さて、まだ今週も遅れておりますが、ひとつひとつ更新していきます。
やっと決算がほぼほぼ終わり、こうして平日に走り、ブログを書くことができるわけであります。
なんたる幸せ。
今回書くお題は「欲しいアイデアについて」ですが、お題を見てから1週間以上、頭の片隅で考え続けていたものの、欲しいアイデアはないかもしれないと思うようになりました。
アイデアとはすなわち、あなたが抱えている何らかの問題を解決する何か、でありましょう。
僕の場合には問題はたくさん抱えているものの、実はその解決方法は分かっている、あるいは明らかに解決できないことが分かっている、そういった状況にあるのだと思います。
(いや、解決できないと決めているのは僕なのですが…)
例えば、お金を使いたいだけ使って、でも貯金もしたいけれど、どうすればよいだろうか?とか。
好きなご飯をたらふく食べつつも、体重をキープしたい(あるいは痩せたい)けれど、どうすればよいだろう?とか。
ね、明らかに答えは決まっている(あるいはない)のです。
この状況はまさしく女の子が自分の答えが決まっているにもかかわらず、これとこれのどっちがいいかなぁ?とオトコに聞く、アレと同じなのですね。
そういえばアイデアと聞いて、思い出すことが1つあります。
大学の時、英語の履修を決める時の話です。
当然ながら簡単に単位の取れるクラスは倍率が高くて、難しいクラスは倍率が低いというごくごく当たり前の状況がありました。
会計士試験の為になるべく楽に単位が取りたかった僕はそこで一つのアイデアを思いついたのです。
倍率の低い難しいクラスのレベルを落とすことです。
そう、その難しいクラスに、高校上がりの英語のできない(愛すべき)みんなを集中させることによって、そのクラスの中で相対的に成績のいいだろう自分にとってラク単にしようと思ったわけです。
結果、どうなったと思います?
倍率が高くなりすぎて、自分が抽選に漏れるというオチだったんです。
でもね、ここまで書いてきて、僕は分かってきましたよ。
アイデアとかそういうどこか一過性のもので解決できるものってきっと大した問題じゃないんじゃなかろうかって。
本当に重大なことって自分で決めれることじゃなくて、そこには何かどうしようもない神様だとか仏様だとかの力が働いているんじゃないかってね。
…別に僕は神様なんてこれぽっちも信じていないんですけどね。
地震とかで死んじゃう時は死んじゃうし、どこの家に生まれるかなんて決められないんですよね。
(僕はまだ生きているし、古庄家に生まれて幸せだと思ってますけどね)
だからアイデアなんかで決められることなんて大したことじゃないし、どうだっていいんですよ。
僕は生きているし、あなたは生きている。
宇宙から見たらちーっぽけな存在で、何したって世界を変えれるわけじゃないんですよ。
でもね、だからこそ自由に生きていいと思うんですよ。
あなたが何したって、世界は変わらないし、所詮、神様の掌で踊ってるだけなんですよ。
だからね、華麗にステップを踏んでやろうと思うんですよ。
(最後の方、完全に変な方向にいってしまいました。きっと高熱を出したせいで、ねじが2、3本とんでるんです。)