ACT 3 再会
「第三区輸送船団、定時連絡取れず! 通信回路のアクシデントのようです。」
地球防衛軍の管制室で、舞はギクリと足を止めた。第三区輸送船団は、猛が指揮を執っている船団なのだ。
管制室の前面は、大きなマルチスクリーンになっていて、太陽系内の各船団の動きが一目でわかるように表示されている。第三区輸送船団は、火星の軌道を横切ろうとしているところだった。
(もしや、猛さんたちの艦に何か?)
舞は、ただの通信回路のアクシデントだろう、と不安を静めながら、司令長官郷田光雅の元に歩み寄った。
「長官、会議の時間になりました。」
「おお、もうそんな時間か。」
郷田は、思い出したようにスクリーンの前を離れ、舞の方へ悠然と歩いて来た。
「今日は休暇じゃなかったのかね?」
郷田は、まるで孫娘でも見るような穏やかな瞳で、舞を見下ろした。
愛する人と再会できる日ということもあってか、この年頃の娘特有の匂い立つような美しさが、今日は一段と際立っているようである。瞳は生気に満ちてきらめき、細い手足がすんなりと伸びて、健やかさを発散している。近頃は、少女の清純さに大人の女性のあでやかさが微妙に加わって、それが、見る者をハッとさせるのだ。
(良いことだ!)
郷田は心底思い、地球の健やかなる再建への決意を新たにする。
「はい、午後からそうさせていただくことになっていますが……。」
本当は、猛たちの船団に何かあったのか? と問いたい舞だったが、それを口に出してしまうようなことはしなかった。だが、言葉にせずとも、郷田にはその心配が伝わる。
郷田は、マルチスクリーンをチラリと見上げた。船団を示すマークは、変わらずに動き続けている。どうやら、航行には異常がないようだ。
「なに、心配するほどのことじゃないだろう。」
さり気なく、平然と言う郷田のその態度に、舞はやや安心する。
「船団、通信回復しました。本城艦長が出ます。」
ちょうどその時、第三区輸送船団からの入信を担当員が告げた。
猛が出ると聞いて、舞の心臓は高鳴った。艦長自ら通信して来る、ということは滅多にない。そうした場に居合わせたのは幸運だったが、逆に、何か、重大な事故でも起こったのでは、という心配も湧く。
そんな思いで複雑な表情の舞に鷹揚な一瞥をくれ、郷田がパネルの前に立つと、懐かしい猛の姿が映し出された。
(ああ!)
その瞬間の舞の心を表現すると、ただこれだけになる。無事だった、良かった、と具体的な言葉になるためには、時間が必要なのだ。
パネルの中の猛は、きっぱりと敬礼をすると、事務的な口調で報告を始めた。
『長官、ご心配をお掛けしました。火星軌道付近で、原因不明の重力波の影響により、船団に接触事故が起こりました。二機が損傷、他は軽微。地球帰還には影響ありません。後続の船団も、注意が必要かと思われます。』
舞はもう退室しかけているし、猛も郷田の顔しか見ていない。だが、それでもなお、スクリーンを通してでさえ、二人の強い繋がりを郷田は感じる。そして、沖田の言った「人と人との繋がり」は成してゆけるのだ、と信じられるのであった。
「わかった。後続の船団には直ちに連絡する。今後も注意するよう。」
『ハッ! 地球到着は、八月十七日十四時三十分です。』
猛は強気だった。アクシデントで計算外の時間を取られても、当初の予定を変更する気はないらしい。その後方では、予想される猛の厳しい命令に備えて、乗組員たちが動き出すのが見える。今度の航海では、彼らも相当鍛えられたことだろう。郷田は微笑した。
「うむ。航行のつつがなきを祈る。」
通信が終わると、郷田は、舞に続いて管制室を退室して行った。これから防衛会議なのである。
(人が皆、あの若者のような者ばかりであれば良いのだが……。)
防衛軍の中枢を成す幹部には、今の平和をよいことに、相も変わらず私利私欲に走ろうとする者もあり、郷田にとっては頭の痛いところだった。彼らは、デイモス戦以前の常識でしか物を考えようとせず、自分の目に見える物しか信じようとしないのだ。そういう頭の固い者たち相手の会議ほど、エネルギーを浪費するものはない。
だが、若者たちは違っていた。その健全さは正しさを感じさせ、いつも郷田に勇気と力を与えてくれる。彼らが地球の未来を担って行く者たちであることに、郷田は希望を見出すのだ。
(だからこそ、今、道を誤ってはならぬ!)
今、地球が踏み出そうとしている一歩は、地球の輝かしい未来のために、途轍もなく重要な意味を持っているのである。その一歩を正しく踏み出すことこそ、残された大人たちの成すべきことであろう。
通路へ出ると、舞が待っていて、今日の会議の議題を記した書類を渡してくれた。それを受け取ると、郷田は眉を上げ、厳しい表情で、会議室へ向かって大股に歩いて行った。
既に地球は眼前に迫り、もうその輪郭は視界の外にはみ出してしまっている。燦然と輝く太陽に照らされて、コバルト色の海と渦巻く白い雲が輝いていた。
『第三区輸送船団は、第三ステーションに着地してください。』
「こちら第三区輸送船団護衛艦ゆきかぜ、了解。到着推定時刻は、十四時二十五分。」
途中、予期せぬアクシデントがあったが、輸送船団は、予定通りに地球に到着できそうである。みるみる陸地が迫り、都市が判別できるようになり、やがて、都市に隣接する海上のエアポートも、肉眼で認められるほどになっていた。エアポートには、既に到着した船団やこれから飛び立とうという船団が、広大な敷地狭しと並んでいる。
「降下角偏差修正、プラス一、誤差修正プラス〇.一。」
進路に微小な修正を加え、微妙にスピードをコントロールしながら、船団は、整然と確実に降下して行く。誘導電波でコントロールされているとは言え、宇宙船団の離着陸にはいつも緊張感がみなぎる。だが、猛にはこの緊張感は快いものであった。
やがて、船団は無事にエアポートに着陸した。最後にゆきかぜのエンジンが切られ、振動が収まると、乗組員たちは顔を見合わせてニコリと笑った。無事に帰って来た、一仕事終えた、その安堵感がそうさせるのだろう。そして、それは新たな人の繋がりを示す一瞬でもある。
「それでは、艦長。お先に。」
「重力波の分析依頼は頼んだぞ。」
「承知しました。また一緒に乗り組める日を、楽しみにしていますよ。」
乗組員たちは、思い思いに私物をまとめて、猛に声を掛けて行く。
「こちらこそ! 良い休暇をな。」
猛は、良い航海だったと思いつつ、言葉を返す。
惑星開発が始まった頃は、宇宙へ出たことがあるのは、元ハヤトの乗組員たちだけも同然で、それ以外の者を乗せての航海は、心許ないものだった。だが、今はもうそんな心配はない。今度の航海も、きびきびとした能力のある気持ちの良い乗組員たちと乗り組めて、艦長として幸せだった、と猛は思う。
窓から外を見ると、眩しく光る青い空が一杯に広がって、良い天気のようである。これから、十日間の休暇が始まるのだ。
(舞は来ているだろうか。)
猛は、舞との再会に胸を弾ませながら、私物をまとめに艦長室に急いだ。
『第三区輸送船団、定刻通り到着致しました。お出迎えのお客様は、第二デッキへお越しください。』
午後からの半休を取った舞は、靴音も軽やかに、エアポートの雑踏の中へ駆け込んだ。
既に船団到着のアナウンスが柔かに流れている。護衛艦艦長の下船は最後だから、間に合わないことはあるまい、と思いつつ、舞はざわめきの中に急いだ。
エアポートは、いつも静かにざわめいている。
宇宙へ出て行く者、それを送り出す者、宇宙から帰る者、それを迎える者……。
人々は、ある種の興奮状態になり、その発する音声が複雑に入り混じって、このざわめきになるのだ。舞は、このざわめきが好きである。
(もうすぐ猛さんに会える!)
遠く離れて心配している時間は終わり、この目で、この手で、愛する人を確かめられるのだ。そう思うと、居ても立ってもいられず、舞の歩みは一層速くなる。しなやかに人込みをすり抜けて行くその姿は、最高に着飾って美しく、その上に浮き立つ気持ちが華やかさを添えているのだから、すれ違う人が思わず振り向くほどであった。
だが、舞の心は既に猛の元へ翔んでいる。
猛が航海カバンを手にデッキから出ると、既に下船した乗組員たちが、出迎えの家族の群に取り囲まれているのが見えた。猛は、パネルボードの到着ランプがチカチカと点滅しているのを見上げて、舞の姿を探した。だが、どこにもそれらしき姿はない。
猛は軽く目を閉じた。
かつてルーナンシアで、女王レムリアに導かれて舞の心に降りた時、猛は、ルーナンシアで最も優れた能力を持つレムリアでさえ探しあぐねた舞を、苦もなく見つけ出した。
猛には舞が見える。いつも、どこにいても、そして、これからもずっと――。
それを理解した時、凍り付いていた舞の苦しみは溶け、舞は、深い自我の底から戻って来ることができたのだった。
実際、猛にとって、舞の気配を掴むのは難しいことではない。どんな人込みであろうと、どんな意外な場所であろうと、そこに舞がいれば、猛にはわかる。こうした場合のように、ほとんどいると決まっていれば、なおさらである。
猛は、すぐに舞の気配を捉えて、視線を向けた。人波の間に、息を弾ませた舞の顔が覗いている。もっとも、今日の舞は、行き交う人が思わず振り返ってしまうほどに美しかったから、猛でなくとも、簡単に見つけられたかもしれない。
「猛さん!」
そうして猛が舞を見つけると、舞は、抑えていた気持ちを一気に解き放って、一目散に駆けて来るのだ。
「舞!」
輸送船団勤務は、新人たちの訓練も兼ねているため、一度宇宙に出てしまうと、なかなか帰って来られない。猛の帰還も、実に三ヵ月ぶりだった。
舞は、久し振りに会う恋人のために、淡い桜色のドレスを着て、花のように立っている。宇宙から戻るたびに、その伸びやかな健やかさに少しずつ成熟の色が重ねられて、美しいと猛は思う。息を弾ませ、上気した頬で自分を見上げる舞の瞳の輝きが、猛には眩しい。
だが、猛の方も、帰るたびに瞳に宿る意志の光は強靭になり、骨格は骨太さを増して、舞には、それが一段と頼もしく思えるのだ。
再会の興奮がやや収まると、再び愛する人と会えた幸せが、二人に押し寄せて来る。確かに、目の前に、手を伸ばせば触れられる距離に、二人はいるのだ。
「……お帰りなさい。」
舞は、微かに頬を染めて、猛の懐に流れ込んで来る。
「ただいま。……会いたかった。」
愛しさが込み上げ、猛は舞を抱き締める。
その瞬間、柔らかな輝きが発散されて、辺りを駆け抜けて行く。人々はそれを受けて、愛し合う者たちが再び会うことのできる今の平和を、その幸せを実感するのである。その輝きは、空を越えて遥かに伝播し、遠いメガロポリスで働く仲間たちの元にも届いて、カンのいい者には、スケジュールなど知らずとも、猛が宇宙から戻って舞と再会したことがわかるのだという。
しばしの抱擁の夢から覚めると、二人は、腕を組んで、居住区へ向かうチューブカーに乗り込んだ。
「猛さん、休暇取れたの?」
「うん。十日間。」
「よかった、予定通りなのね。」
今日は夕刻から沖田の戦没記念日の集まり、三日後には飛翔と唯子の結婚式があるのだが、どちらも予定通り二人で出席できそうである。
舞は、ホッとしたように笑った。
とにかく、今の地球には人手が足りない。少しでも経験のある者は、なかなか休ませてもらえないのだ。これまでも、何度楽しみにしていた休暇をフイにされたことだろう。だが今度は、二人一緒に、久し振りの休暇を楽しむことができそうである。
新命飛翔は元ハヤトの通信班長、花月唯子はその婚約者で、二人とも舞の近しい友人である。
デイモス戦の時、飛翔はハヤトに乗り組み、唯子は地球残留で、一年間、二人は離れ離れになった。二人にとって、それは、二度と会えないかもしれないという覚悟を強いられる辛い時間だったが、ハヤトは無事地球に帰還し、愛し合う二人は、再び巡り会うことができたのであった。
しかし、二人を待っていたのは、地球復興へ向けての超多忙な日々だった。
飛翔は、猛らハヤトの元乗組員たちと共に、惑星開発などで再び長期間宇宙へ駆り出される羽目になったし、防衛軍付属中央病院の看護師である唯子も、ハヤトがティアリュオンから持ち帰った先進の医療技術を一人でも多くの放射能障害の患者へ適用するために、病院に詰め切り状態だった。
飛翔の帰りを待っている間、大勢の人々が放射能障害で死んで行くのを辛い気持ちでただ見ているしかなかった彼女は、地球が救われてもなお放射能障害に苦しむ人々のために、どうしても医療の仕事を続けて行きたかったのである。
当分は仕事に全身全霊を傾けたい、という唯子の強い希望もあって、二人は結婚を延期することを決め、しばらくは擦れ違いの日々が続いた。しかし、二人は、深く静かに愛を育み続け、地球の復興が一通り成った帰還三年後にして、ようやく唯子の勤務に一区切りが付き、飛翔も地上勤務に落ち着いて、めでたく挙式することになったのである。
その結婚式が、三日後に迫っているのだ。
「飛翔も唯子も、きっとステキでしょうね。楽しみだわ。」
式の様子をあれこれ想像してみせる舞の横顔は、幸せそうだった。舞の話に黙って耳を傾けながら、猛の心も和む。
チューブカーの窓から外を見ると、メガロポリスの威容が近づきつつあった。戻るたびに確実に復興している。猛は、感慨深く辺りを見回した。
至る所に目に鮮やかな緑が配置され、それが真夏の太陽に映えて輝く様が美しく、子供たちが、これも顔を輝かせて手を振っているのが見える。車内の人々の和やかな会話も、耳に心地好い。この穏やかな優しい空気はどうだろう。宇宙での緊張が解けて、眠りを誘うようだった。今の地球のあり方は正しい、と思わせる。
「大丈夫? 猛さん。疲れたわよね?」
黙っている猛を気遣って、舞が覗き込んだ。
「ああ、ごめん。火星辺りで、ちょっとアクシデントがあったものだから……。」
「『原因不明の重力波』ね? 大変だったわね。あの時、私も管制室にいて、猛さんの報告を聞いていたのよ。」
「うん。知ってる。」
何でもないような顔でそう言う猛に、舞は、少し驚いたような視線を向けた。
管制室は、いつも大勢の人でごった返している。あんな事務的な顔で報告をしながら、恐らくスクリーンの片隅に小さく映っていただけの自分に、ちゃんと気付いてくれていたとは……。
俺には見える。
かつて猛はそう言ったものだが、それは、嘘ではないらしい。猛なら、その言葉通り、いつでも、どこにいても、それこそ宇宙の果てからでも、自分を見分けるだろう。そう信じられることが、舞には嬉しかった。
「幸い、大した被害はなかったけどね。舞の顔を見たら、安心して急に眠くなって来たみたいだ。」
猛は穏やかに笑った。
「そうね、宇宙に出たら緊張の連続だもの、疲れるなって言う方が無理よね。じゃあ、先にお部屋に帰って休んでいたら? 私は、その間にお買い物に行って来るわ。時間になったら起こしてあげるから。」
「そうだな。」
やがて、チューブカーは居住区のターミナルに着き、猛は、一旦舞と別れて、自分の部屋に戻った。
三ヵ月ぶりの自分の部屋は、キチンと整頓されている。部屋の鍵は舞にも渡してあるから、時にはやって来て、掃除やら何やらしてくれていたのだろう。机の上の一輪差しに空色のレアの花が揺れ、写真立ての中身も、前回の休暇の時に二人で撮った写真に入れ替えてある。
猛は思わず微笑んだ。帰って来たのだな、と改めて思う。と同時に、猛烈な眠気が襲って来る。
猛は、カバンを投げ出すと、制服を脱ぎ捨て、久し振りの自分のベッドに潜り込んだ。寝具はよく乾されていて軽く、空調の効いた部屋にその暖かさが快い。舞の面影をもう一度胸に描くと、猛は、彼らしく、あっと言う間に眠りについていた。