国立戦前アフロ・アメリカン音楽同好会vol.8「戦前アフロ・アメリカン・ピアノの逆襲!?」 | 薩摩琵琶・後藤幸浩の-琵琶爺、音楽流浪

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タイトルが大仰ですが、ぼく (後藤幸浩) も参加させて頂いた、レコード・コレクターズ誌2016年6月号の特集「20世紀のベスト・キーボーディスト/ピアニスト100」では戦前アフロ・アメリカン音楽系ピアニストのランクがあまりにも低く、あらー、と思い今回の企画を考えた次第。ランキングものは遊びの要素も多く、筆者さんも各々熟考して選ばれているので、別に喧嘩を売るとかではなくタイトルのネタとして使わせて頂きました (笑)。

ちなみにぼく個人はデューク・エリントン1位、ファッツ・ウォラー4位、ナット・キング・コール6位に選出しましたが、総合ランキングではエリントン66位、ファッツ72位、キング・コールは着外の結果に(^o^; 。



さて、今回一番ご紹介したかったのはファッツ・ウォラー。1904年ニュー・ヨーク生まれ。裕福とは言えない家庭でしたが、幼少よりピアノを習い学校でもオーケストラ・メンバーで活躍。アマチュアのピアノ・コンテストでも優勝、リンカーン劇場のパイプ・オルガン奏者もつとめ、ストライド・ピアノの祖=ジェイムズ.P.ジョンスンに入門、都市型アフロ・アメリカン・ピアノの基礎を学ぶことに。

20年代初頭から録音を残しましたが、マネージャー=フィル・ポンスの力もあり徐々に頭角を現わし34年、ビクターと契約。それ以降の“ファッツ・ウォラー&ヒズ・リズム”で大ブレイク。戦前アフロ・アメリカン音楽を代表する名ピアニスト、オルガニスト、ヴォーカリスト、ソングライター、バンド・リーダー、そしてエンタテイナーとなったのです。

ジェイムズ.P.ジョンスン譲りの奏法をさらに進化させた、強烈にドライヴする左手を軸に、パーカッシヴな奏法から甘美な音色、息の長いメロディアスなパターンまで、戦前アフロ・アメリカン音楽のピアノの良さを凝縮した演奏を展開。このピアノで小編成のバンドからビッグバンド編成までぐいぐい引っ張ってゆく、バンド・リーダーとしての存在感も唯一無二でした。

さらに喜怒哀楽溢れた味わい深い歌を歌い、「浮気はやめた」「ハニーサークル・ローズ」他後年に遺る名曲も多数書いたシンガー・ソングライターの要素も。ソングライターの面では、飲みすぎたりでお金が無くなると、曲作りの相棒の作詞家=アンディ・ラザーフとの曲をどんどん売りまくっていたらしい (譜面として、です) 。登録は別の人の名になっていても実はこのコンビの曲というのは相当数あるそうです。

諸々鑑みると、後のリトル・リチャード、ファッツ・ドミノ、リオン・ラッセル、エルトン・ジョン、果てはキャロル・キングあたりの元祖とも言える人でないでしょうか。ファッツの曲ではありませんが、彼の曲でもとりわけヒットした名バラード「手紙でも書こう」はポール・マッカートニーも歌ってますので是非。また後藤敏章君がまとめでも触れているように、その後のルイ・ジョーダンに通じる、スウィング、ジャイヴ、ジャンプ、ブルーズ、歌謡…を包括した戦前アフロ・アメリカン音楽を代表するポップ・スターだったととらえると、ファッツの面白さはより理解しやすいと思います。

ヒズ・リズムのメンバーのアル・ケイシー、ジェイムズ・スミスのギターは間違いなくジャイヴ風味にあふれたものですし、曲名にジャンプ、ジャイヴ、ブルーズ…を冠したものもある。タップのビル・ロビンスンと共演もあるし、自作以外のカヴァ曲は小唄他ヴァラエティに富んでいます。



今回はキャリア前半から選びましたが、ファッツの多彩な面白さを伝えるコンピレはなかなかありません。全曲聞いて(笑)、国立戦前アフロ・アメリカン音楽同好会ならではのベスト選曲でもう一度特集をやりたいと思います (むかしは椙山雄作氏選曲によるアナログ5枚組なんてのもでてました。写真下の箱です)。



♪ファッツ・ウォラー (ピアノ、ヴォーカル、オルガン、チェレステ他)

1. Fats Waller Stomp (1927)

Fats (pipe organ), Thomas Morris (cornet), Charlie Irvis (trombone), Eddie King (drums)

2. Ain't Misbehavin' (1929)

piano solo

3. I'm Crazy 'Bout My Baby (1931)

Fats (piano, vocal)  others unknown

4. How Can You Face Me? (1934)

Fats (piano, vocal), Herman Autrey (trumpet), Mezz Mezzrow (clarinet), Floyd O'Brien (trombone). Al Casey (guitar), Billy Taylor (bass), Harry Dial (drums)

5. I'm Gonna Sit Right Down and Write Myself a Letter (1935)

Fats (piano, vocal), Herman Autrey (trumpet), Rudy Powell (clarinet, alto sax), Al Casey (guitar), Charles Turner (bass), Harry Dial (drums)

6. Dinah (1935)

Fats (piano, vocal), Herman Autrey (trumpet), Rudy Powell (clarinet, alto sax), James Smith (guitar), Charles Turner (bass), Arnold Boling (drums)

7. I'm a Hundred Percent for You (1935)

Fats (piano, celleste), Bill Coleman (t
trumpet), Gene Sedric (clarinet, tenor sax), Al Casey (guitar),  Charles Turner (bass), Harry Dial (drums)

8. Rosetta (1935)

Fats (piano, vocal), Herman Autrey (trumpet), Rudy Powell (clarinet, alto sax), Al Casey (guitar), Charles Turner (bass), Harry Dial (drums)

9. 12th Street Rag (1935)

Fats (piano, vocal), Herman Autrey (trumpet), Rudy Powell (clarinet, alto sax), James Smith (guitar), Charles Turner (bass), Arnold Boling (drums)

10. Christopher Columbus (1936)
11. It's a Sin to Tell a Lie (1936)

Fats (vocal, piano, celleste), Herman Autrey(trumpet), Gene Sedric (clarinet, tenor sax), Al Casey (guitar),  Charles Turner (bass), Arnold Boling (drums)

12. Honeysuckle Rose (1937)

Fats (piano,), Herman Autrey(trumpet), Gene Sedric (clarinet, tenor sax), Al Casey (guitar),  Charles Turner (bass), Slick Jones (drums)

♪カウント・ベイシー

1. Live and Love Ttonight (1939)

Basie (piano), Buck Clayton (trumpet), Lester Young (tenor sax), Freddie Green (guitar), Walter Page (bass), Joe Jones (drums)

2. How Long Blues (1942)

Basie (piano), Freddie Green (guitar), Walter Page (bass), Joe Jones (drums)

♪デューク・エリントン

1. Money Jungle (1962) …オープニング

Ellington (piano), Charles Mingus (bass), Max Roach (drums)

2. Sophisticated Lady (1940   Live@Crystal Ballroom  Fargo)

Duke Ellington Orchestra

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後藤敏章選曲・文

♩Big Maceo  

① Worried Life Blues 録音:1941年7月24日 シカゴ
② Chicago Breakdown 録音:1945年10月19日 シカゴ
メンバー:Big Maceo (p,vo)、Tampa Red(g)、Ranson Knowling(b①)、Chick Saunders(ds②)  

1905年ジョージア州アトランタ郊外に生まれる。1940年代シカゴでギタリストのタンパ・レッドと共にブルーバード・レーベルに残した録音は、ブルーズ・ファンに人気が高い。ヒットした①はメイシオの初録音であり、彼の代表曲。多くのブルーズマン、そしてエリック・クラプトンらロック・ミュージシャンも後に取り上げた。

重いピアノと繊細に紡がれるギターのサウンドと、メイシオのシブいヴォーカルが絶妙にマッチして、琴線に触れる。そして破壊力抜群のインスト②。左手の強固なブレないブギウギのビートのもとで、右手が豪快に鍵盤を叩き聴き手を煽る。アフロ・アメリカンのブギウギ恐るべし。  




♩Teddy Wilson  

① Once Upon A Time 録音:1933年10月10日 ニューヨーク
メンバー:Teddy Wilson (p)、Max Kminsky(tp)、Benny Carter(tp,as)、Floyd O’Brien(tb)、Chu Berry(ts)、Lawrence Lucie(g)、Ernest Hill(b)、Sidney Catlett(ds)
② More Than You Know 録音:1936年4月24日 シカゴ
メンバー: Teddy Wilson (p)、Benny Goodman(cl)、Gene Krupa(ds)
③ Blues In C# Minor 録音:1936年5月14日 シカゴ
メンバー:Teddy Wilson (p)、Roy Eldridge(tp)、Buster Bailey(cl)、Chu Berry(ts)、Bob Lessey(g)、Israel Crosby(b)、Sidney Catlett(ds)
④ These N’That N’Those 録音:1935年12月3日 ニューヨーク                               メンバー: Teddy Wilson (p)、Richard Clark(tp)、Tom Mace(cl)、Johnny Hodges(as)、Dave Barbour(g)、Grachan Moncur(b)Billie Holiday(vo)⑤ All Of Me  録音:1956年1月13日 ニューヨーク
メンバー: Teddy Wilson (p)、Lester Young(ts)、Gene Ramey(b)、Jo Jones(ds)

1912年テキサス州生まれ。巨人セロニアス・モンクも大ファンだったというウィルソンのピアノ。ハーレム・ストライドやブギウギは打楽器的にガンガンとピアノを弾き倒したが、ウィルソンのピアノは華麗に品を保ちながら歌った。

キャリア初期の①。フレッチャー・ヘンダーソン楽団で名を馳せた名アレンジャー、ベニー・カーターが音楽監督を務めたチョコレート・ダンディーズの録音。20代前半だが既にウィルソンのスタイルは完成していた?とも思わせるエレガントなピアノに聴き入る。この才能はアメリカ30年代のスウィングブームの顔である白人ジャズマン、ベニー・グッドマンも惚れ込み、ベニーのグループにウィルソンを参加させる。人種差別激しい時代に画期的な白黒混合グループの代表となった。音源はトリオの②。ウィルソンのソロは、一音一音繊細に音を選んでいて飽きない。傑作。 戦前ジャズではライオネル・ハンプトンのRCAセッションと双璧を成す、テディ・ウィルソンと当時の腕ききジャズマンとの一連の録音「ブランズウィック・セッション」は、聴けば聴くほどどれも素晴らしい出来。

ウィルソンのピアノという観点からは少しズレるが③はジャズファンに愛される怪演。それぞれのソリストの鬼気迫る感じが尋常ではない。④では前半はエリントニアンのジョニー・ホッジスのソロ、そして若いビリー・ホリデイの歌、終盤でウィルソンのセンスあるソロと、短時間なのに聴きどころ満載。 最後は戦後音源。1956年のレスター・ヤングとの共演。いわゆるジャズ名盤の定番だが、戦前のウィルソンを通過した後聴くと、また味わい深さが増す。長尺のソロでも実に巧みに品良く歌っていることが分かる。戦前ジャズマンの個性の強さをここでも実感。  




♩Earl Hines  

① Save It,Pretty Mama  録音:1928年12月5日 シカゴ
② Tight Like This  録音:1928年12月12日 シカゴ                        
メンバー: Louis Armstrong(tp,vo)、Fred Robinson(tb)、Don Redman(cl,as,arr)、Earl Hines(p)、Dave Wilborn(bj)、Zutty Singleton(ds)
③ King Joe  録音:1928年8月23日
メンバー: Earl Hines(p)、Jimmie Noone(cl)、Joe Poston(as)、Bud Scott(bj,g)、Johnny Wells(ds)、Lawson Buford(tuba)
④ You Don’t Know What Love Is  録音:1941年11月17日 ニューヨーク     Earl Hines And His Orchestra
⑤ Shoe Shine Boy  録音:1966年1月17日メンバー: Earl Hines(p)、Richard Davis(b)、Elvin Jones(ds)
⑥ Close To You  録音:1974年7月2日  モントルーメンバー: Earl Hines(p)

1903年ペンシルバニア州のピッツバーグ近郊で生まれる。クラシック・ピアノのレッスンを受け、教会でオルガンを弾いたりと、幼少時より音楽に親しむ。17歳でプロのミュージシャンとなり、21歳でイリノイ州シカゴに進出。そこでルイ・アームストロングと出会い、歴史的なセッションを録音(①②)。

"ジャズピアノの父"と評されるハインズだが、後のモダン・ジャズのピアニストに比べて、彼のピアノには戦前ジャズらしいそしてアームストロングのセンスにも共通した型にはまらない自由さがあってそれがいま聴いても最大の魅力だ。①前半の16小節ソロでの、間の取り方や緩急自在な感じのソロは、アームストロングもトランペットで当時よくやったかっこいいパターンのやつ。②前半での、リズムをまったく崩すスリリングなソロもすごい。ジミー・ヌーンとのセッション③でのソロは、ハーレム・ストライドの色もあり、当時のジャズシーンにおけるピアニストの様相が垣間見える。とにかく20年代後半ハインズは聴けるだけ聴いておいた方が良いと今回初めて分かった。

④は40年の自身のオーケストラの楽曲。若きビリー・エクスタインが歌う。⑤⑥は60年代、70年代の録音。⑤は当時の新しいジャズを担う才能とのピアノトリオ。息子世代にも全く臆することなく、20年代と同様に、一音一音全く飽きさせない生きた音楽を聴かせる。モントルージャズフェスで披露したカーペンターズ曲⑥でのピアノソロ。構成もドラマティックで終始緊張感を持って聴かせる。原曲のサビをいい感じで登場させ盛り上げる。このあたりの音にこだわりつつ、聴き手を楽しませるサービス精神を忘れないスタイルは、(デューク・エリントンとも通じる)戦前ジャズマン流儀だなと思う。






全体のコメント

ファッツ・ウォーラーのジャイヴ風な面をピックアップして聴くと、今までになく彼の魅力がいきいきと見えてきました。キャブ・キャロウェイやルイ・ジョーダンと並ぶ戦前アフロ・アメリカン音楽のポップ・スターではないでしょうか。
そしてアール・ハインズ。彼のスタイルがバップ以降のジャズピアノへの道を開いたということのみで、その偉大さを語られがちですが、音源を丁寧に聴くとそれだけではない。戦前ジャズらしい型破りでバイタリティに富む演奏は、ジャズファン以外にもかなり楽しめると思います。 後藤敏章

オープニングでかけたデューク・エリントンの「マニィ・ジャングル」とアール・ハインズの戦後録音は間違いなく通じますねー。戦前組ならではのパーカッシヴな奏法と伸び縮みする独特のグルーヴはじつにスリリング。その中から甘美なフレイズが浮き上がってくる辺りもたまらんです。カウント・ベイシーはファッツ・ウォラーにオルガンを習ったそう。そこでオルガンを弾いている1曲と、リズム・セクションのみのブルーズをかけました。タフなイメージが強いベイシーですが、実はクールでお洒落、粋な部分も多いと思います。後藤幸浩