(3) 昭和18年頃の一般人が抱いていたマラリアの知識
私は、棒のように、終日ベッドの上に倒れていた。
あらゆる欲望もけしとんでない。
そして、夜に入ってから、熱との闘争は、まことに根かぎりをつくしての戦いであった。まどろむことは困難であった。
汗を流しても流しても、熱は、新しい加勢を率いて襲うもののようであった。
それを始終、隣りのベッドにいて、真剣な眼付で眺めているのは、スラバヤ以来、同行し、しかもこのマカッサルの宿舎で合宿をしている前田 貢 氏であった。
「どうやら、これは、デング熱らしいですね。私も昭南で1回やられましたよ。
どうですか、ぞくぞく悪寒がして、ガタガタ震いが来ませんか?」
「汗が流れ出るばかりです」
私は辛うじて答えたものの、その声が蚊ほど細くなっているのに気づいた。
「デング熱は、昼間の蚊の仕業ですよ。
マラリアは、夜の蚊ということになっていますからね。
しかし、風光明媚なマカッサルで、デング熱に襲われるとは、よくよくですな。」 |
↑出典:『海軍恤兵雑誌 戦線文庫 第53号』(発行所:興亜日本社。昭和18年3月1日発行。毎月1回発行。非売品)(←海軍省恤兵係監修のもとに戦線海軍将兵慰恤のため国民の寄せられたる熱誠なる恤兵金を以て、作製、配布したもの)p 84-87の『現地特報 メナドででんぐ熱になやみ、ダバオへと飛び、新生マニラへ向ふ記 でんぐと南方飛行 大東亜一周の手紙 その5 戦線文庫主幹海軍報道班員 大島敬司』の『でんぐ熱下のメナド 川端康成様』
↑著作権の保護期間が満了しているので、転載自由とする。わかりやすくするために、表現を変えたところがある。
↑メナド:マナド(Manado)とも表記する。インドネシアのスラウェシ島北東部にある。
ダバオ(Davao):フィリピンのミンダナオ島南部にある。
マカッサル(Makassar):ウジュンパンダンとも表記する。インドネシアのスラウェシ島南西部にある。
スラバヤ(SURABAYA):インドネシアのジャワ島東部にある。
昭南:シンガポール