべくアイデアを出すとするならば。。

日本人が貧困に直面した時には、火事場の馬鹿力のごとく、復活を遂げるのでしょう。

ゆえに、貧困に陥る政策を。

否、そういうことではない。


日本人がハングリー精神を失ったと思われる理由。

僕が思うのはやはり若者が未来を感じることができないこの閉塞感。

特に僕の身近なところでいえば職場。

うちの会社は特にそういう会社なのだけれど、上には大勢の世代の社員がいて、ポストに空きがないから昇進も望めない、といった状況が起こる。

もちろんやりがいはポストだけではないけれど、何か評価としてついてくるものがなければ、むなしく感じつことも事実。わかるでしょう?

かといって、ベンチャーに転職するか、起業するといった志向は若手には少ないように感じる。

どんなに会社の中で閉塞感を感じつつも、ぶら下がらずにはいられない性なのだ。

これはそういったメディアの風潮や親の期待を一身に受けて育った僕らだからある意味で仕方がないことなのかもしれない。


少子化が叫ばれ、おじいちゃんが現役で働かなくてはいけない時代。

一層、若手の未来は見えにくくなっていくに違いない。


そこで僕のアイデア。

それは、大学在学中に起業を義務化すること。

前回のテーマでも述べたが、僕らはお金を稼ぐことを就職と同義に考えている節があって、自分の力でお金を稼ぐことをひどく難しいことのように考えすぎている部分があるように思える。

もちろん難しいのは間違いないのだろうけれど、意外とやればできるんだね、そう思う若者が中にはでてくることを期待したい。


大学を決して余暇だけの期間にしてはいけないと個人的には考えている。

大人に移り変わる一番の成長期に、仲間と仕事を考えて育てていく、そういうプロセスを感じることは、たとえ失敗したとしても大いに意義のあることだと思う。


否、僕だってまだまだ遅くない。

何かを始めるのに遅すぎることなんてないのだから。