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WRITE ABOUT

物書きしたい。
誰が見ても見なくてもいい。
モノカキがしたい。
そういうブログ。

さて、今週は政治のお話。

正直にいって、僕に政治を語ることはできない。

大した知識もないし、関心も薄い。

けれど、今日は書ーかないっ!!なんてこともない。

なんで政治を語ることができないのか、それを書けばいいのだから。


大学の学部を選ぶとき(僕は内部進学なので。)、

文系であれば、成績のいい順に法学部法律学科、法学部政治学科、経済学部、商学部の中から選ぶようになっていた。

先日のブログでも書いたが、僕はひどくホリエモンの影響を受けて、金!金!GIVE ME MONEY!!となっていたので、法学部で弁護士を目指すでもなく、ましてや金もうけにつながりそうもない政治学科など選ぶわけもなく、企業経営に一番関係のありそうな経済学部で会計士を目指す道を選んだわけで、いまも正しい判断をしたと思っている。

そう、僕は政治うんぬんに昔っから興味がなかった。

自分のスキルがあれば政治なんて関係ないみたいに思ってる節があったわけ。(もしや今も…。)


日本人はもっと政治を語るべきだ!みたいな意見がかねてからある。

それはきっと正しい。

自分の国の行く末を担う政治について語ることもできないようじゃ国民としてどうなんだと。分かる。

けれど、そんな風に言われたって、興味のないことについて知識をつけて、語ろうと思うだろうか。

正しいことがされるとは必ずしも限らない。


それでも最近の議論でいえば、日本人は少し意見が言えるようになってきているんじゃないかと思う。

例えば、消費税増税。

身近な題目ということもあり、家計に直接の影響があることもあって、NOとはっきり口にする人は多い。

一方で、少しお金に余裕のある人は、国の財政を考えると、なんてインテリぶってYESと口にしたりする。

でもそれでいいのだと思う。思ったことを口に出すこと。それが一番大事。


僕だって、今回の選挙は注目していたりする。

特に安倍さんの経済政策強化。

すでに市場は円安方向に振れ、株価も上がってきている。

日銀法改正まで行い、目指す円安は、僕に自身の資産増加という形で恩恵をもたらす。

だから、賛成する。


そんなんでいいのかって?

それに伴う弊害を考えてみろって?


それを考えるのは僕の仕事?

政治家の仕事?

確かに僕自身も弊害まで含めて政策を支持、不支持を考える必要はあるのだろう。一国民として。

けれど僕にメディアからもたらされる判断材料の多くは極めてバイアスのかかった情報だ。

全ての情報を机に並べて議論するのは政治家がすればいい。

そうは思わないかい?


政治について語る。

日本人は真面目だからこれを難しく考えすぎて、いや、僕なんかには語れないよ。なんて思ったりするだけなんだと思う。

もっとシンプルに自分のメリットデメリットだけを考えて投票をするのでよいと思うし、語るのでよいのだと思う。

国のための政策!なんてお堅い考え方じゃなくって、僕にとっての政策、私にとっての政策、そんな単位でみんなが考えていった積上げがひいては国のための政策なんじゃないだろうか。

それでいいんじゃないかな。


なんて言うと、頭のいい連中から個別最適と全体最適は違うなんて言われそうだから、このへんで語るのをやめにしよう。

ひとつ言えるのは、このブログと同じだってこと。

考えていることを脳の中にとどめておくんじゃなくって、外に出すこと。

考えすぎちゃってなにも出来ないよりも、何かしようってこと。

投票しようってこと。


ちなみに日本人は英語を話すことができる?にもNOと答える人が極めて多いそう。

泳ぐことができる?って聞くと大半がYESなのにね。

僕にとってはHELLOと犬かき、同じようなもんだと思うけれどね!


さて、今週のテーマは僕発案の『もっと自分』について。

この活動を始めて早3ヶ月程度が経ちますが、そろそろ新しい展開が欲しいなとそう思ったわけです。

PONさん、チノちゃんの参加が大きな第1波でしたが、第2、第3の波が欲しい。

そんなわけで今回は僕らにとってのこの活動の意義と今後の展望を書く、そんな回にしたいのです。


初回、書くことについて語ったものの、いま思えばこの活動自体についてはあまり語らなかったような気がする。

かつやと語り合うことですでに語った気になっていたのかもしれない。


なぜ「もっと自分の話をしよう」なのか。

自分以外の何かについて書き物をするだけじゃダメなのか。

自分にとってのもっと自分をもう一度明確にしておこうと思う。


僕は正直にいってFACEBOOKがあまり好きではない。というかほとんど嫌いだ。


投稿する。

写真をupする。

いいね!を押す。

コメントする。


こんなことで何が変わるというのだろう。

本当にお互いの事が分かったのだろうか。

ザッカーバーグが実現しようとした世界はこんなもんか。


そこに足りないのは何よりも本音だ。

心からの言葉じゃなきゃ真に人に語りかけることはない。

どこに行った、何食べた、なんて情報は右から左に受け流しちまえばいい!


僕はみんなに知ってもらうためにFACEBOOKに投稿し、いいね!を押してもらい、コメントをもらい、はたと気づくんだ。

何がいいね!なんだい?

いったい君たちに僕の何が分かったというんだい?

…自分でも自分はひねくれた人間だということはわかっている。


だからこその『もっと自分』なのだ。

僕は実はメンバーであるチノちゃんにはまだ会ったことすらない。

PONさんだってまだ2回(一度は本当に挨拶を交わしただけ。)

けれども僕はPONさん、チノちゃんをFACEBOOKの友達よりもずっと近くに感じることができる。

お互いの考え方に触れる、刺激しあう。その結果なのだと思う。

正直に言って、この活動にFACEBOOK以上の可能性を感じる。



さて、僕にとってのこの活動の意義はこんなところにしておいて、今後の展望を語ろう。


シンプルに言って、僕はこの活動のメンバーが増えていってほしいと思っている。

この活動の魅力はメンバーが増えることで指数関数的に高まっていくと考えているからだ。


ではどうやって増やすか。

どうやったら増やせるか。


まず、ひとつは今回のブログで達成できたと思っているが、なぜこの活動をしているかを明確にすることだ。

こんな事やってるんだよ、おもしろいでしょ?

だけではなかなか人を動かすところまではいかないことをここ数カ月で実感した。

それよりも自分について語ることの重要性を説くことの方が人を動かすのだと思う。

もちろんメンバーそれぞれが感じる意義は違うだろうが、重要と感じていることに違いはないと思っている。


次に。その意義に共感してくれるとして書いてくれるかどうかという問題をどうクリアするか。

このブログ活動を見て、おもしろいと感じてくれる人はそれなりに多い。

だが、実際に書いてくれる人はなかなかいない。

書く、ということに大きなハードルを感じているようなのだ。

どのようにしたらハードルを越えれるのか。

答えはおそらく二つ。

ハードルを下げてやるか、ニンジンでも釣って高く跳べるようにしてやるかの二つ。


前者はなかなか難しいと思っている。

わざと僕らの書きモノのレベルを下げるようなことをしなければならない為だ。

仮に一時的に下げたところで、それで本音を言えない環境になっては本末転倒だ。


やはり望ましいのは後者。

書くことに参加することでコミュニティに参加できるというのはひとつ魅力であると思う。

その魅力をアピールしていくこと。

これをしばらく僕の課題としたい。


今年中にもう一人増やそう。

それがこの活動をより面白くする一歩になるはず。

今週はちのちゃんからのお題、飲みュニケーションについて。

ちのちゃんは僕らに海外育ちの考える飲みュニケーション感を書かせたかったかもしれないが、その期待にはこたえられないかもしれない。

実は僕は海外でお酒を飲んだことはあまりないのだ。(そういうことじゃないって?)

けれど、どうしたって僕はいま僕が考えることを書くだけなのだ。全力で。


飲みに行こう!

というと一般的にいえば何か食べてお酒でも飲もうよ、ということを指すと思う。

食べに行こう!

というのとはやはり少し印象が違う。

お酒を入れるか入れないかで何かが変わったのだ。


僕は正直にいって、そこまでお酒が好きというわけでもない。

お酒には強い方だと思っているし、疲れた時のビールなんて最高!!

けれどお酒がなくちゃ生きていけない、というほどではない。

だから正直にいって、友達と食事をする時にお酒がなくたって、僕は十分に楽しむことができる。

どちらかというと食後のスイーツの方が外せないくらいに思っている。


そんな風に思う一方で、みなさんご存じのとおり、僕という人間はひどく周りの目を気にする人間であったりもする。

そうすると確実にお酒を頼むことになる。

お酒を頼むか頼まないかで、付き合いのできるやつかできないやつかの判断がなされる傾向がどうもここ日本にはあるのだ。

また、気持ちよく酔っ払うやつもここ日本では好かれる傾向にある。

お酒は弱いけれど、ちゃんと付き合いで頼み、すぐに真っ赤になるやつもしかり。


この点からすれば僕はだいぶ嫌われる傾向にあるようだ。

まず、酒にはなかなか強い。(両親ともに酒好きときている。)

その上、顔にでない。(赤くもならない。)

なによりあんまり酔わない。(強いかどうかと酔うかどうかも実は異なるのだ。)

すると、僕はかなり飲んでいるにも関わらず、お前全然飲んでないなといじめられる羽目になる。


そんなことを自覚しだしてからというもの、酔った振りをすることを覚えた。

まるでエッチする時にイッた振りをする女の子のようだが。

わざとへらへらしてみたり、大声を出してみたりする。

そうすると普段クールな古庄君が陽気になっていると喜ぶ。(アホめ、喜ばせてやっているのだ。)

けれどそれで世界がうまく回るならいいじゃない。


一方で、気の合う仲間ならばこんなことする必要はない。

お酒には酔っていないが、会話に酔っているからだ。


思うに、お酒というものは、僕にとってそれ自体が楽しいものではないが、楽しいことを増幅させる効果を持っているようだ。

気の合う仲間と気の合う話をし(チャレンジングな話が一番だ。)、酒を飲む。

これこそ飲みュニケーション。

気の合う仲間と気の合う話が最高の酒の肴。



とこれで終わってもよかったのだけれど、少しアカデミックにも書きたい。


僕が思うに、以前ほど日本で飲みュニケーションが活発でなくなっている原因は、僕を含める若者の意識の変化にある。


まず、金銭的な問題。

バブル時代とは違って、経費も落とせず、給料も大きく上がることのない僕ら世代は、飲むことに対してそこまで魅力を感じていない。

費用対効果が悪いのだ。

それよりも本を買いたい、服を買いたい。何か形に残るものに使いたかったりする。


そして、姿勢の問題。

僕自身は飲みュニケーションは上司にこびを売る絶好の機会と考えているが、多くの若者にとってはそうではないようだ。

組織への忠誠心が低く、仕事はお金を稼げればよいと割り切る若者が多いと思う。

こういうといかにも若者が悪いように聞こえるだろうが、そうじゃない。

定年は延長され、上の世代はポストが空くのを行列をつくって待っている。

そんな組織で夢を持てだなんて言う方が無理なのだ。

今の若者はよっぽど合理的だ。

むしろおじさんたちは自分が幸福な世代に生まれていることを認識すべきなのだ。


予言しておこう。

この労働環境が変わらない限り、僕ら世代の飲みュニケーションはより仲間同士のものが増えていくよ。

ひいては日本経済の衰退は加速していく。


最後に。

最近のお勧めは家飲み。

何より安く済むし、家というプライベートな空間はみんなを開放的にする。

結果、お酒も美味しい。

第一回もっと自分オフ会はシェアラになる気がするけれど、ウチも喜んで場所を提供しよう。


ふむ。なんだかまとまらない文章になったけれど、別に一杯やりながら書いたわけではない。