日本でマラリアが再流行するとは思えない。 -65ページ目

(2) 昭和18年頃の一般人が抱いていたマラリアの知識

 私は、立ち上がろうとした。

すると、いきなり、背負い投げを食わされたかと思うほど、ぐっと頭と肩を押さえられて、前にのめらざるを得なかった。

しかし、辛うじて食堂まで身体を運んだのであるが、食卓に並べられた御馳走もなんらの誘惑を招かなかった。

精神と感覚は全く無意無欲に近い状態になり下がっているのを発見した。

↑出典:『海軍恤兵雑誌 戦線文庫 第53号』(発行所:興亜日本社。昭和1831日発行。毎月1回発行。非売品)(←海軍省恤兵係監修のもとに戦線海軍将兵慰恤のため国民の寄せられたる熱誠なる恤兵金を以て、作製、配布したもの)p 84-87の『現地特報 メナドででんぐ熱になやみ、ダバオへと飛び、新生マニラへ向ふ記 でんぐと南方飛行 大東亜一周の手紙 その5 戦線文庫主幹海軍報道班員 大島敬司』の『でんぐ熱下のメナド 川端康成様』

↑著作権の保護期間が満了しているので、転載自由とする。わかりやすくするために、表現を変えたところがある。

↑メナド:マナド(Manado)とも表記する。インドネシアのスラウェシ島北部にある。

 ダバオ(Davao):フィリピンのミンダナオ島南部にある。