【思索の時間】 | 晴れわたる青空の下で

晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

今、確かにわたしも生きにくさを抱えてはいる。


だけど、こうやって、少しずつ世の中が変わってきたことによって、私は死なずに済んでいるという強い思いもある。


ありがたいことだと思うし、当然の状態だろうと怒りもする。

恐らくは私と同じ境遇で、数十年前に、いじめにあっていたら、私が途中で死んでいた確率はかなり高いと思う。

殺されていたか、追い詰められていたか。


確かに生きづらい部分はたくさんあります。


それでも、精神障害者は、今でこそ、人々に正しく受け入れられている場合が数多くあるように感じているが、2001年当時の人々の認識は、犯罪者予備軍みたいに危険視されていた。


そこから、少しましになって、社会不適合者という、それでもいやらしいレッテルを数多くの他者から貼られていた。


今は、そのような非人道的な表現をする人も少しかもしれないけど減ってきているんじゃないかと思う。


たった12年前までは、そんな認識の人がほとんどだったんだから寒気がする。

当時テレビでも、精神障害者という人々は、とんでもない非難のされ方をしていたみたいだ。

善良な精神障害者の人々までもが、一色単に危険人物扱いされていた。


もしも、12年前から、精神障害者に対する認識が変わらないままだったとしたら、僕はこんなにも、リラックスして過ごせる時間はなかっただろうし、常に社会の偏見の視線にヒリヒリしながら生きていたのだろう。

精神障害者への偏見の視線は、今でもまだあるし、僕自身にも向けられていることがある。


12年前に比べたら随分ラクだが、必死に耐えながら生きている人は大勢いると思う。


今、この激痛を一身に受け止めているのが、いじめ被害者の人々だ。


再三再四述べているように、テレビバラエティー・メディア報道被害・いじめ防止法・いじめ後遺症・周囲の認識間違いなどの、あまりにも、強烈な偏見や間違いは、改善されてきている。


命をも左右するレベル12のものが、改善されてきている。


しかし、まだまだ、レベル10近い問題点も多数理解されないままだ。

法律の施行や警察の介入により、加害者ね歯止めに少しはなってきている状態だが、まだまだだ。

いじめ加害者矯正施設を、いじめ防止法と具体的に緻密に連動させていかないといけない。


長期的視野に立って、いじめを考え、理想に向かうのは、当然の大前提として、その上で、今いじめに苦しんでいる子の命を守るためには、どうしても、加害者矯正施設を具体的に実現させていく必要がある。


他にも、いじめ被害による休学の体制を整えないといけない。


これは、一番早く手掛けないといけないのかもしれない。


義務教育を、学校以外でも受けられる制度を併せて作らなくてはいけない。


加害者を矯正させることよりも優先すべきは被害者の
命を守ること。

被害者の安全と安心を確保しなければならない。

次は、いじめ被害者の人間の尊厳の回復、名誉の回復をさらに強く進めることで、自殺防止や、いじめ後遺症の緩和になる。