政治行政責任意識の低い日本では、土地管理問題が度々国民生活に影を落としている。

ゴミ屋敷問題、空き家問題、土地所有者の勝手な土地利用による環境悪化問題等々、国民、市民の被る被害が日本各地に発生して、人災につながる事故さえ起こすに至っている。

日本人の宗教意識、宗教儀式など信教の自由に任せるだけでは、核家族社会の人のつながりの希薄化の中、社会不安をもたらす事件の発生を引き起こしている。

北海道の宗教法人白鳳寺が経営破綻して、運営する納骨堂が競売に掛けられ、眠る遺骨が行き先を失っている。

10年、20年前より墓仕舞いのトラブルが社会問題となってきたが、問題の根は同じ事だ。

明治以前の定住社会を基盤としてきた宗教(仏教)形態は 、明治以降の移動生活者の増加と云う社会形態が変容して来ているにかかわらず、制度の見直しが行われないために起きている問題である。

政治行政が、国家の土地問題を国民の権利に任せっきりにして問題解決に当たらなければ、管理者の居ない放置墓が出てくる危険がある。

ただでさえ国民の不動産問題に介入しようとしない政治行政では、遺骨の眠る放置墓が出てきても、解決責任を放棄するのが見えている。

問題が起きる前に対策を講じておく必要を感じる。

簡単なことだ。 国が一括して納骨堂を管理する。各自治体とネットで継いで日本全国どこからでもアクセス出来る様にしておけばよい。

国民番号制なら簡単な事だろう。

親の遺体放置事件など、自分の家の宗教事情を知らない国民が増えたことによる。

住居地の自治体に死亡届を出せば葬儀から納骨迄済むようにしておけば放置遺体も無くなるだろう。

個人の墓地を否定する必要はない。 

墓の戸籍を作って定期的に管理報告を義務付ければいい。

報告の無い墓は、戸籍に基づいて国の管理とするよう制度設計すればいいだけの話だ。

松尾洋