日本でマラリアが再流行するとは思えない。 -57ページ目

(10) 昭和18年頃の一般人が抱いていたマラリアの知識

 漸く、ホテルの入口に降ろされたとき、私は、全く立っていることが出来なかった。

 デング熱は、まだ治り切っていないのだ。

私は、自分の室へ通されて、そこで、初めて、故郷の香りのする梅干を1つ食べさせて貰った。

 私は。窓からそとを眺めて、あっと思った。

 そこに、大きな立看板に

「ここ、デング熱、マラリア発生地、注意箇所」

と発表されてある。

 これは笑いごとではありませぬ。私は、今夜の中にこの熱を下げて、ともかく、マニラまで飛ばねばならぬ身体でありますから。(以下次号)

↑出典:『海軍恤兵雑誌 戦線文庫 第53』(発行所:興亜日本社。昭和1831日発行。毎月1回発行。非売品)(←海軍省恤兵係監修のもとに戦線海軍将兵慰恤のため国民の寄せられたる熱誠なる恤兵金を以て、作製、配布したものp 84-87の『現地特報 メナドででんぐ熱になやみ、ダバオへと飛び、新生マニラへ向ふ記 でんぐと南方飛行 大東亜一周の手紙 その5 戦線文庫主幹海軍報道班員 大島敬司』の『でんぐ熱下のメナド 川端康成様



↑著作権の保護期間が満了しているので、転載自由とする。わかりやすくするために、表現を変えたところがある。



↑メナド:マナド(Manado)とも表記する。インドネシアのスラウェシ島北東部にある。

 ダバオ(Davao):フィリピンのミンダナオ島南部にある。

 マカッサル(Makassar):ウジュンパンダンとも表記する。インドネシアのスラウェシ島南西部にある。