江戸時代、群馬県邑楽郡東部でマラリアが流行していたらしい。
江戸時代、群馬県 邑楽郡 東部でマラリアが流行していたらしい。
『
(10) 群馬県
1 マラリアの蔓延状態
(イ)本病の歴史
本県下、本病の流行地と認められるのは、邑楽郡の東部であり、同地方における本病はいつから存在したかは不明である。
伝承によれば、弘化2年(1845年)11月、秋元但馬守志朝が山形から国替えとなり、館林町に移住してきた時、藩士中、マラリアに罹患し、死亡したものが多かったそうだから、それから推測すると、本病は、往古から存在していたと察せられる。
』
↑『各 地方ニ 於ケル 「マラリア」ニ 関スル 概況』(内務省 衛生局。大正8年)(国立国会図書館のホームページ『近代デジタルライブラリー』で閲覧可能)p 62-63を私が和訳したもの。原文は下記の通り。
『
(一〇)群馬県
一、「マラリア」ノ蔓延状態
(イ)本病ノ歴史
本県下本病ノ流行地ト認ムルハ邑楽郡ノ東部ニシテ同地方二於ケル本病ハ何時頃ヨリ存在セシカ不明ナリ伝説ニヨレハ弘化二年十一月秋元但馬守志朝山形ヨリ国替トナリ館林町ニ移住シ来リシ当時藩士中「マラリア」ニ罹病シ死スルモノ多カリシト云フヲ以テ推スレハ本病ハ往昔ヨリ存在セシモノナルヲ窺知シ得ヘシ
』
ちなみに
1837年:大塩平八郎の乱
である。