空想の刹那(とき)。2006 | 晴れわたる青空の下で

晴れわたる青空の下で

人類の歴史は、「侮辱された人間が勝利する日」を、しんぼう強く待っている。インドの詩人タゴール

お米の話。

炊飯ジャーにお米を入れる。

次にお水を入れる。

次にスイッチを入れる。

ご心配なく。コンセントは確認済み。

数十分前に行なった作業である。

ライスボールを作ろう。

その前に手を洗って、電源を一時的に落そう。

それにしても暑い。べとつくマウス。

クーラーを入れているお陰で、サラサラしてる。

今からライスボールを作る。お塩少々と、お魚の缶詰。

しゃもじで紙コップに盛ってそれから、お塩をまんべんなく、均等に混ぜ合わせる。

億劫だなあとうな垂れる。

うなぎの蒲焼きをスーパーで買ってきて、器の中でぐちゃぐちゃにほぐし、フレークにする。

それを炊き立てのご飯に振りかけて、しゃもじでほぐす。これならまんべんなくほぐせるなあと、想像する。

アッと、いう間に停電だ。



時間は夕方六時半。夏至が近いせいか、まだまだ明るい。

あとは夜になるだけ

真っ暗な夜が、やって来るんだな。

そう心に呟く。

そうこうしているうちに、雨が降ってきた。

静かだ と思う。

雨のざあざあという音が聞こえる。

窓を開けている。30センチくらいの切り取られた風景。

白い 薄い紫色の空が見える。

雨あしが強くなり、雨の雫が部屋に入ってくる。

それでもかまわないや。そう、ほんのちょっと投げやりな気持ちで、縦長の窓の外を見ている。

更に雨が強く降る。

もう七時になるというのに、明るい。

携帯電話のバッテリーは満タン。

少し、眩しいなと思いながら、数字の時計を確認する。19:14

パタンと携帯電話を閉じる。

暑い。蒸し暑い。クーラーも切れてしまった。

雨が降る。さっきよりも、どんどん強く降る。

雨が遠慮無く部屋に入り込む。音。雨音。どんどん降る。

全く 止む気配が無い。

ついに部屋半分にまでに、雨が入り込み水で服がべとべとになっていく。

風が強い。手に持つノートの字がにじむ。

しかし、風が強い。とうとう諦めて座り込む。

でもノートとペンは離さない。

凄い風だ。もう僕の髪の毛はべとべとだ。

毛を大事に。そんな言葉を、ふと思い出す。

タオルも乾いたものが見当たらず。

ノートとペンは意地でも離さない。

大丈夫。携帯電話は、完全防水のものだから、データは消えない

部屋にある懐中電灯が3つ。

2つにスイッチを入れる。

乾電池はやけにたくさんある。

水浸しの部屋、水の音。畳はの上に水溜り。

暗くなる一方の部屋。

膝を抱えて、じっとする。

重たくなった衣服を引き摺り外の様子を見る。こんなに水をかぶったのはいつ振りだろうと、暢気な事を考えながら、外を見る。

窓を全開にして外を見る

真っ暗だ。電灯も切れている

外も真っ暗。

部屋の中も真っ暗。

部屋と外の区別がなくなっていく。

そのまま外に出る。」

風の音と、雨の音が聞こえる。

地域の人はどこに行ってしまったのだろう?

そんな事を心配しながら、のろのろと外に出る。

窓の外にでて、歩く。

なぜ? と問われても、自分には善く解らない。

大雨の中、歩く。

うつむいて、うろうろと歩く。歩いているうちに一本の電柱までやってきた


左手には懐中電灯。

ポケットには携帯電話。

右手にはノートとペンを握り締めて、歩いてきた。

どのくらいの道のりを歩いてきたのだろう。

今僕は一本の電柱の前にいる。

誰もいない。

落書きが目立つ電柱の落書きを消してみようと思い立つ。

ポケットにある携帯電話の形状と重さを確認してから。

懐中電灯の電気を消した。

真っ暗だ…そのまま歩く。

ずぶぬれの身体を引き摺るようにして歩く。

真っ暗な道を歩く。

ノートを丸めてポケットに突っ込む。

さまよう。

明確な目的もなくさまよい歩く。

豪雨。台風だろうか。

雷が鳴らない。

不思議なほどに真っ暗だ。




とにかく歩いてみる。

時間の感覚がなくなる。

いつまでも続く雨。

歩く。

空を仰ごうとしてみるが、顔に当たる雨粒が痛い。

ちょっと歩きつかれてしゃがんでみる。

そのまま地べたに無様に座り込む。

身体が熱い。熱があるのだろうか。

寝そべってみる。

コンクリトの上だろう。

ひんやりとした感触がある。

そのまま、眠りに落ちる。

目を開けると、雨は止んでおり、まわりも明るい。

サイコのレッテルを貼られてどのくらいの時が経っただろう…と、ぼんやり考える。

…ここは、どこだろう…

ああ、そうか。

ここは、ダムの近くだ。

山に囲まれたダムの近く、今更ながら、草原の濡れた感触が気持ち悪く感じる。

霧が深い。

仰向けになって、空を見る。

青い。深く青い。

朝なのか?

ポケットの携帯電話を見る。

18:30

もう夕方だった。

僕はここでずっと寝むっていたのかと、恥ずかしさと、後悔が生まれる。

でも…、なんでここにいるんだ。

コンクリトの上に寝そべっていたのに。

あれ…おかしいな?

すっと、機敏になって回りをうろつく。

湿った薪が幾つか、転がっている。

寒い、そう思い、薪を集めて、火を点ける。

用心深い僕は、火の用心を怠らない。

雨が降るのはもう解りきっている。

雨が降るその前に、暖を取り、せめて、服を乾かしておきたかったのだ。

それにしても、なんでここにいるんだか…と心の中で呟いて、乾かし終わった服を、確認して火を消した。

雨宿り。今度は雨宿りの場所を見つけて、もぐり込む。

オレンジ色に染まる風景を見ながら、ノートとペンを取り出す。

オレンジ色の空を眺めて雨宿り。

ポッケットからペンとノートを取り出した。


さまよいながら綴る。

どうもノートが未だ生乾きで、文字を書けない。

オレンジ色の空。雨はまだ降っていない。

濡れて、よれたノートを幾度かしごいてみる。

まっすぐにならない。

ひとしきり、ノートをこすって、ふと我に帰る。

何でここにいるんだろう。

故郷だ。

1000キロは、離れているはずの故郷に何で今いるんだ?

辺りを見渡す。

誰もいない。

懐かしい風景が眼前に広がっているだけだ。

精神障害イコールサイコ

この図式になんとも言えない憤りを、ペタッと感じる。

心の整理をしてみる。

そんなイライラは、もうどうでも善くなるような風景が広がる。

こんなちっぽけなことを考えているなんてどうかしているなと、竹林のざわめきと、蝉のカナカナ…という鳴声。

それに、かわのせせらぎの音が聞こえる。

風が吹く。

いい風だ。

[]を浅はかに感じながら、目の前の風景を見ている。

雨はどうやら降りそうもない。

安心して、故郷の家路へ向かう。

歩いているうちに真っ暗だ。

昨日と違うのは、灯かりがぽつぽつと見える。

蚊に刺されて、腕をかきかき、実家に向かう。

玄関を前にして、今更うろたえる。

突然の帰郷。

家族はなんと思うだろうか。

ちょっとした、懐かしさと、

ちょっとした、嬉しさで、少しにやける。

もう一度生家を見て、混乱する。どこかがおかしい。

声をかけられる。このおじさんは、誰だろう。

妙に懐かしいが、思い出せない。

話を聞いていながら、僕はどこかうわのそらだ。

温かく話す、老人。

にじみ出る人格。

ハンチング帽を被り、軍手をしている。

軍手は土で汚れて、草と土の薫りが漂う。

この眼差し。覚えている。

火鉢に灰を入れ、キセルをふかすひとりの人間。

しょうぎの上に腰掛け、話す姿。曽祖父だ。

曽祖父は、20年も昔に、91歳の生涯を全うし、今は、存在しないはずだ。

ぼやける頭。

にじみ出る、温かい眼差し。そう、このアバターのような青年が僕なのか。

老人は、僕の隣に座り、紙タバコをふかして、一息つきながら、しきりに、猫背の体で、話しかける。

ここは、どこだ…ぐっと目を閉じながら、まばたきをする。

家からは、メガネをかけた青年が出てくる。

もうひとり兄弟であろう青年が出てくる。

ひとりは若かりし日の祖父であり、もうひとりは、第2次世界大戦で戦死した、写真でしか知らない、祖父の兄だ。

今更ながらどれだけ多くの苦労をしてきたのだろうと思う。

濡れた体を気遣う老人。

ちょっとした不信感の目で僕を見る若い兄弟。

老人は僕を連れて、家に招き入れる。

藁葺きの屋根。

がたつく扉を、ギリギリと音を立てながら開ける。

兄弟はまだ未婚のようだ。

兄弟の母がいるようだが姿はない。

パチパチなる囲炉裏に腰掛けて、鍋に雑炊を炊いている。

小さいお茶碗をカチャカチャと、だしながら、兄弟が、いる。

食え食え、といいながら、老人は食べない。

箸さえない。

僕は、箸を借りて、雑炊をすする。

鍋の底についた残りを、老人は、若い兄弟に振分ける。

ものもいわず緊張した面持ちで、すする。

老人は席に戻るなり、サツマイモを囲炉裏に放り込む

しばらく老人がひとりしゃべり続けて、沈黙の時を迎える。

温かい。

軍手で芋を取り出して、鉈でほぐす。

いつしか兄弟たちも、安堵し、豊かな笑みをたたえる。

《つづく》