「離婚をするにあたって、持ち家をどうするかは大きな問題です。」

 

と歌っている家の価格査定サイトがたくさんあり、

私もネットで調べるたびに

こういうサイトに行きつきました。

 

私が直面していたのは、

 

ローン残債を背負う危機

 

というのも、持ち家のローンは夫婦で連帯債務者になっていた。

 

夫の事業がうまくいっておらず、

借金が住宅ローンと同額ほどにかさみ、

児童手当の貯金すら知らないうちに解約されて費消されていたくらいで、

いつ自己破産申請をされるか

こっちはハラハラしていた。

 

なぜなら、連帯債務者の片方が自己破産すると、

もう一人に全額一括請求されるというルールがあるからだ。

 

そこで、住宅ローンを返済している銀行に相談した。

 

①連帯債務者を夫から別の人物に変更できるか。

→夫と同等の収入がある。または財産がある。住所が一緒である。

 これらの場合は変更申請できるが、

 フラット35の場合、ほぼ不可能。

 そもそも住所を移して借金を肩代わりしたい人なんて、親族でもいない。

 

②ローン返済の滞納が続いたらどうなるか。

→すぐにもう一人の連帯債務者に請求は行かず、いままで支払っていた口座の名義人に何度か督促が行く。

 心配であれば、引き落とし口座を変更することは可能。(相手の承諾が必要)

 

③連帯債務者の解消はできないが、単独で残債を引き受ける審査を受けることはできる。「債務引受」

→勤続年数1年以上。年収〇〇以上。といった条件があるので、

 審査に出せても通るか分からない。申請に当たって双方の同意(印鑑)が必要。

 揃える書類も色々とある。

 

というわけで、別居期間の途中から住宅ローン相当額を夫に振り込んでいた私は、

そのお金を違うことに使われて滞納されることを避けるため、

銀行口座を新規で作り、自分の口座から住宅ローンの引き落としがされるように手続きをした。

それにつけて、作成書類があったり、相手の印鑑が必要だったりするので、多少の期間を要した。

 

その後、財産分与として家をもらうことを前提に

住宅ローン債務引受の手続きの準備に入った。

しかし、年度ごとに仕事の契約を結び直す私の場合、勤続年数は短く、

さらに、離婚を言い渡された時の体調不良で、最も収入が多い勤務先からはいったん解雇されてしまって、

新年度に再雇用されたものの勤続年数1年にも満たない。

1年以上を満たしている職場は、年収が低く申請条件にはとても足りない。

一度申請書類を集めて、申請をしてもらったが、条件に当てはまらず申請対象にすらならなかった。

 

条件を少しでも良くするために、数か月おいてからまた再申請をすることになり、

離婚の話し合いのスピードが鈍化していった。

 

その間、家を売ることについても引き続き検討をしていった。

これは、次回のエピソードでまとめます。

 

夫から離婚を切り出された時

 

「一番問題なのは、この家をどうするかだよ。」

と言われ、とっさに

 

「売る!」

と言った私。

 

そもそも新しい職場から遠いし、

田舎で不便で学力も低いこの地域から出たいと思っていた。

こうなる前から。

売って、別の場所に家を建てようという提案もしていたが、

何を言ってるんだと一蹴された。

 

そもそも、うつ病の夫でも返せる範囲の

安い新築建売を3年以上かけて探した物件だった。

しかも、賃貸の時よりも夫の実家の近くに買った。

 

夫がいなくなるなら、ここにいる意味はない。

 

さっさと売って

職場の近くに住みたい。

 

と、実際はそんな簡単なものではなかった…。

 

問題

その1 子供の環境変化をなるべくさけたい

その2 売ってもローンより高く売れるか分からない

その3 賃貸が借りれるか分からない

 

実際、子どもがいなければ売って引っ越したのか

それとも自分の稼ぎでは賃貸契約が結べないのか

せっかく手に入れた庭付き一戸建てよりもランクを下げた場所に行きたくない

 

色々な感情があったと思う

 

でも、最大の問題は、

 

家のローンを夫と私の連帯債務で組んでいたこと

 

なのに、家と土地の名義は夫のみ

 

だから、私はローンにほとんど協力していなかった

 

でも、夫はこの家をいらないという

 

連帯債務者の解消方法を調べたが

①家を売る

②ローンを完済する

③連帯債務者の変更(かなり困難)

④債務引受(全てのローンを一人で背負う。年収による査定。)

 

これら、全ての可能性を模索し

解決に行きつくまで何か月も過ぎた。

 

次は、その詳細を書いていきます。

 

 

夫の代理人ということで

ある日突然弁護士から手紙が届いたのは

私が毎朝5時からオンラインで心の学校に参加している時期だった

 

その手紙は実にシンプルで

 

あなたは〇〇氏との離婚に同意しますか

 はい・いいえ

 

という項目を見て怒りを覚えたのを記憶している

 

「はい・いいえ」に丸をして答えるようなことではない

 

私が離婚に合意するまで

どんなに死にそうな思いをしてここまできたのか

顔も何も知らない弁護士に

機械的に対応してもらいたくなかった

 

あまりに何も知らずにさっさと離婚しようと

兄弟に仲介させて自分の都合のいいように解決しようとした夫に

弁護士に相談したら?と言ったのは私だが

代理人を立ててくるとは思わなかった

 

だけど私がどうこうしても変わらない現実は受け入れるしかなく

この弁護士とその後1年近く関わることになった

 

メンタルスクールの講師の方は

私も弁護士を雇わないと不利だと言ったが

わざわざ大金をかけて知らない弁護士を雇いたくなくて

自分で戦うことに決めた

 

そこから多くの弁護士無料相談に参加した

 

法テラスの利用も勧められたが

無料の利用条件に当てはまらなかったので

自治体の実施している無料弁護士相談で利用できるものはすべて利用した

 

その際、まず女性相談で得た知識を使って準備ができた

 

離婚の三大柱は

◎養育費

◎親権

◎面会交流

これに加え、うちには夫婦で連帯保証人になっている住宅ローンがあったので、

話し合う項目はおおまかにこの4点だった

 

無料弁護士相談は一人30分程度に制限時間が設けられている

準備をしていないと、だらだら話しているうちに終わってしまう

 

そのため、

1.聞きたいことをあらかじめ紙に書いておき、2枚印刷し

2.相談が始まったらさっとその紙を1枚渡し

3.お互いに紙を見ながら質問に答えてもらい、メモを取る

 

こうすることで、効率的に知りたい情報を得ることができた

 

毎回弁護士さんは変わるが、

そのたびに今までの流れと、聞きたいことをアップデートしてメモを用意し

効率的に相談することで有益な情報を得ることができた

 

何回か相談しているうちに、この弁護士さんに代理人になってもらいたい

という場合があるかもしれないので、かならず名刺をもらい

スポットでサポートしてもらう場合の料金などを聞いておいた

 

結局、最後の切り札として弁護士を雇おうか

でも頼みたい弁護士さんと巡り合えなかったと迷っていた時に

小学校時代の同級生が敏腕弁護士になって活躍しているというのを

不意に思い出し

ネットで検索し連絡をしてみた

 

すると多忙でなかなか電話がつながらないにも関わらず

快く対応してくれて

その結果、無料で2~3回話を聞いてもらうことができ、

無事に解決に持っていくことができた

 

30年以上ぶりに再会したきっかけが離婚の相談とは

思いもよらない未来だったけれど

持つべきものは賢い友人だとつくづく思った時だった

 

離婚の三大柱で

一番問題なかったのが親権

母親が持つケースが多く、却下されることもないケースが多いようで

うちは元々擦り付けられたので、それを受け入れた形になった

 

養育費については収入ベースの算出表があり

赤字経営の夫の場合、その表に従うと月1万円だった

話し合いが調停に持ち込まれた場合、算出表の金額になるところだったが

なんとかそれは取り留めてその2.5倍の金額で落ち着いた

 

面会交流は月1回と決めたが、

実際に毎月会うことはなく

しかし、会いたくないとか時間がないと言われれば

それまでだそうで

子どもの福祉の面で必要であるにも関わらず

強制できない性格をもった制度である

 

住宅ローンを含む財産分与については

司法書士や税理士相談も利用して

一番手を煩ったので

また別のテーマで書くことにします