2011年3月11日17時以降


ここで1人の人物が登場する。


Eさん。前は同じアパートの上の階に住んでいて、同じ職場なのに話しした事はほとんどなかった。


この時の少し前に配属が一緒になり、話をするようになり、数少ない個人の携帯を知る職場の人に昇格した。


彼は、FXやらパチンコで江戸っ子のようにお金を消費する九州人で、その破滅的行動から、オレに消費の侍と命名され、ちょっとしたカリスマだ。


ほとんど塩漬けのFXでは使う事のない無駄なPCを所有しており、可哀想なので、添付ファイルを開くのに協力してもらった。


地元に住む従兄弟から親父と嫁と長女は無事だと衛星電話があった時は、忘れたけどオレになんか生意気に言ってきた。


普段からオレは彼の触れて欲しくない事を知っている唯一の同僚なので、時々そこいら辺をザクザク切り込んでいた。


その仕返しに、嫁と長女が食べていないかも知れないからと嫌がるオレにムリヤリ飯を食わせ、自分の車に食料やら水やら衛生用品を積めるだけ積んで忘れたけどなんか生意気なことを言ってきた。


今でもこれからも感謝なんかしてないからね。


なんて言っていたか本当に忘れたんだからね。


その日は3月16日。5日が過ぎていて、地元の手前までは何とか行けることはわかっていた。


そこで何日滞在しても必ず行こうと思い、出来るだけ眠って出発した。
2011年3月11日17時以降


ニュースを見ながら、ひたすら電話をかけ続けた。


実家、それぞれの携帯。身内の携帯、身内の家。幼稚園。役所。警察。思いつくところは全て。どこもつながらない。


ニュース速報では壊滅的被害とぬかしている。


声を出して泣いていた。


一旦電話は諦めた。災害掲示板、某巨大掲示板や余所のここみたいなとこつぶやくとこを片っ端から見まくった。


しばらくはまともな情報はなかった。


何をしたら良いかわからなかった。


少しずつ情報が出てきたのはいつ頃かはわからない。なにしろ、ここから5日間はほとんど寝てないから。


どこもかしこも、個人情報が垂れ流しでみんなが大切な人の情報を求めていた。


誰か交通整理してくれないかと思っていた。


個人情報が出過ぎなことも気になるし、自分の欲しい情報も探しにくかった。


そんな時にどこかでまとめ作っている人が居たので、その人を手伝いながら目に余る人を誘導したり、自分のことをしたりしていた。


その位しか出来ることも無く、何かをしていないと不安だったから。


どっかで読んだ優れた問いは今問うべきことは何か?っていうのを思い出しながら何かをしていた。


情報がある程度出てくると、大きな問題が発生。

オレの装備は貧弱で、添付ファイルが全然見れない。


自分の日頃の行いの悪さを恨んだ。
2011年3月11日14時46分


オレはその時、品質確認的な仕事をしていた。


なんだか、めまいがした。


仕事を続けていたら、周囲から、


「地震なんで、安全なところに待機してください。」と言われた。


揺れが収まってから、建物の外に避難した。


外に出たら、何人かがワンセグでニュース速報を見ていた。


みんな見たあの映像。


聞こえてくる音声はオレの良く知っている地名を連呼している。


片っ端から電話した。


どこもつながらない。


こんなに離れているのに感じた、あの大きな揺れ。


流れているあの映像。


まだ、何もわからないのに涙が止まらない。手と体の震えが止まらない。


仕事にならないので、早々に帰らせてもらった。