日本でマラリアが再流行するとは思えない。 -62ページ目

(5) 昭和18年頃の一般人が抱いていたマラリアの知識

 昼となく、夜となく、私は、うつろのような眼をあけて天井を眺めている。

すると、室の仕切りの金網の天井の上を、やもりがのろのろ歩いて行く。

 このやもりをみた最初の瞬間、私は、とても薄気味悪く思ったのであるが、しかし、段々とそのやもりが好きになって来たのである。

 その原因の1つは、私は、やもりが、自分の味方であることを発見したからである。やもりは、昼間、この豪華なホテルの金網の天井の上をのろのろ歩きながら、食物を探し求めている。

その対象に選ばれているのが、昼間の蚊である。

デング熱の媒介である昼間の蚊を殲滅してくれるのが、やもりなのだ。

しかし彼は、南方の原住民と同じように、のろのろとしか動けない。

敏活に身体をくねらして、奇襲をしないから、蚊たちは、彼がその傍に来ても一向平気である。

そして、やもりが、いよいよ突撃の口をあけたとき、ぷうんと、舞い上がってしまうのである。

 あとで、ばくりと口をあわせているやもりの格好は、無気味どころか、間が抜けて見えて、云うに云われぬユーモアが漂っている。

 私は、終日、やもりが、何時間かかって、1匹の蚊をとらえるのか、ただ眺めているのにすぎなかった。

↑出典:『海軍恤兵雑誌 戦線文庫 第53号』(発行所:興亜日本社。昭和1831日発行。毎月1回発行。非売品)(←海軍省恤兵係監修のもとに戦線海軍将兵慰恤のため国民の寄せられたる熱誠なる恤兵金を以て、作製、配布したもの)p 84-87の『現地特報 メナドででんぐ熱になやみ、ダバオへと飛び、新生マニラへ向ふ記 でんぐと南方飛行 大東亜一周の手紙 その5 戦線文庫主幹海軍報道班員 大島敬司』の『でんぐ熱下のメナド 川端康成様』

↑著作権の保護期間が満了しているので、転載自由とする。わかりやすくするために、表現を変えたところがある。

↑メナド:マナド(Manado)とも表記する。インドネシアのスラウェシ島北東部にある。

 ダバオ(Davao):フィリピンのミンダナオ島南部にある。

 マカッサル(Makassar):ウジュンパンダンとも表記する。インドネシアのスラウェシ島南西部にある。