私が、この年縞博物館に行った時、ノアの洪水の事を念頭において展示物を見ていた人は果たして何人いたでしょうか。

おそらく私だけであったかと思います。

それくらい、今を生きる私たちにとって、『ノアの大洪水』は既に神話であり、今更検証する価値は無い様にも思えます。
実際、それが分かったとしても、我々の明日は、ただ予定通りのスケジュールをこなす日常が待っているだけですから。

しかし、ある出来事が「歴史上の事実」だった場合と、そうで無かった場合とでは、確実に違う作用がもたらされます。

「歴史上の事実」なら、それには、必ず原因、要因があるはずです。
その原因の積み重なりの結果が、現在につながるのなら、因果関係を突き止めようと努力するでしょう。
そして、原因を突き止めたなら、結果を回避する方法を突き止め、自分たちまで同じ結果を招かないように(もしくは招くように)努力するでしょう。

一方で、その出来事が『歴史上の事実』ではない、と判明した場合。
事実でないなら、それは創作だという事になります。では、誰が何のために創作したのか?
なぜ、その事を「でっち上げ」る必要があったのか?そちらに注目が行きます。
その創作者の目的は何か?それを知ろうとするでしょう。

………………

ノアの大洪水が、現実に起きたと信じているエホバの証人や、聖書の原理主義者は、自分たちも滅ぼされないために、戒律を厳格に守ろうとします。
そうしないと、神の怒りを買って、「ちょうど人の子(キリスト)の臨在の日はノアの日のようである」とある、「神の裁きの日」に不興を買う事を怖れての事です。
それは、細かな日常の禁止事項から、輸血拒否に至るまで、その全てを支配し、宗教組織に属する事、進学、就職、結婚、人生の全てのイベントに影響を及ぼします。

一方で、この聖書の記述が、「創作」だと結論付けた人達は、最終的に、どこに目を向けるでしょうか?
「作者の意図は何か?」
この一点だけです。
つまり聖書は「水戸黄門」と同じく、勧善懲悪つまりただ「悪は滅び、善は残る」と伝えたかっただけなのかもしれません。現実には必ずしもそうではないからこそ。
また自然災害は神からの怒りとする自然への怖れと敬意も、この古代人の信仰の背景かもしれません。


昔の人たちの社会にとってのこのメッセージ
つまり
〜「いつか悪は滅び、善は報われる」〜
そして理不尽な死を遂げても、精一杯の善を成し遂げた者を神は忘れるはずはない。

故に死への恐怖によって、現実を誠実に生きる事を妨げられてはならない。というこのストーリーが述べたい事。

それは、生き残るために「教理を守れ」ではなく、生き方として「人間らしく善人たれ」と受け取った方が、より作者の意図に近いのではないかと私には思えました。しかし同時に、その意図は自ずと当時の宗教的支配者や統治者にも好都合に利用されたに違いありません。そのままのこの話を受け入れた彼らは、同時に当時の社会の「何か」を受け入れていたのかもしれません。

***

水月湖周辺や、日本各地に生きていた縄文人は、確実に我々の祖先であった。
彼らが、さまざまに襲いかかる気候の変化にもくじけず、文明の利器などない時代に飢えや寒さに怯えながらも、命を繋いでいたお陰で、私たちは今を生きている。

そして、この私たちも、いつの日かここから誰一人居なくなる。
いつしか縄文人と同じく過去の遺跡の中の骨となり、消えていく運命であるのです。

未来の日本人、いや地球人は、私たちから何を知るのだろうか。
この時代の作家さんが著した『長編ドキュメンタリー小説』の中の、ある出来事を拡大解釈して教典とし、将来の自分たちの生活を縛るルール作りに励むだろうか。
私たちは、そうして欲しくて書物を残すだろうか。

私の親でもあるエホバの証人の行っている事は、聖書を書いた人々が、本当に意図していた事だろうか。
聖書が書かれた目的は、何だったのか。曇りのない目で読んで欲しいと切に願います。

もう一度起こる「ノアの大洪水」ならぬ「神の裁き」を恐れ、狭い過去の教理に囚われて、自分とその教団が生き残るために、今の人生や、家族のささやかな幸せを棒に振るためか。

それとも、
一度きりしかない人生を信じて、
その不確実で予測できない未来を信じて、最善の努力を尽くすか。
そして悔いなく善意の元に平和な一生を送る事か。

本当に生きることの意味を知っているなら、死ぬことも受け入れられるはずである。

私はそう思うのです。




水月湖関連記事の終わり



参照文献一覧

★「人類と気候の10万年史」中川毅著 講談社
★「時を刻む湖」中川毅著 岩波科学ライブラリー
★「年縞博物館解説書」編集・発行 福井県年縞博物館
★「地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候の過去・現在・未来」
ブルーバックス 横山裕典著 講談社
★チャート式シリーズ新化学I  数研出版
★センサー地学Ⅰ.Ⅱ  理科総合B  啓林館
★フォトサイエンス化学図録 数研出版



あとがき

このシリーズを書き終えて、今。
まず、何事も客観的に人に説明するのは、なかなか難しい事と改めて思い知りました。結果的に、この素人記事が分かりにくく、解説の深度が統一されていない事をお詫びします。

私としては、テーマを絞って沢山の勉強が出来たことが何より楽しかった。難しい事だらけで理解に苦しんだ点も多かったが、全て驚愕の連続で、夢中になれたことは爽快でした。
また、元Jとしての自分の価値観からこのテーマを扱えたことが私にとっては新しい経験でした。

まとまった勉強には時間も根気も必要ですが、1つ1つの知識が別の知識と結びついて、更なる理解に導いてくれる楽しみを思い出す事が出来ました。

ただ読者の皆さんにしてみれば、素人が無理して本人すら訳の分からない理論を解説しているわけで、読んでいて楽しくも面白くもなく、混乱の極みであったか。と申し訳ない気持ちです。

どうか田舎人の暇つぶしとお見逃しくださいませ。

ほほこ

読者からのリクエスト、「ヤンガードライアス期=いったん温期になってからの氷期への逆戻り」について、将来、補足記事を書くかもしれません