『ゴジラ-1.0』ネタバレの感想 ゴジラ映画の中で最も怖く最も感動した | アンパンマン先生の映画講座

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映画の面白さやストーリーの素晴らしさを伝えるため、感想はネタバレで、あらすじは映画を見ながらメモを取って、できるだけ正確に詳しく書いているつもりです。たまに趣味のAKB48のコンサートや握手会なども載せます。どうかご覧ください。

評価 5/5 ☆☆☆☆☆

 山崎貴監督の映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(2007年)は昭和34年(1959年)の東京を描いているが、冒頭で1954年公開の第1作の『ゴジラ』のゴジラがフルCGで登場する。それを見た時から山崎貴監督によるゴジラの映画が見たいと思っていたが、16年ぶりにやっと願いが叶って嬉しい。

 さて主人公の敷島は、特攻が怖くて機体が故障と嘘をついて戻り、ゴジラに遭遇しても怖くて機銃を撃てない。東京に帰ると空襲で自宅は焼失し、「生きて帰ってこい」と言った両親は死亡し、3人の子どもを亡くした隣家の太田澄子には「あんたがしっかりしていれば、うちの子は死ななかった」と責められ、本当に生きて帰ってきて良かったのか悩む、いわばサバイバーズ・ギルトの状態である。

 身寄りがいない典子は孤児の明子を連れて敷島の家に勝手に居候し、家族同然の生活を始めるが、敷島にとっては戦争が終わっていないため、結婚の踏ん切りもつかない。おそらく、敷島や典子、澄子の様な境遇の人々が沢山いただろう。戦後すぐの荒廃した状態を描いている点でも、この映画は価値がある。

 機雷の処理活動をしている敷島たちの船を追って来るゴジラが、実に恐い。東京に上陸したゴジラは、典子が乗った電車を咥えて持ち上げるが、1954年版の『ゴジラ』の場面そっくりである。時代が違うので1954年の電車には典子は乗っていないが、典子が乗っていたような錯覚に襲われた。東京の銀座で、民衆を踏み潰すかのように迫って来るゴジラも怖かった。熱線を吐き、その熱で自らの顔も焼けただれたゴジラが立っているのも怖かった。そのゴジラの前には巨大なキノコ雲が沸き上がり、黒い雨まで降ってくる。ゴジラが吐いた光線のエネルギー量は、原爆にも匹敵するのだろうか!ゴジラが登場する場面で、伊福部昭氏が作曲した「ゴジラのテーマ」と言うべき重低音のお馴染みの曲が流れるのも興奮する。

 ゴジラの熱戦によってすさまじい爆風が発生し、敷島は典子に路地に突き飛ばされて助かるが、敷島がメインストリートに戻ると、爆風によって飛ばされて、典子の姿どころか何もない。何という喪失感だろう。せっかく敷島と典子は幸せな生活を始めたと言うのに、あまりにも悲しい。

 この『ゴジラ-1.0』は、第1作の『ゴジラ』よりも前の1947年なので、「オキシジェン・デストロイヤー」は開発されておらず、もちろん「ヤシオリ作戦」はなく、「メカゴジラ」も「スーパーX」も自衛隊すらない。どうやってゴジラを倒すのだろう?と思った。

 野田が発案した、ゴジラをフロンガスの泡で包み、一気に1300m以下の深海に沈め、急激な水圧の増加で倒す方法を聞いて、成功するか疑問に思った。ゴジラが肺呼吸しているか、体内に空気があれば可能かもしれないが、生態が良く分からない生物である。予備攻撃の、ゴジラを急速浮上させて急に減圧するのも同様である。それにフロンガスでオゾン層が破壊されるのでは?と余計な心配もした。

 ただ、ゴジラの外側は固い皮膚でおおわれているので、体の内側で爆発させるのはいい方法だと思う。敷島が典子の仇を討つために、死ぬ気で爆薬を積んだ「震電」で発進する場面から、涙が止まらなかった。爆薬を積んだ「震電」がゴジラの口に突っ込み、爆発した時は、敷島は犠牲になったのかと思ったが、パラシュートで脱出していたのに安心した。野田が言っていた「今まで命が疎かにされ過ぎてきた。今度の戦いは未来を生きるための戦いなんです」の精神が生かされていて、ほっとした。

 死んだと思っていた典子が生きていたと分かり、敷島が再会する場面は、大泣きした。

 戦後、焼け野原の状態から、必死で生きている人々や、さらにゴジラと言う未曽有の大災害に力を結集して立ち向かう人々の思いが伝わり、これまでのゴジラ映画の中で一番感動した。最後にタイトル『ゴジラ-1.0』が現れ、確かに戦後の何もない状態より悪い-1だと思った。評価はもちろん「5」である。

 ところで、最後にゴジラの細胞が復活していたが、ぜひ続編を作ってほしいと思った。