ACT4 安らぎの時

 ハヤトは飛んでいた。彼らの故郷、地球へ向かって。
 途中、大きな障害に出会うこともなく、航海は順調で、何度目かのワープを終えた時、ハヤトは、遂に銀河系の中にその身を浮かべでいた。
「さすが銀河だ。星の数が多くなったな。」
 猛がホッとした表情で言った。
「帰って来たんだなぁ。」
 その隣で、剛也も感慨深げに目を細める。
「おい! 地球との交信が回復したぞ!」
 後ろから飛翔が呼んだ。
「何!」
 思わず猛が立ち上がると、ほどなく、メインパネルに、懐かしいトウキョウ・ベース司令長官郷田光雅の姿が映った。猛らは、それを見上げて敬礼する。
『おお……、ハヤトか。』
 郷田も、疲労の色濃い表情をわずかに緩めて、猛を見下ろす。
『いつ帰還できる。』
「はっ。現在位置、地球から約一万光年。十日目には帰還の予定です。」
『コスモクリーナーは手に入ったのか?』
 郷田は、念を押すように重く尋ねた。
「はい! 現在、艦内工場で組み立て中です。」
 猛が力強く頷くと、郷田は、安心したように初めて笑顔を見せた。
『そうか! 地球はギリギリのところで救われるぞ。』
 周囲でドッと歓声が沸き、郷田も満面に喜色を浮かべて頷いていたが、ふと、沖田の姿が見えないのに気付いて、声をひそめた。
『沖田はどうした? 姿が見えないようだが。』
「はい。それが……、戦闘中の負傷が元で宇宙放射線病を併発し、現在療養中です。」
『何! それで……。』
 勢い込んで尋ねようとした郷田の姿が、突然歪み、消えた。
「あっ。郷田司令!」
「地球側の出力不足だ。通信レベルを調整すれば、多分すぐ回復するだろう。」
 猛の後ろで、落ち着いた口調で飛翔が説明し、非番の通信士たちに招集を掛けるために立ち上がった。
「猛も剛也も時間だろ? ここは俺がやる。状態が安定したら呼びにやるから、休んで来い。」
「そうだな。艦長に報告して来よう。」
 猛と剛也が立ち上がると、再び第二艦橋に通信が入った。
『こちら神宮寺。第二艦橋どうぞ。』
「ミスターからだ!」
 通信は、艦内工場でコスモクリーナーの組み立てに掛かりきりになっている独からであった。三人がモニターに飛び付くと、油にまみれた独がニッと笑った。
「ミスター。調子はどうです?」
『フフ……。コスモクリーナーの組み立て完了だよ、艦長代理。』
「本当ですか!」
 三人は、飛び上がらんばかりだった。
『ああ、試運転の結果も上々だ。』
「良かった! こっちも朗報ですよ。さっき、地球本部との通信が回復したんです。」
『そうか! 間に合ったんだな。』
 せっかくコスモクリーナーを完成させても、間に合わなかったのでは話にならない。独の顔にも、ホッとした表情が浮かんだ。
「これから艦長に報告に行くところです。とにかくミスター、お疲れ様でした。ゆっくり休んでください。」
『ありがとう。艦長に宜しく。』
 通信は終わった。猛は、飛翔に後を任せると、足取りも軽く艦長室に向かった。
「艦長。本城です。」
「入りなさい。」
 猛が艦長室に入ると、沖田は、ベッドの上に半身起こして、何か書いているところだった。
「艦長。少しはお休みにならないと、お体に障ります。」
 沖田は、最近、病を押して何時間もペンを走らせていることが多い。猛は心配したが、沖田は、その顔を見上げてハハハ……、と快活に笑った。
「何だ。お前まで佐渡先生のようなことを言うんだな。説教はいいから、早く報告をしなさい。」
「はい。申し訳ありません。」
 猛は、再び姿勢を正して、地球との交信が回復したこと、コスモクリーナーの組み立てが終わり、試運転も成功したことを、沖田に報告した。
「そうか。」
 沖田は頷いた。
「苦しい旅だったが、我々の旅ももうすぐ終わる。特に本城、お前は艦長代理としてよくやってくれた。」
「そんな……、とんでもない。毎日が冷汗の連続の未熟者です。」
 沖田の労いに、猛が生真面目に答えて思わず赤面すると、
「自覚しているのか。結構だ。」
と、沖田は愉快そうに笑った。
「道のりはあとわずかだが、旅はまだ終わったわけではない。ハヤトは地球へ帰らねばならん。油断することなく、これからもしっかり艦をまとめてくれ。頼んだぞ、本城。」
「はい!」
 猛の頼もしい様子に、沖田は満足そうに微笑んだ。
「うむ。下がってよろしいぞ。」
「はっ。失礼します。」
 猛は艦長室を辞した。
 その後ろ姿を記憶に止めながら、沖田は、しばらくペンを休めて考えた。
(大きくなったものだ。)
 さっきは、冗談めかして「自覚しているのか」などと言ったが、猛の成長ぶりには、目を見張るものがある。二百二十二万光年という想像を絶する距離を往復するという、常人の十年以上分にも相当するだろう経験をして来ているのだから、それも当然なのかもしれない。
 猛だけではない。地球を発つ頃は、右も左もわからぬひよっこだった乗組員たちが、何と大きくなったことだろう。彼らは様々な人と出会い、別れ、人を愛することを知り、そして、戦うことの愚かしさ、虚しさを知った。少年から青年へ、最も大きな変貌を遂げる若者たちの様を、共に在ってつぶさに見て来られたのを、沖田は幸せに思う。これからは、あの若い人々が中心となって、愛と平和に満ちた地球を造り上げて行くのだ。
 あのアンドロメダで、我々は宇宙の愛を見たのだから。
 沖田は、『宇宙における人の在り方』という論文を書いていた。
 ルーナンシアという不思議な星とそこで出会った人々、認識力が拡大しつつあるハヤトの乗組員たち、レア・フィシリアとして目覚めた舞、ラ・ムーの星、コスモエネルギー、滅びゆくティアリュオン……。
 自分の思うことの全てを書き残しておきたい。それが、若者たちに贈る最後の餞ともなろう。そうした思いで書き進めて行くうちに、沖田は、これは、初めから終わりまで、宇宙の掌の中で思うままに操られていることなのではないか、と思うようになっていた。それほど人間の成せることは微々たるものである。
 人として生きて、何ができるのか? しかし、それはゼロではない。所詮宇宙の一部分にしか過ぎない存在だが、それでも宇宙の一部分なのだ。
 沖田は、再び原稿に向かった。
 急がなければならぬ。体の自由が効くうちに書き上げねば。
 沖田は、自分の体のことは自分でよく知っているつもりであった。

「なぁ、飛翔。あいつ、最近変わったよな?」
 剛也は、艦長室に報告に行く猛を見送りつつ、飛翔に声を掛けた。近頃、何となく猛が一回り大きくなったように思われるのだ。階段を二段も三段も駆け上って、先へ行ってしまったような、そんな気がしてならない。
「ん? そうか?」
 飛翔は、メーターの調整をしながら、上の空で相槌を打つ。
 通信状態が安定すれば、ハヤトの様子を地球の人々に知らせることができる。皆、どんなに安堵し、喜ぶことか。きっと、唯子も安心するだろう……。
 恐らく、飛翔の胸にはそんな思いがあるのに違いない。剛也は、寂しいような、悔しいような、複雑な気持ちで呟いた。
「守る者があるからか……。」
「何?」
「いや。じゃあ、俺、ちょっと出て来るわ。」
 剛也は、第二艦橋を出ると乗員休憩室に向かった。こんな時は、あそこに行くに限るのだ。
 乗員休憩室は今日も賑わっている。
「美央ちゃーん。いつものね。」
「ハイハイ。」
と、二つ返事をした美央は、グタッとカウンターに身を投げ出した剛也を見て、手を止めた。
「どうしたの? 地球との交信回復! コスモクリーナーの組み立て完了! って、皆お祭り騒ぎなのに。元気ないのね?」
「うん。何かねー、虚しいんだよなぁ。」
 言いながら、剛也は、ココアを入れてくれる美央の手元をボーッと見つめていた。
「虚しいって? 一体何が?」
 虚しいなどという言葉は、およそ楽天家の剛也には似合わず、穏やかではない。美央は、ココアを剛也に勧めると、自分もその前に座った。ハヤトの「お母さん」は、乗組員のちょっとした悩み事の相談相手でもあるのだ。
「最近、猛や飛翔が、妙に大人っぽくなったような気がしてさぁ。まぁ、飛翔は元から大人っぽいけどな。二人とも守る人がいるからだ。飛翔は、地球に唯子さんという婚約者が待ってるし、猛は猛で、毎日いそいそ舞の見舞いだし。」
「で? 自分には守る人がいないって?」
「そう! その通り。俺だけ誰もいない。虚しいだろ~。」
 大袈裟に嘆いてみせる剛也に、おやおや、と、美央は微笑んだ。
 剛也は、猛や飛翔が自分を置いて先に行ってしまいそうなことが寂しいのだ。わからないでもない。何せ、猛にしても飛翔にしても、ちょっとそこらにはない大恋愛なのだ。傍で見ていて、羨ましくなるのも無理はない。白状すれば、自分も、あんな風に愛される二人の友人を羨ましいと思うのだから……。
 だが、剛也にだって、守りたい人ならいるのだ。
 悪戯っぽい気持ちが頭をもたげ、美央は、
「麗さんばっかり見てるからでしょ。」
と一言言って、フフフ、と笑った。いきなり核心を突かれた剛也は、さすがにギクッとして身を起こした。
「どうしてそれを……。」
「これでも生活班長ですからね。伊達に人のことは見てませんよ。」
 答える瞳が笑っている。剛也は頭を抱えた。
(大体、外見が可愛らし過ぎるんだよな。)
 美央の鋭さは、今に始まったことではない。それは剛也だって知っている。だが、いつも、ついそのふんわりした雰囲気に騙されて、油断してしまうのだ。鋭さでは誰にも負けない麗自身だって、ここまでは気付いていないはずなのに……。
 剛也は溜め息をついた。バレているなら、仕方がない。
「……麗さんは、大人過ぎるんだ。見てるだけが精一杯なんだな。」
「まぁ、それはそうね。」
 美央は事もなげに言う。
 他人の重大な問題を簡単に言ってしまうのが、美央の欠点と言えば欠点と言える。が、結局のところ、美央が簡単に言うことは、本来そう難しい問題ではないのだ。
「でも、わかるわ。最近、皆、やたらに大人っぽくなって来ちゃって……。」
 美央は、休憩室の一角に目をやった。二つの朗報に、戦闘隊のお馴染みメンバーがジュースで祝杯を上げている。
 帰路は、心配されたデイモスの残党と遭遇することもなく、訓練以外は比較的時間が取れるようになった彼らは、この休憩室に集まっては、日課のようにワイワイやっている。地球を発って間もない頃は、まだまだ子供ね、などと舞と評したものだが、最近では、皆、妙に大人びて、また男っぽく、こちらがハッさせられることもしばしばだった。
 出航当初から猛と舞の大恋愛を期待していた涼などは、
「俺のお陰だ。」
などと嘯きつつ二人を祝福し、我が事のように喜んでいるのだが、その横顔は名前の如く涼やかに男らしさを増して、涼の方こそ、地球へ帰ったならば、可憐なたおやかな女性に巡り会うに違いない、と思わせる。
 数々の戦い、仲間の死。その苦しみや悲しみを越えて、彼らの少年期は終わろうとしているのだ。しかしそれは、剛也とて同じである。
「だけど、守る人がいない、っていうのは違うと思うわ。」
 美央は明るく笑った。
「だって、舞を守ったのは猛くんだけじゃないわ。あの二人は、ハヤトが、皆が守ったのよ。そして、何よりハヤトは地球を守ったわ。そう思わない? 剛也くんは、そのハヤトのチーフパイロットじゃない。」
 人間、誰しも自分自身のことはよく見えないらしい。剛也にしても、地球へ帰れば、超の付くエリートなのだ。女の子など、頼まなくても向こうからわんさとやって来るだろう。
「一体、何人がハヤトを操縦できると思うの? 剛也くんの他は、サブの翼くんたち、後は、艦長と猛くん、それとミスターくらいのものなのよ。でも、それは、単に操縦できるというだけのことで、例えばヘラス四連星団をぶっ飛ばすような芸当は、他の誰にもできやしないわ。剛也くん抜きじゃ、ハヤトは飛べないの。そのハヤトが地球を守ったということは、つまり、あなたが守ったも同然なのよ。わかるでしょう?」
 得々と言う美央につられて、剛也は思わず笑ってしまった。無論、それは、乗組員の誰に対しても言えることである。
「剛也くんにだって、必ずただ一人の守るべき人がいるはずよ。ハヤトのチーフパイロットとして、あなたは既に守ったの。まだそれを知らないだけなのよ。でも、きっといつか、その誰かに巡り会うわ。私にはわかる。」
 美央は、つぶらな瞳をきらめかせて、剛也を見つめた。美央が言うと、何でも本当になりそうに思えるから不思議だ。今までも、どれほど勇気付けられたことだろう。
 剛也は、ココアを一口飲んだ。それは、温かくて甘い。
 ただ一人の守るべき人。そうした人に巡り会う日が、いつか本当に来るのだろうか?
 来ればいい。美央が言うのだから、きっと来るだろう。
 そう思いながら、剛也は切り返した。
「で、そう言う美央はどうなんだ?」
「私? 多忙のお蔭様で独り身ですが。」
 お母さんは皆のものなのだ。誰か一人だけを見ているわけには行かない。
「じゃあ、どう? 俺と付き合わない?」
 もちろん、これは冗談である。
「そうねえ。」
 美央は頬杖を突いた。
「あぶれた者同士でっていうのは、ちょっと惨めなんじゃない?」
「それもそうだな。」
 二人は、顔を見合わせて大笑いした。
 剛也は、ふと、ルーナンシアで、自分に縋り付いて、子供のように泣いていた美央を思い出していた。今、目の前で笑っている美央には、あの時のような不安は一かけらもない。
(少なくとも、この笑顔は守られたのだな。)
 剛也は思う。美央は「健やか」の象徴なのだ。
「それにしても、こういう話で笑えるようになったのはいいわね。皆、苦労が多過ぎたもの。」
 一番苦労が多かったのは、ピリピリした艦内を、生活面から懸命に支えて来た美央自身だろう。剛也は思った。
 何せ、それこそ「まだまだ子供」の、二十才になるやならぬやの若者たちの集団なのである。ともすれば不安や焦り、怒りや恐怖などに支配され、暴走したり、爆発したり、動揺のあまりガタガタに崩れたりしかねない。艦長沖田をはじめ、佐渡や徳川などの長老たちも細やかに目は配っていたが、生活班長としての美央の活躍はまさに八面六臂だった。
 とにかく、乗組員たちに毎日清潔な衣類を着せ、美味しいものを食べさせ、休むべき時はゆっくり休ませる。そうした揺るがぬ生活の基盤が、どれほど皆の支えになっただろう。そして、それを維持するのがどんなに大変か、今ならよくわかる。
 その上、美央は、彼らの大小の悩み事の相談相手として、励まし、慰め、時には宥め、おだて、そして厳しく叱咤する、そんなことまでやっていたのだ。
 ハヤトを物心両面で支え、まさに母と呼ばれるに相応しい働きをして来た美央だったが、美央だって自分と同い年なのだ。頼られるばかりで自分は誰にも頼れず、人知れず苦しい思いをして泣いた日もあるのかもしれない。
(……いや、違うな。)
 剛也は思い直した。
 そんなことはない。そうではない。
 それでも歯を食い縛り、傷つき打ちのめされても何度でも立ち上がる仲間たちに、その笑顔に、美央も励まされ、支えられて来たはずだ。
 先刻美央が言った通り、限られた者だけが重荷を負って来たのではない。苦しさを分かち合い、助け合い、皆が互いの力になる。そうやって、ハヤトは苦難の道を乗り越えて来たのだ。ハヤトはそういう艦なのだ。
「……ありがとう。」
 それでも剛也はそう小さく呟いていた。
 思い返せば、美央にはいつもこうして助けてもらって来た。それを深く感謝すると同時に、自分も美央にとっての力になって来ただろうか? そうであれば良い、と願う剛也だった。

 ホスピタルである。
 猛は、例のように、舞の見舞いに訪れていた。
「よう、猛。毎日ご苦労じゃな。」
「先生。どうですか? 舞の様子は。」
 佐渡の言葉には、若干の皮肉のスパイスが効いているのだが、猛は、何のこだわりもなく、平然と笑顔を向ける。佐渡は、それを微笑ましいと思うのだが、人によってはめげるだろう。アナライザーなどは、最近、猛がやって来ると機嫌が悪く、姿を見掛けると、ふい、とどこかに行ってしまう。
「見舞いの甲斐あって、大分いいぞ。眠りがかなり浅くなって来ているから、ひょっとすると、地球へ着く前に目が覚めるかもしれんな。」
 舞は、あれ以来ずっと眠り続けている。
 その眠りは、医学の常識を無視したかのような眠りで、舞は、外部からの栄養の補給等を全く必要としなかった。佐渡も、最初は点滴などを試みたのだが、外から干渉しようとすると、却って状態が悪くなる。レア・フィシリアとしてラ・ムーの星でコスモエネルギーを解放する、などということ自体が、そもそも常識を越えているのだから、舞の眠りも常識では計れないのだろう。地球の動物には、冬眠する熊のような例もある。それに近い状態だと思えばいいのかもしれない。
 もっとも、熊に例えるなど、舞に聞かれたら、
「ひどいわ、先生、熊だなんて。せめて眠り姫くらいにしてください。」
と、厳重に抗議されそうだが、医者として、いささか常識を外れたところのある佐渡は、そう腹を括り、状態だけは細かく把握することにして、後は一切手を出さずに、眠り続ける舞を見守り続けて来た。
 今日になって、その舞の脳波に、浅い眠りを示すものが混じるようになって来たのである。
「そうですか!」
 猛は顔を輝かせた。
(露骨に嬉しそうな顔をしおって……。)
 佐渡は苦笑した。これでは、アナライザーが不機嫌になるのも無理はない。
 猛は、時間を見つけてはホスピタルに足を運び、舞の側で、ただその寝顔を見ながら過ごしている。眠り姫と言えば、昔から王子のキスで目覚めるものと相場は決まっているのだから、それこそキスの一つでもすれば舞も目覚めるかもしれないのに、と、佐渡などは思うのだが、朴念仁という言葉は、猛のためにあるらしい。
 帰路は比較的平穏だとは言え、艦長代理兼戦闘隊長という職は忙しく、それはいつもほんの五分や十分という時間だったが、舞の側で猛は幸せそうだった。看護師たちは半ば呆れながら噂する。
「艦長代理が、炎天下のチョコレートみたいな顔しちゃって……。」
 今にも溶けそうな甘い顔だと。
 しかし、呆れてはいても、その言葉に悪意はない。そっと座を外して遠慮する彼女たちの顔は、これも嬉しそうだった。羨ましいとは思っても、妬む気持ちはないのだ。
 猛と舞は特別なのだ。誰よりも苦しんで来た二人だから、誰よりも幸せになって欲しい。
 猛と舞は、宇宙を、地球を救った。だが、その二人は我々が、皆が守ったのだ。そうした自負の元に、乗組員の誰もがそう願っていた。地球へ戻れば、その願いも叶えられることだろう。
 猛は、舞の病室に入ると、いつものように折り畳みの椅子を引っ張り出して来て、それに座った。
「舞……。」
 舞は、小さな寝息を立てて眠っている。その優しい寝顔を見ながら、猛は幸せだった。
 いつも舞は側にいる。そう考えただけで、嬉しかった。
(早く戻って来いよ。)
 舞が寝返りを打った。その瞬間、舞の意識がきらめきを放ったように、猛には見えた。佐渡の言う通り、目覚めが近いのかもしれない。
 今日はいい知らせばかりあった……。
 舞を見つめながら、猛は、輝かしい地球の未来に思いを馳せていた。