2017年

 

10月4日、中秋の名月でしたね。

 

 

中秋の名月とは、

 

お月見をする日に見る月のことです。

 

 

 

月見だんごを食べる日ですね。

 

 

 

 

ただ実はこの中秋の名月、満月とは限りません。

 

 

 

2017年10月の満月は、10月6日でした。

 

 

 

 

実はこの中秋の名月、太陰暦で見ても太陽暦で見ても

ほとんど満月の日ではありません。

 

 

 

 

多くが満月の1,2日前です。

 

 

 

 

ではなぜそれが名月なのでしょう。

 

 

 

 

それは不完全だからです。

 

 

 

 

 

 

日本人が美しいと思うものってなんでしょう?

 

 

 

 

日本人が美しいと思うもの第1位

 

 

 

 

 

 

 

 

花です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だから男性が声をかけるのをためらうような女性を

高嶺の花って言いますよね。

 

 

 

 

他にも日本人が花が好きな証拠はたくさんあります。

 

 

 

 

 

春になれば花見

 

 

 

夏は七夕

 

 

 

秋は紅葉やキンモクセイ

 

 

 

冬は七草

 

 

 

 

節句に限っても、

 

 

人日の節句

 

桃の節句

 

端午の節句

 

笹の節句

 

菊の節句

 

 

全部草花が関係しています。

(草もありますね笑)

 

 

 

 

もしも花に欠点がなかったら、どうでしょう。

 

 

 

季節を問わず咲き乱れ

 

 

枯れることもなく

 

 

人の手で簡単に育てることができ

 

 

香りもよく

 

 

食べても美味しい

 

 

 

 

こういうのが365日続いていたとしたら、当たり前になりませんか?

 

 

 

 

 

 

 

 

空を見て、美しいなあと思ったことありますか?

 

 

 

 

ではそれを、毎日思う人はどれぐらいいるでしょう?

 

 

 

 

 

あれほど美しい青空も

 

日本では、1日のうちのせいぜい半分しか見ることはできません。

 

 

 

 

 

 

 

ダイヤモンドが美しいと思う人もいるでしょう。

 

 

 

 

でもそのダイヤモンドさえ、炎にくべられれば燃えてなくなってしまいます。

 

 

 

 

 

どれも不完全です。

 

 

 

 

 

 

 

人には五感というものがあります。

 

 

 

 

 

目で見て美しいもの、たくさんあります。

 

 

 

 

 

でも五感を使うと、よりその美しさが際立つのです。

 

 

 

 

 

なぜ冬の星空が、あんなにも美しいと感じるのでしょう。

(もちろん、科学的な理由はありますけどね)

 

 

 

 

なぜ雪化粧をした、桜があんなにも美しいと感じるのでしょう。

 

 

 

 

なぜ雨上がりのアジサイが、あんなにも美しいと感じるのでしょう。

 

 

 

 

なぜアスファルトを押し上げる、たんぽぽが美しいと感じるのでしょう。

 

 

 

 

 

 

それは僕たちには五感があるからです。

 

 

 

 

 

 

 

その時その場の

 

 

風の流れ

 

空気

 

気温

 

明るさ

 

香り

 

音

 

喧騒

 

 

 

だから思い出は色褪せないんじゃないでしょうか。

 

 

 

五感が覚えているから。

 

 

 

 

 

 

そしてその五感を使った時

 

 

 

 

人間は不完全なものに美しさを感じてきたのです。

 

 

 

 

 

音楽を聴いて

 

 

美しい旋律

 

 

とも言いますよね。

 

 

 

でも音というのは波で、

常に揺らいでいるのです。

 

 

1箇所にとどまることはありません。

 

 

 

 

 

 

 

宇宙飛行士は、青いこの地球を見て涙を流すと言います。

 

 

 

こんな美しい星は他にはないと。

 

 

 

奇跡だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

でもこの地球だって、まん丸ではありません。

 

 

 

 

わずかに歪んだ形をしているのです。

 

 

 

 

 

 

不完全ですね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不完全なものが美しい

 

 

 

 

 

そういう価値観を、人は持っているのです。

 

 

 

 

もっと言えば、

 

 

 

この宇宙に存在するものだから、美しいのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

それに比べたら、人が決めた「容姿の醜美」なんて、取るに足りないことですね。

 

 

 

 

 

それで競うのも、磨くのも素晴らしいことです。

 

 

 

 

 

 

現代の美人と、平安時代の美人は違いますね。

 

 

 

 

 

でも、

 

 

花の美しさ

 

所作の美しさ

 

言葉の美しさ

 

生き方の美しさ

 

 

 

色褪せませんね。

 

 

 

 

 

誰もが美しくなれます。

 

 

 

 

不完全な自分だって美しいのです。

 

 

 

 

完璧こそが美しい。

 

 

 

それはそれで素晴らしいです。

 

 

 

 

でももしそれにとらわれて、

自分の美しさが見えなくなっているとしたら

 

 

 

不完全なものこそが美しい

 

 

ということを思い出してみてくださいね。

 

 

 

 

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人の話を聞く立場の人、いますね。

 

 

カウンセラー

 

マネージャー

 

社長

 

占い師

 

コーチ

 

先生

 

親

 

 

他にもあると思います。

 

 

 

時々、人の話を聞く立場の人が、こんなことを言います。

 

 

 

私だって自信がないのよ

 

 

 

男性の多くは、自分の弱みを見せることをよしとしないので、

こういうことを言うのは女性が多いように思います。

(男性は自信がなくても言わないだけだったり)

 

 

 

でももし、あなたが人を導く立場の人だとしたら、そんなあなたに

 

人を導く資格はありません。

 

 

 

 

 

 

 

 

僕が自信を失ったのは5歳の時でした。

 

僕の両親は毎日のようにケンカばかり。

 

 

 

両親がケンカをすると子供の心は不安定になります。

 

 

僕は毎日が不安になりました。

 

 

お母さんもお父さんも、全然幸せそうじゃありませんでした。

 

 

 

 

そんなある時にお母さんが、冗談で僕にこういいました。

 

 

「お母さんがお父さんと一緒にいるのは、

 お前たちがいるからだよ」

 

(僕は弟と二人兄弟です)

 

 

何かネガティブな思いで言ったわけではないと思います。

 

 

きっと意訳すると、

「お前たちがそれだけ大切なんだよ」ということだったと思います。

 

 

でも5歳の僕に、そこまで慮ることはできませんでした。

 

 

 

 

そして僕はこう思ったのです。

 

 

「僕って…生まれてきてよかったのかな…」

 

 

 

 

そこから僕はネガティブになりました。

 

「どうして僕は生まれてきたんだろう」

 

 

自己否定の毎日です。

 

 

 

僕の研究によると、

自分のことが嫌いで、自尊心の低い人はいじめられます。

 

当時の僕のことです笑

 

 

 

 

そして11歳の僕はこう思いました。

 

「なんで(なんのために)僕は生まれてきたんだろう」

 

 

 

 

真剣に考えました。

 

答えは出ませんでした。

 

 

そして生きる意味を求めていた僕は、

生きる意味がわからなかったので、「死にたい」と思うようになりました。

 

 

14歳になり、

「音楽で人の心を救いたい。そして自分の存在意義を見いだしたい」

 

 

そう思った僕は音楽の道を志すことになりました。

 

 

理想の自分と今の自分のギャップに苦しむ毎日。

 

 

 

夢を叶えなければ生きる意味がないと決めたため、

どんなにいいことがあっても未来に希望は持てず。

 

 

 

人を励ます時も

 

「大丈夫、お前なら絶対できるよ!

 できないわけがない!!」

 

なんていいつつ、その心の中は

 

なぜなら無価値の自分にできて、

価値のあるあなたにできないわけがないから

 

と思っていたり、

 

 

 

自分よりできない人を見ては

 

こんな無価値な自分にできることが、どうしてこの人にはできないんだ??

 

と思って混乱しながらも過剰に厳しくしてしまったり

 

 

 

20歳までの僕はまさに

 

陰キャ

 

コミュ障

 

オタク

 

 

そして卑屈で批判的。

 

まさに嫌われる人間として完璧なハーモニーを奏でていました。

 

 

 

 

 

 

28歳になり、25年間続いたネガティブな思考を

完全に捨て去ることができ、

真の自信を取り戻しました。

 

 

 

今までの自分が

 

どうして人を励ませなかったのか

 

どうして愛が足りなかったのか

 

どうして人を救うことができなかったのか

 

 

そしてどうして自信がなかったのか

 

 

全てを理解することができました。

 

 

 

 

 

 

 

男性と女性のコミュニケーションの大きな違いは、

 

共感

 

にあります。

 

 

 

 

 

もちろん男性にもありますよ。共感。

 

 

あの上司がさ〜

 

わかるわかるー

 

 

あの仕事の時はさー

 

わかるわかるー

 

 

 

男性だって共感してもらえたら嬉しいですよね。

 

 

ただ会話の目的が共感ではないことが多いです。

 

 

 

 

男性の会話で例えば相談事だったら、

基本的には解決が主軸だったり、

目的があることが多いです。

 

 

仕事の悩み、転職の悩み、友人関係、お金など、

「どうしたらいいと思う?」というのが多いように思います。

 

(お酒が入るとその限りではありませんが笑)

 

 

 

 

それに自分の弱い部分を見せる、

それはある種のコミュニケーションスキルでもあるし

親近感を覚えますよね。

 

 

 

 

でもね、あなたがもし本当の自信を持っていないなら

 

どうやって人に

真の自信を取り戻すことができますか?

 

 

 

 

あなたを慕う人は喜ぶかもしれませんね。

 

 

「あの人も自分と同じなんだ」

 

「自分もあの人みたいになれるかも」

 

「親近感が湧きました!相談しやすい!」

 

 

 

 

さぞかし人に慕われて気持ちいいでしょうね。

 

 

 

 

人に勇気を与えている感

 

人を励ませている感

 

人の役に立っている感

 

 

 

 

でもそんな人についていった人たちは不幸です。

 

 

 

 

信じてついていった人には、本当の自信がなかったら?

 

 

あの人みたいになってはみたけど、

心の中に満たされない部分が残っていて、

死ぬ直前にも克服できなかった。

 

 

みんなといると元気だけど、一人でいると不安で仕方ない。

でもそんな私も、明日は人を励ます立場!

 

 

努力を続けたけどうつになってしまった。

 

 

 

こんなことが起きると思いませんか?

 

 

 

 

なんでしょうね、この連鎖。

 

おかしくないですか?

 

早く目を覚ましてください。

 

 

 

 

 

女性と男性に大きく違う部分はいくつかありますが、

女性には月の周期というものがありますね。

 

 

これは肉体的な部分だけでなく、

肉体に連動したホルモンの作用などにより、

精神的にも大きく揺らぐなど影響が出てきます。

 

 

 

それは仕方ないです。

 

周期ですから。

 

 

1週間から10日ぐらいの間、

 

気分が上がらない

 

ちょっとしたことで落ち込む

 

なんだかイライラしてしまう。

 

 

 

そんな時もあります。

 

 

 

僕はそんな時のことを言っているわけではありません。

 

 

 

 

そんなのせいぜい1ヶ月の3分の1ですよね?

 

 

他の3分の2はどうなのか

 

 

ってことを言っているんです。

 

 

 

 

 

 

 

それとあなたの言っている、自信がないこと。

 

 

それは本当に自信がないのでしょうか?

 

 

時々、不安なことと自信がないことと、

区別できていない人を見かけます。

 

 

 

自信がないのと、不安なことは違います。

 

 

 

 

不安とは、

 

明日遅刻したらどうしよう…

 

告白してふられたらどうしよう…

 

台風がきてる、無事に帰れるかなあ…

 

 

こういう、未来に対するネガティブな妄想が不安を生みます。

 

 

今に集中すれば、不安は消えてなくなります。

 

 

 

そして、これらと自信がないことは、明確に違います。

 

 

 

 

 

自信があるというと、日本人は

 

自信過剰ではいけない

 

などと、まるで自信を持つことがいけないことのように言う人がいます。

 

 

 

 

自信過剰って、こんな感じじゃありませんか?

 

 

自分の言ってることは間違ってない、

自分の方が優れているのだから、あなたより正しい

 

自分が失敗すると思えない、だからこれをやることに間違いはない

 

あなたの言うことは聞かない、なぜなら自分の方がうまくやってるから

 

 

 

こういうのを自信過剰というのかもしれません。

 

でもこれは自信があるのではなく、

 

ただのアホです。

 

 

 

 

自信とは、自分を信じるということです。

 

 

自分を信じるとは

 

 

これはもしかしたら失敗する可能性もある、

でも失敗しても自分ならなんとかできる、

何があっても大丈夫だ。

 

 

どんな困難でも、自分が決めた道なのだから、

必ず道は開ける

 

 

周りは反対するけれど、これが自分の望むこと。

だからそこを目指すんだ。たとえ間違っていたとしても。

 

 

 

このように、自分自信や、自分が決めたことを信じるということです。

 

 

何があっても大丈夫

 

失敗しても大丈夫

 

全てはうまくいっている

 

自分の心に従ったのだから、後悔はない

 

 

そう強く信じることですよ。

 

 

 

 

それもなしに、

 

どうやって他人を信じるんですか?

 

 

 

自分の人生、失敗したら取り返しがつかないかも

 

うまくいかなかったら人生終わりだ

 

心に従ったけど、やめておけばよかったかも

 

 

 

 

そんな風に考えている人が、他人の挑戦を純粋に応援し、

 

どんなことがあっても絶対に大丈夫

 

 

そんな風に思えますか?

 

 

 

 

冷静に考えて、

 

信じているとは言いがたいですよね。

 

 

 

 

自分を信じられない人に他人は信じられないし

 

自分を信じられない人に励まされる人は不幸です。

 

 

 

仕事も、友人も、恋人も、お金も、夢も失っても

あなたは自分のことを信じることができますか?

 

 

 

それがあなたの自信の程度です。

 

 

 

自信が持てない原因があるならば、

さっさとそれを取り去りましょう。

 

 

 

自分を信じてください。

 

 

強く、強く。

 

 

 

 

 

 

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僕は完璧主義です。

 

知らず知らず100点をとろうとしてしまうんです。

 

でも人生に100点はありません。

 

 

なので100点を目指すと人生はうまくいかないし、

自分の長所さえ見えなくなります。

 

 

 

 

 

小学生の頃、

 

僕はテストで90点以上をとるのが当たり前で

裏面の問題を解き忘れて73点をとるより前は

86点を下回ったことはありませんでした。

 

 

 

 

100点の答案を見ると、お母さんはこういいました。

 

 

「頑張ったね」

 

 

そして、93点の答案を見ると

 

 

「次は頑張ろうね」

 

 

そういいました。

 

 

 

僕は当時、通信教育を受けていて、

勉強するのがとても楽しかったことを覚えています。

 

 

 

だからテストでいい点を取ることは、

僕にとって「頑張った」ことではなかったし、

 

テストで悪い点をとった理由も「頑張っていない」からではなかったんです。

 

 

 

でも言葉とは恐ろしい物で、その考えに支配されていきました。

 

 

 

そしていろいろなことがあり、

勉強もだんだんしなくなり、

 

僕は19歳になりました。

 

 

 

 

 

その時の僕は音楽学校に通っていて、

特に「演奏」に関しては一切の妥協をしませんでした。

 

 

お客様に喜んでもらえる演奏をするんだ

 

 

絶対にいいステージにするんだ

 

 

 

そんな想いだけがありましたが、

僕の口から、当時のバンドメンバーに出てくる言葉は

 

 

「あれができてない」

 

「これ先週も言ったよね?」

 

「そこ直して」

 

 

そんな考え方だった僕は、

次第にメンバーに嫌われていきました。

 

 

 

 

「お前は言ってることは合ってるけど、言い方が悪い」

 

 

 

先生にそういわれた、それが僕の「言葉を直す」取り組みの原点でした。

 

 

そしてそれまで19年かけて培ってきた口癖、

言葉遣い、話し方を全て自己教育し直し、

7年かけて言葉のすべてを直してきました。

 

 

 

その先生が、僕に教えてくれたことがあります。

 

 

「短所ばかり改善しても、平均的なミュージシャンになってつまらなくなってしまう。

 長所を伸ばすことで他にいないミュージシャンになれるぞ!」

 

 

 

 

僕はその当時、19年生きてきて、

 

 

「優しいね」

 

「頭がいいね」

 

「笑顔が素敵だね」

 

 

としか褒められたことがなかったのです。

 

 

 

でもそれをどう音楽に生かすのか、全くわかりませんでした。

 

 

ただ生きているだけなのに、自分の長所と現実が乖離しすぎていました。

 

 

 

「優しいだけの男に価値はない」

「優しいだけの男はモテない」

 

 

という思春期の男子の夢を打ち砕く言葉があったり

(悔しくてモテるために勉強しました笑)

 

 

 

いくら頭がよくても、その時の自分ではテストで60点前後しかとれなかったり

(目安としてIQで言えば、110〜130程度)

 

 

 

笑顔で過ごしていれば

 

「冨樫くんの笑顔って素敵だけど、裏に何かありそう」

 

なんて女の子に言われたり…

 

 

 

自分の長所も伸ばし方もわからないままでしたが、

28歳になってようやく自分の長所を見つけ受け入れることができ、

伸ばすことができるようになりました。

 

 

今では自分の長所を70個は挙げられるようになりました。

 

 

 

 

 

 

学生の頃に受けたテストを思い浮かべてください。

 

 

カテゴリーがあって、大問があって、

例えば試験なら英語のリスニングがあるかもしれませんね。

 

 

 

 

 

例えばテストが終わって、

 

大問1が満点の20点

 

大問2が、30点満点で15点

 

だとしたら、あなたはどちらを再度勉強しますか?

 

 

 

 

 

 

大問2ですよね?

 

 

つまり日本の教育を受けたあなたは

 

 

 

 

足りないところに注目し

 

 

できていることには目を向けず

 

 

得意なことではなく

不得意なことを伸ばす

 

 

 

 

こんな習慣が身に付いている可能性があります。

 

 

 

 

 

 

人生においては、満点はありません。

 

 

 

 

だとしたら、あなたが伸ばすべきは

 

 

 

 

大問1です。

 

 

 

 

 

そこに目を向けない、既に足りているところに目を向けないから長所が伸びないのです。

 

 

 

そしていつしか短所を伸ばすようになります。

 

 

 

 

ところで

 

 

長所

 

短所

 

 

とはどういう意味でしょう?

 

 

 

 

長い

 

短い

 

 

これって比較じゃありませんか?

 

 

 

 

 

例えば

 

 

縫い針が5cmだと長い

 

でも

 

定規が5cmだと短い

 

 

 

 

髪の毛が50cmだと長い

 

でも

 

足の長さが50cmだと短い

 

 

 

 

映画が4時間で終わると長い

 

でも

 

仕事が4時間で終わると短い

 

 

 

 

どうですか?

全部相対的なものですよね?

 

 

 

でもこれが

 

 

世の中の縫い針が全て5cmだったら、

それがふつうですよね?

 

 

世の中の人の髪の毛が、全て50cmだったら、

それがふつうですよね?

 

 

世の中の映画が全て4時間だったら、

それがふつうですよね?

 

 

 

 

わかりますか?

 

 

 

 

あなたが短所を伸ばせば伸ばすほど

 

 

長所が霞んで見えるようになります。

 

 

 

 

 

 

短所を伸ばすなって言ってるわけじゃないんです。

 

 

それがいつしか長所に変わる人もいるでしょう。

 

 

 

 

でも、今まで長かった部分、

伸ばしてこなかった、気にしてなかった部分にスゴイ可能性があります。

 

 

 

テストは100点で頭打ち。

 

だからできてるところはもういいです。

 

 

 

でも人生はそうではありません。

 

 

 

できてるところに可能性があるかもしれません。

 

 

 

 

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僕はコンサルタントって言ってるけど、本当はカウンセラーなんです。

コンサルタントを名乗っているのは、結果にコミットしてるからというのもあるけど、カウンセラーを名乗るのは本当はあまりしたくないというのもあるんですね。


なぜなら、素晴らしいカウンセラーもいる反面、とんでもないひどいカウンセラーの話もよく聞くからです。


心理学を学んできたのか経験があるのか、資格を持っているのか知らないけど、相手の意識が変わって、現実が変わって、幸せに生きるための手伝いをするために存在しているんじゃないの?って思うんですね。


カウンセリングはその手段でしかないし、将来的にはカウンセリングが必要ない世界が実現すると思ってます。


相手を説得したり、ただ原因を追求して相手を追い詰めたり、相手に寄り添って真の心の動きを探らずに、知識で判断していて、本当に悩んでいることが解決できると思ってるんでしょうか。


人の悩みを解決するのがカウンセラーなら、人の悩みを増やしてるのもまたカウンセラーだと思うんですね。


人の病気の原因が、食べたものやストレスにあるなら、それは「今までの自分の考え方や行い、食べ物や在り方」が肉体に症状として現れているという話なんです

(実際は家系も関係あるので、その人個人の人生だけの話ではないですけどね)


だとしたら、心だって「今までの自分の考え方や行い、食べ物や在り方」によって左右されていると考えるのが自然だし、必ずその中に心の問題を解決するヒントが隠されてるはずなんです。


適当なアドバイスや、薬でどうにかしようとするのが間違いとは言わないけど、結局は本人がどうなりたいのかが一番重要で、気質を除けば最終的には幸せに生きたいと思ってる人がほとんどです。


じゃあその願望はどこに隠されてしまったのか、何によって隠されてしまったのかっていう話なんです。


それを見つける手段をカウンセラーは持ってるはずです。


ふざけたことは本当にやめてほしいです。


 

<カウンセラーにキツイことを言われ続けて悩んでしまった、心療内科ジプシーをみっちーに助けてほしいと言われて>


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なんてこったい
有難い

 
「みっちーのお陰で成功できた。だからそのお礼に」って、嬉しい!!!

 
以前、勉強会を開催した時に、参加費500円なのに資料の印刷代がひとり450円かかったのを不憫に思ってくれたのもあるかもしれません笑
 
 
 
僕は自信もあるけど、

たとえ目の前の人がどんな状況、状態でも、
困難があっても、必ずそれを乗り越え、
自分らしく生きた先に幸せに生きて、
後悔なく死んでいける

そんな風に確信しています。

人間、死ぬときはみんなやらなかったことを後悔して死んでいく。

 
だから挑戦することにこそ価値がある

結果は結果として出るだけ。

必ずしも努力の成果=結果 じゃない

たいていは 努力>結果

 
でもそれでも挑戦する人を、僕は死ぬまで応援します!!