希望の明日へ | 晴れわたる青空の下で

晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

南アフリカでは、


長年、抑圧され、



奴隷状態に

置かれてきた黒人による「人権闘争」が続けられている。




この炎は、


激しく、


とても消えそうにない。

なぜか―――。


それは「炎」を支える、

十分すぎるほどの


精神の「燃料」が、蓄えられているからだ。


その「燃料」とは、単なる「憎しみ」ではない。


「憎悪」だけで進んだのでは、「人格」は自壊へと向かう。


「人格」が壊れれば、「人権闘争」の主柱を失うであろう。


今、


燃えているのは


「誇り」である。



権力の限りを尽くす、


悪しき「白人」を、


むしろ"卑しき、ちっぽけな存在"として見おろしている――


いわば「黒人の尊厳」の自覚が

燃えているのである。――平成3年・6・8


書籍「希望の明日へ」




私も、日本のいじめ問題の人権闘争を続けていくうえで


よくよく肝に銘じておかなければならない一文である。


単なる「憎悪」が発露なのか

深い人間としての「誇り」が根底に根付いているのか



人種差別問題といじめ問題には、大きな共通点がいくつかある。

反対に、

差異もある。


いじめ問題は、いじめっ子といじめを受けた人間とは、見た目では判らないということがあるかもしれない。

それによって


見ず知らずの人々に差別の目が向けられることがない。


その点では、発言さえしなければ、誰も私達をいじめない、という消極的な自分を守る方法を知っている。


消極的に押し黙り

消えることの無い心痛を一人胸にしまい、一生を終える人が、今までは多数だった。


これからは違う。


私は、長い沈黙を破って、いじめを受けた人間すべての「完全なる」人間の尊厳の回復を願う。


そのための第一歩として、私自身がまず、人間として成長しなければならないと思う。


悲惨ないじめを受けた私自身が、強くなっていく。

それと同時にしっかりと悪は悪として、強く強く糾弾の手を止めない。


大事なのは、いじめをする人間の方がちっぽけな人間であり、いじめを受けてきた、あるいは今いじめを受けている人間こそが正義であり、この悪に甘い日本の風土と徹底的に戦う。


そんな悪との戦いと、自分自身の成長。


自分自身の成長のために、今必要なのが感謝と謙虚であろうかと、今、格闘している。