いじめた事実は消えない――原爆のように | 晴れわたる青空の下で

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人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール


「学校を卒業すれば、いじめを注意されなくなる」
「学校を卒業すれば、リセットされる」
そんなことはありません。いじめをした人は、こう考えているかもしれない。
「いじめをして、それがエスカレートし、犯罪っぽくなっても、未成年だから逮捕されたりすることはない。卒業して成人になっても、『そんなものは時効だ』と言ってしまえば、それで終わり」
人の心には、自分がやってしまったあやまちが、死ぬまでずっと残ります。
今はいじめをしてしまう自分への甘やかしの理由があるかもしれない。
「いじめぐらいやっても当たり前」
「いじめぐらい」
と。
だけど、いじめ加害者であるあなたが幸せな生活になればなるほど、そのあなたの罪は自分の胸をえぐるように締めつけます。
「自分は何をしてたんだ」
「嘘だろ?自分がそんなことをしたなんて」
嘘でもなんでもありません。犯罪行為をしたという事実があなたの人生に重く重くのしかかってきます。
いじめを日常的にした経験がある人は、ある種の悪いクセが体と心に染みつきます。
そんな自分でも気がつかないクセは、よほどのことがない限り治りません。
いじめたあなたは、気づかぬうちにねじくれた軌道を歩んでいるのですよ。
何度も書いてきましたが、いじめをした加害者であるあなたの罪は、心からの反省をしない限り、消えることはありません。
「やっぱり、いじめられてた奴も悪かったんだ」と一瞬でも思ってしまう限り、暗闇の種子は何度でも花を咲かせ、あなたはその暗闇に食い尽くされる。
心からの反省とは、他人の誰かが評価してくれるものではありません。
審判を下すのは、あなたの心そのものなのですよ。
「万引きぐらい」
「いじめぐらい」
「裏サイトぐらい」
そんなつぶやきが、あなたの心身を蝕んでいくのです。あなたのしらないうちに。
それから親についても書いておきます。
確かに親は、あなたを産んだかけがえのない人です。親孝行しない人は何をやってもだめです。
ただ、あなたはあなたです。親は親です。同じ人格ではありません。顔が似てるとか、親と同じ病気なるとかは確率が高いことなのかもしれません。
ただ、人格や心は、遺伝しません。親の近くにいるから少なくない影響は受けますが、人格や心は親のコピーではありません。
あなたはあなたです。他人であり、違う人格である親とどうコミュニケーションしていくのか。あなたにとって初めての他人と言える。そういった意味ではどうやって考え方が違う他者と向き合うかにアホほど悩むのが今の時期だと思います。どんなに苦しくてもいじめは絶対しないと自分や周りの人に誓うことこそがいじめをしない自分となるのだと思います。
悔しくてたまらないからこそ、寂しくてたまらないからこそできる努力があります。それはいじめ被害者も同じです。絶望の崖っぷちで顔をあげる気力すらないほど疲れ切っている彼ら。それでも、なんとか人生を切り開いていこうとする必死さがいじめ被害者の書き込みにはある。
いじめは基本的には「逃げる」、「かわす」が正しい選択肢だと今私は思っています。
今死ぬほど苦しいなら、その苦しさをあらゆることでごまかさないことです。
なんで自分はこんなに苦しいのか、この苦しみに打ち勝つにはどうすればいいのだろうか。自分に出来る努力は本当に何も無いのだろうか。いや、きっとあるはずだ、必ず探し出してみせると、執念をもって諦めないことです。いじめなんてやってる場合じゃない。
相手に許してもらえなくても心を尽くして、いじめたことを謝ること。二度といじめはしないと誓うこと。今のままだとあなたは、苦しいことが起きるたびに人を知らず知らずのうちにいじめるイヤな大人になってしまいますよ。
結婚して子どもが出来て、つらいことがあったら、自分の子どもをいじめるつもりですか。その時周りにいる大切な人々や、無実の人々をいやらしくいじめるのですか。周りの人から、表面的な付き合いはあっても、心で舌打ちされているような大人になりたいのですか?
そんなつまらない、あなたが嫌いだと思うタイプの大人になってしまう。
人を表面的な事情だけで判断しレッテルを貼るような人間。あなたは、そんな人間になってしまう自分を許せますか。
あなたのやっていることは、親があなたにしたことと同じなのかもしれませんね。お前はダメな奴だと決めつける親。なんで決めつけるのか。その親という人間の心の弱さそのものです。あなたは、心の弱い大人になりたいですか。
いじめって、「何をやっても、どんなに努力しても、『お前はだめだ!』とメッセージを相手に贈る行為」です。
リスカするほど、生きにくい世の中。残念ながら悪い世の中です。
そんななかで、加害者であるあなたも苦しんで必死で抵抗してきたのでしょう。それならば、そんな大人たちと戦うならば、なぜ大人である彼らが当たり前としてやってきたいじめ行為をまねして、あなたはいじめをやっているのか。あなたの悩みの矛盾はそんなところにあるのではないですか。恐らく世の中が恐いのではないだろうか。私は暴力が幅をきかせていた「時代」を心底恐ろしいと思っていた。いじめでずいぶん暴力されましたから。
何か人と違うことをしたり、失敗をしたりすると、全員から無視されたり、暴力をふるわれたりした。よく笑われて、いつでも自分が笑われているのではないか、馬鹿にされているのではないかと神経質になっていた。
どんなに頑張っても。
何をやってもつぶされてしまうと。
私は徹底的に自分と対話している。
幼稚園の頃、あなたと同じように妹をいじめた。
軽いノリで。どんなに妹が苦しんでいたか、どんなにお兄ちゃんにわかってもらいたい!と誠実に真剣にわかってもらいたいと心で叫んでいた妹の声を聞こうとすることができなかった。この辺でとどめておきます。いじめは、被害者にとんでもない傷をつくる。
いじめは、加害者にもとんでもない傷を残す。