無意識にしている「できること」への承認
最近、昨日出来たことを雑記帳に書いている出来なかったことではなく、出来たことを大それたことでなくたとえば定時に帰れたとか、いつもの通りの電車に乗れたとか、座れたとか、挨拶できたとか、お通じが良かった、いつも通り起きれたとか毎日、こうして書き出していくと何かに気がつくいつも通りの 電車に乗れた。それはいつも通り起きれたからいつも通り起きれた。それはいつも通り寝れたからいつも通り寝れた。それは定時で帰れたから定時で帰れた。その日の仕事をうまくかたづけたから仕事をうまくかたづけた。朝から段取りを考えていたから当たり前にしていることは、無意識に承認をしているのだといったんその承認行為を破棄したらどうなるのだろうかいつも通り起きれたという無意識に自ら承認していることを承認しないどうなるのだろうか