校則を有難いと思ったことはあっても、邪魔に思ったことは無い。

只、学校側の隠れ蓑ではないかと疑ったことはある。

校則は公平平等に適用されているか、学校に生徒の安全と安心は確保されているか。

つまり、学校の責任逃れに過ぎないのではと疑ったことはある。

学校は何のために行かなければいけないのか?

学校は、知識の伝達機関に過ぎない。 現在なら塾に通えば事足りる事になる。

教育とは、人を育てる事だ。 この学校に通って役に立たないと見切りをつけたのは50数年前、中学3年の時だった。 卒業証書だけが役に立つので、高校には卒業証書をもらいに通った。

いいじゃないか! 学生服を着て坊主頭なら皆と一緒。

顔と一緒につるりと頭をなでれば朝の支度は終わり。 朝出がけの忙しい時間に、思い迷うこともない。 姉たちは、朝必ず鏡の前に座っている。 かわいそうに。

 

校則には、見つかったらいけないことが列記してある。

その分に注意して暮らせばいいだけの話だ。

大体、校則を気にする学生が存在するのか?

小学生のころから、校則を気にしたことが無い。

映画はダメ、単独の外食はダメ。

小遣いの関係で映画館にしか行ってなかったが、気にしたことも見とがめられたこともない。

学校に見切りをつけてからの高校時代は、山歩き、日本一周の旅とやりたい放題に暮らしていた。 行動範囲は停学を超えない事だった。

今では上申書の範疇という事に成ろう。

 

校則は、身を隠してくれる。

範疇に身を置いておけば、まじめな学生さんで通る。

卒業単位の危うかった私は、数学の先生に相談したことがある。

君はまじめだから問題ないとお墨付きを貰った。 いい時代だったのかな。

 

単一教育は個性を潰すという大人がいる。 しかし、「私は個性のない役に立たない人間です」という大人の言葉を聞いたことが無い。 

校則ごときで自分を失うなどあり得ない。 あなたの頭の問題だ。 自己責任だ。

校則にかこつけて、学校と交渉事をして目立とうなど役に立たない事はやめておけ。

一つ注意をしておく。 規則違反は一人で行え。 ばれにくい。

松尾洋