広島 原爆投下から78年その② 母の体験記(2) | よっちゃんの「家族との日々」

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クランウェルツノカエルのたまちゃん(2歳)
との日々を綴っています。

前回の続きです。

 

これは、

国立広島原爆死没者平和記念館にある

被爆者の母の体験記の一つです、

母は原爆に17歳時に遭いました。

これは61歳時に書いたものです。

(母は現在95歳)

 

 

続き

 

挺身隊に動員されて中国塗料に勤務しようと

していた私は、女学校を卒業して間もない

17歳でした。

でも会社が疎開するとわかったために

中国塗料を辞め、県庁内の

通信兵として約束され通知書が来るまで

家で待機していた。

 

母と弟が出かけた後片付けも済ませ

お風呂場で洗濯を始めた。

風呂場の五右衛門風呂釜の提出で

水があるだけ。

ラジオの声が耳に入る。

警報が解除になったが

「各自、自爆弾に注意ください」と

なんと頼りないことと思って

洗っていると耳慣れたB29の

爆音が聞こえる。

洗濯の手を止めて風呂場から

居間に上がった途端に

ピカーと光が走ったと共に凄い音!

そこに身を縮めた。

目を開けて見た、

黄色い煙のようなものがもうもうと

一寸先何も見えない。

しばらくして恐る恐る目を

開けてみる。

めちゃめちゃに家は壊れ近くに

爆弾が落ちたと思っているうちに

表通りをぞろぞろと歩いている人たちは

凄い形相

まるでおばけの行列かと目を疑った。

何がなんだかさっぱりわからない。

母も弟もきっと助かっている

生きていると

胸に言い聞かせ祈りを望みにして

探して歩いた。

十歩歩いては足が竦む、

この先どうやって歩いて行こうかと戸惑う。

凄い死体の山、

焼けただれた肉の塊としか見えない。

この世の地獄を見た。

うめき声、

この形相は到底私の筆では

表現できるものではない。

 

 

また続きます。