「忙しい」という感情はどこから来るか?


 素晴らしい業績を残した人々の話を聞いてわかったこと、それは、彼らは決して「忙しい」と思っていないこと?

 むしろ、彼らよりも仕事量も働いている時間も少ないにもかかわらず、「忙しさ」や「時間へのストレス」を感じている人が多い。


 実際にはさほど多くの仕事量をしていないにも関わらず、 「忙しさ」や「焦り」「不安」を感じている人が多いかもしれない。


 つまり、自分が今どれだけの仕事をしているのか、ということと、自分が感じる「忙しさ」や「時間に対するストレス」は関係がないという報告もある。

  
 


では、「忙しさはどこからやってくるのでしょうか?」


 「人が多忙だと感じるか、自由だと感じるか、 それらは全て、その人がどこに意識を向けているか、にかかっている」 と、いうこと。


つまり、

 「忙しい」というのは、「感覚・感情」であって、 出来事や客観的事実ではないということ。


 

忙しい人は、「忙しいと自分が感じてしまうところ」へ 意識を向けているのです。


最近、レジリエンスという言葉を良く耳にする。
意味はおおざっぱに言うと、逆境から立ち直る力、折れない心と言われレジリエンスには柔軟性のある心、感情が大切と言われる。一流の人は、煩雑さに焦点を合わさず、その仕事の価値や意味にフォーカスしている。

 

 要するに、自分がどんなところに意識の焦点(チャンネル)を合わていると、 「忙しい」」となり、「自由」となるのか、そのパターンを自分で把握している事が鍵となる。

そして、「忙しい」と感じてしまうことによって、
 『本当は時間を使うべき大事なこと』を行えないことなのです。

  


・自分のの仕事をしている姿をみて、人は忙しい仕事と捉えてくれだろうか?
・専門職、プロとしてやっている人たちでプレッシャーや期日、結果に無関係に仕事している人がいるだろうか?
 

自分の「忙しさ」の意味や価値、そして、そう振るまっている自分を再確認する必要があるかも!


  「なぜ自分は忙しさに振り回されているのか???」

「セラピーって、療法士の生き様が出る?」

 

何をそんな大げさなことを? そんな事を考えなくても、多くの療法士がセラピーをしている出はないか?とも考えられる。


 

 経験も生き様ととらえると、身近な例で


 例えば失恋をしたことがない人が、失恋した人の本当の気持ちを共有できるだろうか?

 

 自分で目標を立ててそれを努力によってクリアした事がない人が、本当に人の目標達成を支援できるのか?

 

 参加、社会性などと平気で言っている療法士自体が、本当に療法士の看板をはずしても、参加、社会性を持っているだろうか?

 


 そして、生き様は顔に表れると言われる。

 「40歳を過ぎたら自分の顔に責任を持ちなさい」とは良く聞く言葉である。
 

 しかし、昨日今日の状況が今表れるわけではなく、20代の過ごし方が30代になって表れ、30代をどのように過ごしたかで40代の顔が決まると言われる。

 

 ふむふむ、まさに「顔」と同じで、自分の生き様も行動や風格、雰囲気、など非言語の面で現れるのはもちろん、言葉の重さはなおさらである。

 

「何を言うかではなく、誰が言うかで人の行動変容は天と地ほど違う。そう、患者さんも然りである。


 同じ技術力だとしても、何かが違う。思考過程、知識、技術以上の何かが患者さんに伝わっている。 



 一朝一夕では出来ない、顔(表情)、態度、言葉それ自体が人の生き様を写す鏡である。これらが大いにセラピーに影響することを考えると、日頃から生き様をどう意識しているかが、とても大切である。 

 「何だ!、リハビリの視点、思考過程と全く同じだ!」


これが私が約10年前にコーチングと出会った時の正直な感想である。



 しかし、なかなか地方で学ぶ機会もなく、その3年後くらいに盛岡でコーチングの基礎講座

を7回シリーズで受講する事になりました。



GROWモデルを学び、まさにリハで使える、そしてこれは使った方がいいと確信した。


G : Goal (目標を明確化する)
R : Reality (現状を把握する)
R : Resource (使える資源は何かを考える)
O : Options (方法論、選択肢を考える)
W : Will (意志を確認する)


 そして、学べば学ぶほどコミュニケーションの力、威力を知ることになる。それと同時に、リハ専門食がこのコミュニケーションを有効に使っていない事も見えてきました。



 具体的には、「質問」の使い方!



 療法士の的確でタイミングの良い質問は、患者さんの注意やイメージ、身体感覚を促通することに非常に有効である。



 「いま、腕の重さはどうですか?」  「どっちのお尻に体重がかかっていますか?」 「さっきと感じはどうですか?」


 こちらのモニタリングと言うよりは、患者さんへの意識付け、気づきとして「質問」は十分に使える。


 こんなことも含めて臨床を行っていると、いろいろおもしろいことに、こちら側も気づいてきます。


 例えば、

      

      明確な目標を持つと・・・・・。


      今やっている経験を口にしてもらうと・・・・・。


      自分で決めてもらって実行すると・・・・・・。


      選択肢を提示すると・・・・・。


   このようないろんな発見についてはまた追ってブログでご紹介します。


    








最近よく、「頭でっかちな療法士や学生が増えて来ている」と聞くことが多い。

まずは、頭で考えて、「これで良し」となってから行動をする傾向がある。
確かにそれも決して悪くないですね。

 でも、よく観察していると理屈ばかり並べて、患者さんが少しも良くなってないことがないですか?

分析、解釈など大切ですが、我々療法士は評論家ではなく、実務者ですから何を優先すべきか?

 そうです!患者さんのパフォーマンスの変化を最優先しなければいけません。

そのパフォーマンスも一時的なものではなく、本質的な治療で持続的なものであればなおさらいいでしょう。

 私の経験から言うと、患者さんの治療で変化を出せない時ほど、スタッフや患者さんへの説明の口数が多くなります。なぜか?



逆に治療の変化を出せるようになると、説明はそれほど必要なく、自分の解釈を少し述べる程度で済みます。 これまたなぜか?

まずは、経験の浅い療法士として 

「理屈がわからなくても変化が出せる療法士」、「理屈がわかっていても変化が出せない療法士」、

さて貴方はどちらの療法士になりたいですか?


 もちろん、「理屈がわかっていて変化を出せる療法士」が一番いいのですが・・・・!

 


 その前段階としての、まず一番大事なことは?


   「変化を出そう」とする、臨床に向かう態度ではないでしょうか! 理屈を並べている暇があれば、まずは患者さんのパフォーマンスを変えてみましょう!

 実態のないところで、いくら理屈をつけてもそれはあんまり意味がなく、例えば臨床教育の中でも効果は薄いかもしれません。


 そして必要なことは、その変化したことを自分の基礎知識で考察し、説明していく日々のトレーニングですね。


 世の中には様々な治療法が存在する。


 軽いタッチで変化を出す方法から、かなりの刺激量を要するものなど様々である。但し、どれもがそれなりに効果を出しているからこそ世に出てきて、残っているとも考えられる。


 逆に言えば、「生体がいろんな刺激に反応するということ」とも言える。それが生体の特徴であり、そのような生体を我々は相手にして治療を行っていると言うことである。

 

 但し、特に大切なことは、その治療法の、「治療対象は何か」、「治療目的は何か」、そして一番大切なことは「適用はどんな症状、症候なのか」ということ。 


 疑問を持たれるような治療法の多くが、この適用を明らかにしていないことが少なくない。つまり、どんな対象、症状に対して適用になるのかが不明確だと言うことである。


 たとえば薬は、薬事法に基づいて、薬効、副作用、禁忌が明確にされている。それと同様に、ある治療法に関してもそれらがあってこそ、一つの治療体系としてその治療法が認知される。


 つまり、その治療法の適用範囲に対しては確かに治療効果が出るが、それ以外では怪しい場合があり、当然限界も知った上で初学者に提示すべきだと考える。


 その治療法を広めようとすると、有効性だけを誇示する場合が少なくないが、前述のような適用を示す姿勢こそが、初学者が本物を見極めるためのヒントになるかもしれない


 本当に治療をして、臨床経験を積んでいる人こそ、その適応と限界をしっかり提示できるものである。