心の健康をサポートするカウンセラー 松田大亮 in 徳島

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 1 対 1 だと普通に話せるのに、 3 人以上になった瞬間、急に話せなくなる…

 

 

そんなことってないですか?

 

 

僕はそうなんです。

 

別に嫌いなわけじゃない。話したくないわけでもないなのに。

 

でも人数が増えた途端、口からぜんぜん言葉が出てこなくなるんです。

 

 

こうしたことで、自分は社交性がないとか、コミュニケーションが苦手だと自分をダメだししている人って結構多いんです。

 

 

 

 

実はこれね。人見知りとは全然違うんですよ。

 

 

 

この集団になると話せなくなるタイプの特徴について、解説してみたいと思います。

 

 

 

まず1 つ目の特徴。

 

 1 対 1 だと驚くほど饒舌に話せるんです。

 

 

集団の中では一言も発しないくせに、 2人きりになった途端、別人のように話し始める。

 

なんならむしろ話が止まらなくなる人もいる。

 

面白いことも言えるし、深い話もできるしツッコミだって的確にできる。

 

なのにそこにもう 1人加わった瞬間、すっとスイッチが切れるんですよ。

 

 

 

これ、なぜか分かりますか?

 

 

こういうタイプの人は、会話の回路システムが特殊なんです。

 

いわば1対1仕様にできてるからなんです。

 

 

2人の時は相手の表情を見て、相手の反応を感じて言葉を選んで返す。

相手は必ず自分に向けて話しかけてくれる。

このキャッチボールが心地いいんです。

 

 

ところが、 3 人以上になるとボールが同時に何個も飛んでくるんですよ。

 

そして誰に投げればいいかもわからない。

今自分が投げていいタイミングなのかも分からない。

しかも自分が投げたボールが誰にも受け取ってもらえなかった時のあの気まずさを知っているから怖くなる。

 

 

だから受け取るだけになってしまうんです。

 

 

 

でも、これは能力の問題じゃないんです。

 

ただただシステム回路の設計が違うだけなんですよ。

 

 

 

 

 

2 つ目、中身のない会話に体が反応しないということ。

 

 

ここが人見知りとの決定的な違いなんです。

 

 

人見知りの人は話したいけど、緊張して話せない。

でも集団で黙る人は、話す内容がないから話さないんです。

 

「昨日何食べた?」とか「あのドラマ見た」とか「天気いいですね」とか、こういう何気ない会話に体が反応しないんですよ。

 

頭の中でそれを話してどうなるんだろうって無意識に考えてしまう。

 

別に見下してるわけじゃないんです。

ただ、脳が本気で興味を持てないんです。

 

でもそのかわり人生の話とか誰にも言えない悩みとか本当はこう思っているんだよね、実はさあ・・・みたいな話になった瞬間に急にエンジンがかかるんです。

 

目の色が変わるんですよ。

 

 

つまり、会話のスイッチが量じゃなくて質で入るタイプなんです。

 

薄い会話を 100 回するより深い会話を 1 回する方が何倍も満たされるんです。

 

 

 

でもね、だからって黙っている間何もしていないわけじゃないんです。

 

それが3 つ目、集団の中でずっと黙っている人を見て、この人退屈なのかなと思う人がいるでしょう。

 

 

実は全然違うんですよ。

 

 

 

黙っている間ね、頭の中はフル回転しているんです。

 

 

あの人さっきから笑っているけど、目が笑っていないな。

この人の話さっきと矛盾している。

あの 2人の間の空気感、なんか変だな。

リーダーの人、今日は機嫌が悪いなぁ。

 

こういう情報を目まぐるしく同時に処理してるんです。

 

 

まるで部屋にセンサーを何十個も設置して、全員の感情を同時にモニターしているような状態。

 

 

 

だから疲れるんですよ。

 

 

 

話していないのに話してる人の何倍もエネルギーを使ってるんです。

 

しかもこのセンサーは自分ではオフにできないんです。

 

複数の人がいる限り自動的に起動してしまう。

 

大人数の場所にいると情報量が多すぎて回路がショートするんです。

 

 

 

ですから、これが集団の中にいた後にどっと疲れる本当の理由なんです。

 

話していないのに疲れるのは怠けているからじゃない。

センサーが誰よりも高性能だからなんです。

 

 

でも、このセンサーにはもう 1 つの特性があるんですよ。

 

それは、集団の中でやり取りが行われている間に、誰が困っているか、誰が孤立しているか、誰が無理しているか、

これらが全部見えているんです。

 

そして会話が終わった後にその人にそっと「さっき大丈夫だった?」って、声をかけるのもあなたみたいなタイプなんです。

 

 

 

黙っている人は見えていないようで、実は誰よりもたくさんのことが見えているんです。

 

 

 

 

 

そして4 つ目、沈黙はそんなに悪いことだとは思っていない…ということです。

 

 

実は多くの人は、沈黙を怖がるんです。

 

何か話さなきゃ、空気が気まずいくなる、このままじゃヤバイ、何とかしなきゃって。

 

だから意味のないことでも喋って場を埋めようとする。

 

そのため、あさーい、うすーいトークになっちゃうんです。

 

 

 

でも集団で黙っちゃう人は沈黙を怖がっていないんです。

 

むしろ、沈黙に価値があることを知っている。

 

言葉にしなくていいことは、言葉にしない方がいい。

場の空気を壊してまで無理に発言しなくていい。

黙っていることで守れるものがある。

 

 

 

 

実はこの感覚はとても成熟してるんですよ。

 

 

世の中の多くのトラブルは、言わなくて良かったことを言ってしまったことから始まるんです。

 

ですから、黙っていられるというのは弱さじゃないんです。

 

言葉の重みを知っているということなんですよ。

 

 

 

 

 

最後に5 つ目、最も重要なことです。

 

 

集団で話さなくなる人は、実は最も深い繋がりを作れる能力者なんですよ。

 

 

 

考えてみてください。

 

広く浅くたくさんの人と話せる人は確かに場を盛り上げるのが得意です。

 

でもね。その人たちの人間関係は 10人いてもどこか表面的だったりします。

 

 

一方、集団で黙っちゃう人はどうか?

 

 

数は少ないけれど、1 対 1 でじっくり時間をかけて相手の奥深くまでは言っていける。

その人にしか話せない話を引き出せる。

その人にしか見せない顔を見せてもらえる。

 

 

広く浅い 100 人の知り合い と 深く繋がった3 人の親友、

 

あなたの人生を本当に支えてくれるのはどちらですか?

 

 

集団で話さないのは、社交性がないからじゃないんです。

 

あなたという人間のシステム回路が、深い繋がり専用に設計されているからなんです。

 

 

 

だからね。

飲み会で黙ってしまう自分を責めなくていいんですよ。

会議で発言できなかった自分を情けないと思わなくていい。

 

あなたは壊れているんじゃないんです。ただ、大人数の浅い会話仕様に設計されていないだけ。

 

その代わり 1 対 1 の深い関係づくりにおいては、あなたの右に出る人はいないんですから。

 

 

 

もし今自分のこの性格を直したいと思っているなら 1 つだけ言わせてください。

 

 

直さなくていいです。

 

 

あなたのその静けさの中に誰にも真似できない深さと温かさと誠実さがあるんです。

 

 

それに気づいてくれる人は必ずいますから。

 

そしてその人はきっと大人数の飲み会ではなく、2人きりの静かな場所であなたの話にじっと耳を傾けてくれるはずですよ。

ガサツな人って、正直苦手です。

 

 

トイレの個室に入っているとき、ドアノブをガチャガチャってして、コンコンコンって3回以上ノックしてくる人がいるんですよ。

 

しかも女子は知りませんが、男子トイレって、結構な割合で。

 

 

あれ、 何で?

 

 

鍵のとこみたら、赤になってますやん!

 

なんでそれ見んの?

 

見たら入ってるのわかるやん!

 

いや、見んでもだいたい気配で入ってるかわかるやん!

 

 

なのになんでわざわざガチャガチャしたりコンコンコンってするの?

 

 

落ち着いて用を足せません!

 

 

 

 

で、こんなことみんなどう思うんかな?と思ってネットで検索してみたんです。

 

 

 

すると…

 

 

 

見つけました見つけました。

 

 

某知恵袋ってやつです。

 

 

 

ちょっと引用しますね。

 

 

 

トイレをしてる時にドアをコンコンと、ノックする人の意味がわかりません。出すものは出さないといけないし、中に居るか居ないかはわかりますよね?この前なんかオッサンに、ノックした後ドア越しでわざと僕に聞こえる大きさで何度も「はぁ~」と、溜め息をされました。

これは一種の脅迫じゃないですか?

 

質問なんですが、ノックをしたことのある人はいますか?いたら意図を教えてください。後、ノックされた時どうゆうリアクションをすればいいか教えてください。

 

 

 

 

これに対する回答が色々あったんですが、気になったやつを2つ紹介します。

 

 

 

回答Aさん

 

中に人がいるか確認のため。

入っているのに鍵が壊れてたり閉め忘れで開けてしまうのが怖いのでノックはマナーだと思います。

小さい頃そう教わりました。

マックのバイトでもトイレの清掃時、鍵がかかってない状態でもノックをして返事がないのを確認してからでないと開けません。

清掃以外に勤務中トイレ借りる時もノックが規則です。

鍵が壊れていて赤でも入ってなかった経験もあります。

2つめは時間に余裕がない時やしばらく待っても出てこない場合に

次の人いますよって意味でノックします。この場合、中に洗面器もあり化粧などができるトイレで多いです。

ノックされたらノックで返すのが常識だと思います。

 

 

回答Bさん

 

分かる!!良く分かります(笑)私女ですがドアの鍵のところ赤くなってんでしょ!!って。思いますよ!!でもたまに何もない(閉まってるか、開いてるか分からない)扉があるんですよ。おまけに扉が開いている状態が普通じゃなくて、閉まっている状態が普通だと開いているか使用しているか分からない・・そのためのノックですね~~

びくってしますよね・・・

まあ、早く出てって意味もあると思いますけど。ノックされたら普通ノック仕返すらしいですよ~~

 

 

 

この質問には非常に共感します。

 

で、これに対する回答なんですが、このAさんとBさんの回答の仕方が特徴的だなぁと思ったんです。

 

 

みなさんは、この回答を見てどんな印象を持ちましたか?

 

 

 

おそらくAさんは、男性でしょう。

Bさんは女性じゃないかと推察します。

 

 

 

これ、男女の決定的なコミュ力の差が出てますよね。

 

 

 

僕は質問者と同じ気持ちで読みました。

そしてAさんの回答を読んで、あまり気持ちのいい印象を受けませんでした。

なぜなら…

 

 

あまりにも正論だからです。

 

 

間違ってませんよ。

確かに質問に対して、そのまま明確な答えを書いてくれています。

 

けど・・・

なんか気分良くないんです。

 

ノックはマナーだと思います。

ノックが規則です。

ノックされたらノックで返すのが常識だと思います。

 

 

正しいことを言ってますが、

この正論モンスターとは、あまり会話を続けたい気持ちにはなれません。

 

 

 

一方、Bさんの回答はどうでしょう。

 

分かる!!良く分かります(笑)

びくってしますよね・・・

ノックされたら普通ノック仕返すらしいですよ~~

 

 

 

もう、おわかりですよね。

 

 

共感なんです。

 

 

 

気持ちに寄り添ってますよね。

らしいですよ~~

 

ちゃんと回答もしてるし、リアクションをどうすればいいか、ガサツ側の心理も説明してくれてます。

 

でも らしいですよ~~  って言い方も秀逸ですよね。

 

 

 

 

質問者は、答えを欲しがってるんじゃないんです。

 

言葉では答えを欲しているようにみえますが、その裏側の感情を読み取ってください。

 

 

 

わかってほしいんです。

 

 

 

このモヤモヤした、落ち着いて用を足せなかったジレンマを!

 

 

 

私ならそんなトイレに入ってる人に「早く出ろ!」的な圧力的行動はしないのになんでそういう配慮ができない人が多いんだぁ!という心の叫びを!    

若かりし頃、富士山を見に行きたい!という衝動に駆られて、

 

「富士山の見えるホテルに泊まって、富士山を見ながら温泉に浸かって癒されるぞ!」

 

と意気込んで計画しました。

 

 

さあ、その時の計画基準はこちらです。

 

 

まずは景観!部屋から富士山が優雅にみられる立地。

 

それから、温泉です。湯につかって富士山が拝める!は外せません。

 

そして、口コミや評判が大事。みんなが「良かった」と言ってるところは安心です。

 

ただ、当然、お値段も重要で、そんなに贅沢ができるほどの経済的余裕があるわけでもありません。

 

 

つまり、圧倒的コストパフォーマンス重視なわけです。

 

 

言い方をもっとわかりやすく言うと、

 

 

お得に泊まりたい!

 

 

これです。

 

 

 

これね、「損したくない」「得したい」と考えると、非常にしんどいということを思い知ったんです。

 

 

 

だってね、調べれば調べるほどめっちゃいっぱいあるわけですよ。

 

 

まず富士山の見え方は、場所によって違います。

 

調べていくと、ただ見えればいいというわけではいかなくなります。

 

 

他の山との調和、街との調和、自然との調和・・・

 

富士山の周りには湖がたくさんあります。

 

 

河口湖に見える富士山、本栖湖に見える富士山・・・

 

湖は5個ありますからね。

 

 

湖の景観だって千差万別です。

 

その上で温泉からのビューがあって、値段が安くて、飯が美味くて・・・

 

 

途中で選ぶのがしんどくなりました。

 

 

 

結局どうなったかって?

 

 

 

雨でなーんも見えずに終わりました。

 

 

 

私たちは、常に「なんとか損したくない」「少しでも得したい」と思って選択決定しようとします。

 

 

 

スーパーのレジに並ぶときは、前の人のかごに入っている買い物の量をみてどこに並ぶか決めますよね。

 

「あのおばちゃん、少ないからあのおばちゃんの後ろに並ぼう」

と思って並んでたら、そのおばちゃん、財布から小銭を1枚1枚出してゆっくりゆっくり…

レジのお兄ちゃんも研修中で、モタモタしてる…

隣のレジをちらっと見たら、あんなにかごの中いっぱいだった前の人がスイスイと進んでるやん!

 

失敗した!あっちだった!損した!

 

なんてよくありません?

 

 

「なんか自分が入ってるシフトのときだけやたら忙しい」

「今日は休日なのに会社に呼び出された」

「懐かしい友達に誘われて飲みに行ったけど、ぜんぜん楽しくなかった」

「安売り!のチラシを見てスーパーに行ったらほとんど売り切れだった」

「安売り超お買い得と書いてあった野菜を買って帰ったら、腐ってるのが入っていた」

 

 

 

私たちは、「得したい」と思えば思うほど、結果的に損するんです。

 

 

 

ここまで書くともう分かりますね。

 

 

損の裏側にくっついているのが「期待」です。

 

 

あいや、もう一度言います。

 

 

損の裏側には、自分の 勝手な 期待

 

 

これをしたのだから相手は自分のことをよく思ってくれるのではないか。

好かれるのではないか。

「ありがとう」と言ってくれるのではないか

 

 

ぜーんぶ

 

 

勝手な期待です。

 

 

 

 

勝手に期待すると、しんどくなります。

 

 

期待が強すぎるほど、落差による傷つきは大きいものです。

 

 

 

もういいわ。

 

 

 

富士山は別に見えなくてもいいわ。

レジは遅いほうがええねん。

みんなよりたくさん仕事してやろう

恥かいてもいいわ

損してもええわ

 

 

まあええわ。

 

 

損したほうが実は楽しい!

 

人がネガティブな感情を抱く時って、だいたい共通していることがあります。

 

それは、「損した」と思った時です。

 

 

 

例えば、財布の中に一億円入っていたとして、そのうちの千円落としたら、落ち込みますか?

 

毎日、暇で暇で時間を持て余している時に、誰かに10分待たされたとして、怒りますか?

 

あなたは毎日いろんな人から褒められて、すごいね、素敵だね、君は最高だね、賢いねと言われ続けていたとしたら、ある一人の誰かから「あなたバカじゃない」と言われても、へっちゃらなことないですか?

 

 

 

私たちが、怒ったり悲しくなったり、落ち込んだりする時は、「自分には、それがない」と思った時なんです。 

 

「お金がない」

「時間がない」

「愛情がない」

「能力がない」

「魅力がない」

 

こんなふうに、もともと自分が何かを持っていない、少ない、足りないと思っているから、「奪われた」「もらえなかった」「損した」と心がざわつき出すんです。

 

 

 

「あの人の態度にグサッときた」

「あんな言われ方をするなんてひどい」

「目が笑ってなかった」

と私たちはよく傷つきます。

 

その傷ついた時には、やっぱりあるものが減っているんです。

 

 

それは、「自分を大切に思う気持ち(自尊心)」が減っているんです。

わずかしかないと思っている「自分を大切に思う気持ち(自尊心)」が、さらに目減りしてしまった…と思うから、傷ついているんです。

 

 

そう。

 

そもそも自分は、自尊心が少ないと思っている。

つまり「残量わずか」なのに「減った」と思うから、傷つくんです。

 

 

 

これ

 

 

前提の問題なんです。

 

 

私たちが何だかいつも抱えている、ぼんやりとした不安、寂しさ、人と関わることへの恐怖感、怒りや悲しみ・・・

 

これらの感情は、そもそもの前提として、「自分には、ない」という思いからスタートしているんです。

 

 

ですから、この前提を書き換えていくことが何より重要なわけです。

 

 

 

逆に言えば、この前提を変えれば人生が変わるんです。

 

 

ボタンの掛け違いと同じです。

 

上からボタンを留める人は、一番上のボタンをかけ間違うと、順々に全部が狂ってきます。

ですから、一番上のボタンを正しく留めると、下のボタンも順々に整っていくわけです。

 

 

さあ、声に出して言ってみてください。

 

「自分にはいっぱいある」と。

 

「実はいっぱい持っている」と。

 

「私は満たされている」

 

「私は価値ある存在だ!」