人生の師匠である、竹中半兵衛重治公の縁の地で、半日の時間を費やし、大満足でしたが…
岐阜県と言えば、岐阜城・岩村城など城跡、飛騨高山・郡上八幡など美しい観光名所があります(≧▽≦)
岩村城は行ったことありませんが、他は一通り行ったことがあるので、どこに立ち寄ろうか…
垂井へ来る前に、ある程度決めてはいたのですが…
やはり…
これからの大河ドラマで話題になるここですね~
ただし、今回メインで周ったのは。。。
『関ヶ原ウォーランド』(笑)
周辺は、本当に戦場となった場所なので、開戦地や参戦した武将の陣地跡など、数多くのワクワクする場所があります。
しかし、今回は時間の都合で、あくまでウォーランドです(笑)
まず南宮山の毛利隊の状況を確認![]()
関ヶ原の開戦前に、家康公に掛川城を明け渡し、二心無きことを示した、山内一豊公。
どちらかと言えば、奥方である千代殿が有名ですねσ(^_^;)
今回の大河でも黒田長政の悪友として、一緒に成長過程が描かれていた、猛将 福島正則公。
どちらかと言えば、老獪な家康公の手玉に取られた感が否めません(><;)
加藤清正公・松永久秀公などと並び称される、築城の名手。藤堂高虎公。
主君を七度も変えた経歴を忠誠心が薄いと批判されますが、自分が信じるに値する主君に出会えないだけと割り切っているところが男前にも感じます(^O^)
そしてこちらが…
世に有名な西軍の兵力の中心であった、小早川秀秋公の松尾山本陣です。
秀吉公の身内であったばかりに、いろいろ苦労があって、中国の名門である小早川家に養子に出されたわけですが、結果として、東軍に寝返り、家康公の勝利に貢献しました。
しかし、小早川家はこの一件で、裏切り者のレッテルを現世まで貼られているのですから、評価とは厳しいものですね~
小早川家の裏切りにより、開戦当初は有利だった西軍も、一気に劣勢となり、
西軍の石田三成公と親友であった大谷吉継公は、応戦しますが、奮戦虚しく敗れます。
最後は、家臣である湯浅隆貞に介錯させて、その場で自害して果てます。
実は、戦国時代で好きな武将を僭越ながら、ランキングさせていただいた場合、
①竹中半兵衛 ②大谷吉継 ③山中鹿之助
となるので、大谷吉継公の終焉の地である関ヶ原にも大いに興味がありました![]()
当然ですが、小早川秀秋公には、天才と言われた小早川隆景公を貶めたダメ武将と思っています(><;)
まだ21歳という若者ですし、無理ないのですけどね~
本日のラストは、平塚為広公で。
この方は最後まで、大谷吉継公と共に襲い来る、小早川勢を迎え撃って戦死します。
後編で紹介しますが、お墓も石碑も近くに並んでいます。
明日の後編では、西軍・東軍の大将近辺をリポートします![]()









