(9) 昭和18年頃の一般人が抱いていたマラリアの知識
そのメナドへ着いていながら、私は、熱のために、あらゆる欲望を失っている。
ここで降りるよりも、早くやすらかにねむりたい。
「では、出発します。 」
その合図に、再び機上の人となった。
そして、いくつかの美しい珊瑚礁も、うわの空で眺めつつ、椰子の密林の中のフィリピンの飛行場へ着陸したのであった。
そこから、我々を誘導してくれた海軍部隊の厚意はまことに嬉しかったが、その沿道に見かけるフィリピン人は、何かしら、インドネシアよりも、文化の程度も高い風采であるし、時としても海水浴帰りの日本娘かとも間違いそうな娘が、ぞろぞろと歩いている。
インドネシアは老若男女の区別なく、日本人に対して慇懃であるのに、ここに入った第一印象は、思惑外れの形であった。 |
↑出典:『海軍恤兵雑誌 戦線文庫 第53号』(発行所:興亜日本社。昭和18年3月1日発行。毎月1回発行。非売品)(←海軍省恤兵係監修のもとに戦線海軍将兵慰恤のため国民の寄せられたる熱誠なる恤兵金を以て、作製、配布したもの)p 84-87の『現地特報 メナドででんぐ熱になやみ、ダバオへと飛び、新生マニラへ向ふ記 でんぐと南方飛行 大東亜一周の手紙 その5 戦線文庫主幹海軍報道班員 大島敬司』の『でんぐ熱下のメナド 川端康成様』
↑著作権の保護期間が満了しているので、転載自由とする。わかりやすくするために、表現を変えたところがある。
↑メナド:マナド(Manado)とも表記する。インドネシアのスラウェシ島北東部にある。
ダバオ(Davao):フィリピンのミンダナオ島南部にある。
マカッサル(Makassar):ウジュンパンダンとも表記する。インドネシアのスラウェシ島南西部にある。
慇懃(いんぎん):ねんごろ。ていねい。情交。 |
という意味である。