2014/02/16 | 晴れわたる青空の下で

晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

いじめとは、徹底的にデマを流されることと似ている。注意せよ。

どれほどデマに苦しんできたことか。いじめ加害者どものデマに。いじめ加害者とよく似た平気でデマを流す人々に。

デマ記事を真に受ける愚かさ。反対に真剣な声を軽視し続けて嘲笑ってきた人々。日が昇れば無数の星が消える。少し時間が経てば、デマはデマとして掃き捨てられ、真実は真実として残る。

2014年の課題がいくつか見つかったけど、一番は私自身が当事者の視点からモノを感じ、考え、訴えることだけではいけないということ。一言で書くなら真剣に丁寧に耳を傾けて耳を澄ませること。

傾聴していく力を身につけていかないといけない。私の個人的な胸の痛みよりも優先すべき声の存在に向き合うこと。今はまだそれが出来ていない。だから、始めていこうと思う。

いじめに苦しんでいる書き込みを見て、SOSメールに送ろうよ、と僕は時々すすめる。苦しんでいる本人の学校などの状況がわからなくても、そのページのURLを送り問題意識を共有しておくことはできる。

だけど、苦しんでいる本人が、今その他大勢の人々に、自分の状況を知られるのを嫌がっている可能性を考えると勝手にはそんなことはできないと手を引っ込めてしまう。

これって、消極的な教師たちの対応とどう違うんだろうと思う。

じゃあ、例えば、いじめを止めることを第一に考えると…。僕の場合ならどうかと言えば、リスクはあっても耐えておくから、上手くいじめが止まるようになればいいと思うだろう。

ギクシャクした雰囲気が教室に充満して、暴力やいじめがなくなって、自分の心の中に残る敗北感というのか、自分は庇護されてる人間だというたまらない気持ちになり自己嫌悪に陥るかもしれない。

大人は、庇護を受けて当たり前なんだよ、全国の中学生すべてが庇護を受けている存在なんだから、堂々と甘えればいいよ、などというのだろう。

それもそうだけど、中学生自身は誇りを持って生きようとしている。

特にいじめられたことのある人は、いや…私の場合は自分で何とかするしかないという気持ちが強かった。ギリギリの所で計算し配分を考えてるんだから、出来れば邪魔されたくない。

そう思ってた反面、中学生の自分1人ではどうしようもない問題ばかりだと泣きたくなることもあった。だからぼくはせめてテレビやメディアくらいは、いじめを楽しむ感じはやめろと訴えてるのかも。

もしも、誰かの力を借りて、中学生の時の僕に対するいじめが止まった時に、そりゃ『助かった』とか、解放感とかもハンパないだろうと思う。

もう殴られなくなる、もう菌扱いされなくなる、もう無視されなくなる。

なんかね、当事の僕なら、自分が権力を使って環境をコントロールした自分、みたいに思えて、誰かの助けを借りないと何も出来なかったと自信を失ってしまうかもしれないと思うんだ。

だけどね、大人に助けてもらって、いじめが無くなり、いじめ後遺症も比較的軽く、3年間ずっと殴られることがない生活を送る方がいいと思う。

『ありがたい』、『ありがと』って思い感謝しながら生きる方がいいと今は思う。

いじめというとんでもない試練と戦ってると、確かに精神的な自立は同級生より圧倒的に早くなる。誰もが他人で自分の痛みを正確に知らないんだから。

『自分でなんとかできる、今までだってそうしてきたんだから』という自信がついている。この自信を誇りとしているからこそ、笑顔で僕はいじめと闘えると思っていた。

当事はそう思っていた。当事の思いを振り反ると、それは間違いではなかったという気持ちが10のうち2か3だ。

僕は中学生の頃、先輩から『副キャプテンのやってほしいんだけど』って言われた。僕はやる気があったし、挑戦したいという気持ちは身体中に溢れていた。

だけど、『はい。やります』という勇気がもう少しの所で出なかった。前向きな気持ち。それを発揮するチャンスを僕は自分のせいで失った。他にも適任者がいるのでは、と逃げてしまった。

中学生の時に、今では迷わずに出来る決断ができないでいることがたくさんあった。あの時、勇気を出していたらと思う。

副キャプテンは関係なくて、勇気の問題。僕の場合、中学生時代は勇気を出すことになれていない時期だった。

勇気はあったほうだと思うけど、いじめ加害者の善性に勇気を持ってアタックするたび、砕け散っていた。僕が中学生の時に、フェアな申し出があった時の自分の勇気が足りなかった。
残念だけど、いじめは加害者との話し合いで僕の場合は解決しなかった。どんなに、いじめはやめてと訴えても、被害者の僕が元をただせば悪いんだと、加害者はずっと思い込んでいた。