たとえば、「渡る世間は鬼ばかり」の登場人物が、全員「自分」だったら……と考えると恐ろしい。
人物のみならず、机や椅子も自分で出来ている。家、電車、地面や空、太陽も、ぜんぶ自分で出来ている。踏まれるのは自分、踏むのも、空でニヤニヤ笑っているの
も自分。厨房で料理される肉は自分、料理人は自分、食べている客も自分。トイレで気張っているのは自分、座っている便器は自分、便器に投下される
物体も自分。空気や臭気でさえ自分を溶かした何かでできている……。
これが、慢性的な呪い状態です。
他人への興味・意識が一切なくなる。脳内に自分しか存在できない。自分中心とは違い、他者を利用する気はない、利用できるほど他者を意識できない。自分についてしか考えられない状態で、自分地獄なのです。自分でできた自分の牢獄なのです。
関係ないけど、私は「渡る世間は鬼ばかり」を視聴したことがありません。すいません。題名が好きなだけなのです。
以前に書いたように、まず、急性の呪いがやってきます。発作的な激情に囚われ、後に残るのは追憶と無力感、生きている限り続く敗北、自己抹殺の誘惑。そのあと、残留毒のような、慢性的な呪いに冒されていきます。
その発生メカニズムをたとえるなら、中心に丸い穴の開いたテーブルに、一枚のテーブルクロスを敷いたところ。穴は自分の無意識、布は自分の意識です。
通常、テーブルクロスは表を向いています、意識は外界に向けて開いています。
では、穴の上の布に、重石=急性の呪いを置くと、どうなるか。
布を巻き込みながら、重石が穴に沈んでいきます。巻き込まれた布は、穴の中で向かい合い、内向きに接触します。
かくして布=意識は自分の中に閉じ込められ、お互いに向かい、永遠に噛み付き合う。
これが、自分にしか興味がもてない状態、自分にしか意識を向けられない状態です。
自己卑下、自己憐憫、自画自賛と自己否定だけが育っていく。
要するに、自意識なのです。
自意識過剰を通り越し、自意識しか存在していない状態。
慢性的な呪いとは、そのようなものです。
ストレスを取り除けば、たぶん軽減できるのでしょう。ストレスとは、他人に理解されない事、誰にも言えずに蓄積する閉塞感、過剰な自己過小評価、屈辱感や無力感、敗北感、世間による否定といったものです。
しかし、軽減する方法を、私は知らない……いや、知っていたが、それは敗北した。
自意識の牢獄から逃れるため、私は放浪を続けました。
動き続ける世界、めまぐるしく変化する環境。放浪健康法は効果的でした。外国語をしゃべるようになると、自分の中にもうひとりの自分が発生した。英語で考える時と、日本語で考える時は、どこか違っている。文法と表現作法の違いが、価値観に影響を及ぼすのです。私の外国語が未熟でボキャブラリーが足りないせいなのかも知れませんが、やはりどこか異なるようです。
だが敗北してしまった。
逃げ切れなかった、私は。
逃げた先で、自分の牢獄に閉じ込められてしまった。
「病的だが、病気ではない」
十代の終わりに、精神科医にそう云われました。言い得て妙というか。この中途半端さのおかげで、医者にかかろうとも治療はない。カウンセリングに関しては、おかげで 「放浪健康法」 にまでたどり着いたので、多少は効果があったようです。それももう無効になってしまいましたが……。
根治せず、器用に遣り繰りしている。本質的な問題を先送りしながら、巧みに延命しているだけ。自分の器用さに生かされている。
でも、もう疲れたのです。
無駄な生存本能のせいで自殺もできず、無駄に器用に生きているおかげで誰にも理解されず(むしろ「自由に旅をしてうらやましい人」などと言われる)、ただただ虚無と孤独が蓄積していくのです。生きてて楽しい人が理解できない。希望はない。早く終わらせたい。
言いたい事がありすぎて、何も言えなくなる現象。やがて、どうせ伝わらない、何を言ってもムダと思い始める。すると頭が空っぽになる。初めから何も無かった気さえする。結局すべては幻で、なにか重要な事があったという気分だけが漂い続ける。喫煙者の部屋に染み付いたタバコの悪臭のように、いつまでも無力感を反芻させる。
私はいつもそんな感じです。
何かを言おう、書こう、作ろうとすると、必ず最後はそのようになってしまう。目的が頓挫し、心と頭脳が停止した後で、意欲の残り香だけが無力感をジクジク分泌させる。「やはりダメなやつだ、存在する意味がない、早く死んでしまえ」と自分を責め続ける。もう、行動する前から負けが決定しています。
そのせいで、なにひとつ、物事を完成できないで、今日に至ります。
これから先も、ずっと負け続けるのでしょう。
早く死にたい。無駄な生存本能を麻痺させられればいいんですが……。
今回も、実は他に書こうとした 事があったのです。しかし、知らない間に潰えてしまった。
いまは慣れてしまった敗北感に苦笑しています。こうして枯れていく。
これでは、「言いたい事を言ってストレス軽減」 という当初の目的を果たし得ない。
そんなことさえできないとは、本当に、どうすればよいのでしょうか……。
私はいつもそんな感じです。
何かを言おう、書こう、作ろうとすると、必ず最後はそのようになってしまう。目的が頓挫し、心と頭脳が停止した後で、意欲の残り香だけが無力感をジクジク分泌させる。「やはりダメなやつだ、存在する意味がない、早く死んでしまえ」と自分を責め続ける。もう、行動する前から負けが決定しています。
そのせいで、なにひとつ、物事を完成できないで、今日に至ります。
これから先も、ずっと負け続けるのでしょう。
早く死にたい。無駄な生存本能を麻痺させられればいいんですが……。
今回も、実は他に書こうとした 事があったのです。しかし、知らない間に潰えてしまった。
いまは慣れてしまった敗北感に苦笑しています。こうして枯れていく。
これでは、「言いたい事を言ってストレス軽減」 という当初の目的を果たし得ない。
そんなことさえできないとは、本当に、どうすればよいのでしょうか……。
治らない病は、「呪い」 と形容するのが正しいかも知れません。
呪いに追いつかれないように、私は旅をしていた。今もまだ旅の途中です。旅の間は健全でいられたからです。
ですが、ついに、呪いに追いつかれてしまった。
「呪い」に囚われるとどうなるのか。
間歇的に怒りと憎しみの発作が襲ってきます。心拍数が上がり、体温は上昇し、頭がくらくらして、殺意さえ覚える。、「なぜ今こんな所にいるんだ!こんな所にいる場合じゃない!」とムダに切迫してしまいます。拳は固く握られ、机を叩き割りたい衝動を抑える。
それらが行き過ぎるのを、じっと待つ。
次に来るのは、虚無感、恥。哀しさと罪悪感です。
心無い発言や行為が追憶を呼び覚まし、玉突き衝突のように悪感情はインフレする。
そういった悪感情から逃げるだけの人生には、希望がない。
ああ、どこから書いたらいいのか分からない!
書くべきことが多すぎて、まるで整理できない。
この無力感!
死に値するほどの、この無能さ!
「私は劣等生です」 と、何べんも、父親に言わされた通り、私は立派な劣等人間になりました。お喜びください。
自覚が足りない、声が小さいと、手首の関節を小手返しでひねられ、床に押さえつけられて、あの日私は何度もそれを言った。大声で叫んだ。
他にも色々あったはず。
そうだ、父は音楽を憎んでいた。
音楽の成績が良かったとき、土下座で謝罪しなくてはならなかった。
「音楽の成績が良くて、申し訳ありませんでした」
すごく良かったのではありません、父の好きな算数と体育の成績よりは良かったのです。これが、「父をバカにしている」 というわけで。他、図工と国語に関して、「得意科目は、もう二度と勉強しません」 と宣誓させられたんですが、それもこれも、素質のない算数、数学、体育のためです。
「嘘も繰り返せば本当になる」 という話は本当です。自己批判は効果的で、すぐに成績は下がった。他の科目も全部まとめて下がる。すると新たな折檻という無限ループです。
正座の折檻にもいろいろあって、幼稚園児のころは、よく全裸で正座させられた。
服を脱がされ、玄関の外に正座。
パンツを脱がされるのが本当にイヤで、抵抗しては殴られた。だいたい三十分から二時間、座らされた。
折檻の理由は、たとえば 「もたもたと、いつまでも食事をしていた」 から……。なぜ、見知らぬ人に、裸で正座しているのを、見られなくてはいけないのか。
とはいえ、案外みんな見て見ぬフリをしてくれます。冷たいのはコンクリートも視線も同じで。変態の家族だと思われてたんですかね。今なら聞いてみたい気もする。
幼児期に限れば、長男様である兄も等しく折檻されていました。
全裸で屋外放置も、よく二人並んで正座してましたよ。「なんでこんな事するんだ!もういやだ!」って私が怒って泣くと、兄は、「黙れ!黙って座ってろ!」 と泣いてましたね。
屈辱感、無力感はありえないレベルですが、防犯のため 「人さらい」 の話をたっぷり聞かされていたので、恐怖感も半端なかったです。幼稚園児だって、そんぐらいのことは分かる。
親がボケ老人になったら、同じ事をしてやりたい。する権利があると思う。死ぬまで放置したやりたい。
折檻が好きな家でした。
殴り、ひねり、自己批判。私にエサを与えるかどうかの裁判。何時間どんなシチュエーションで正座させるかの裁判。持ち物を取り上げて破壊する、捨てる。ただ追い詰めるための説教。
私は密かに、あの家は「捕虜収容所」、父を「看守」と呼んでいました。両親が私をコントロールするのに食事を武器に使うので、食事は「エサ」と呼んでいた。それを責めないで欲しい。事実だから。
折檻されずに育った普通の人たちが憎い。
だめだ、思い出すと手が震える。
暖房ついてないのにこの暑さはなんだ。
父は、私と兄を、相当なバカと考えていました。
あるとき父は出張から帰り、私たちにお土産を下賜します。それが焼き物の鈴なんですね。狛犬のような顔をしている。
何かの神様を象ったものだそうで、「何の神様か当ててみろ」 と父が謎かけします。
答えられずにいると、ヒントをくれました。「お前らに、一番足りないものだ」 と。
下手な事を言えば殴られる。父が好きそうな、努力とか向上心とか、言ってみたんですが、全部外れでした。
答えられない愚かな子供らを、父は鼻で笑った。
「知恵の神様だ」
勝ち誇った。
「お前らに一番足りないものだと言っただろうが」
私たちに、お土産をよこしました。「ありがとうございます」 と言わなくてはならない。
世界で一番うれしくないお土産です。
後年、私が発狂したときに、真っ先に鉈で破壊したのが、この焼き物の鈴でした。
そうやって追い詰めてせせら笑うのが父の楽しみだったようで。
十代の終わりに、私が心療内科に通い出したころのことです。
私は自分の人生の無意味さを、なんというか、ついに「実感」しました。理屈で分かっていたけど、内面世界が崩壊するほどの「余裕」が無かったんですね、それまでは。
捕虜収容所の生活はサバイバルで、外敵・外界に対する緊張感で余裕が無かった。強力な自衛本能が私を支えていた。同時に、強すぎる両親の支配が、自我の発達を阻害していた。怒り憎みつつも、両親を信用していたし、たぶん愛していた、飼い犬が主人を慕うように。
でも、医者に通いだして、きっと少しだけ緊張がほぐれて、それが忍び込んでくる余裕ができてしまった……。
ある日、父に説教されている最中に、つい吐露してしまいました。
「今まで、自分は何をやってきたんだろう。生まれてから今までの自分の人生は、ムダだった。自分の存在がまったく無意味な気がして、恐ろしい」
泣きながらそう言った私に、父はこう答えました。
「今ごろ分かったのか、馬鹿者」
父は嘲笑いました。
まぬけにも見事に人間敗北宣言をした私は、引きこもりになった。
サメのような終わりなき逃走生活を始めたのは、その数年後です。
何から逃げるのか。
消えるはずもない追憶。怒りと憎しみの激情。無力感と、安楽死への憧憬。
つまり、「呪い」 からの逃走です。
ちょっとダイジェストっぽく書いてみたけれど、実際にこうして文字にしてみると、案外たいしたことない事で悩んでいる気がする。なんだ、その程度か……無力感が倍増です。
みみっちい人間なのでしょうね。
どう書いたらいいのか。
食事に関するルールと、異常な執着。
折檻と支配への執着。
教育が虐待に堕していく過程。
封建的な思想と、長男様主義。
最後は私だけが虐待用の犬になったこと。
兄との葛藤と、ドロップアウト。
家族全員が心療内科や精神科に通った事。
兄に詐欺の片棒を担がされ、はしごを外されたこと。
父の母に対する支配方法。
母のヒステリーと、いつも愚痴を聞かされていた事。
折り紙を捨てられてしまった事。
目の前で本を破いて捨てる事。
……
ナマの感情を、感覚を、どう書いていいのか分からない。
なんか色々出てくる。
まぁ、まだ始まったばかりというか。
また書きます。
呪いに追いつかれないように、私は旅をしていた。今もまだ旅の途中です。旅の間は健全でいられたからです。
ですが、ついに、呪いに追いつかれてしまった。
「呪い」に囚われるとどうなるのか。
間歇的に怒りと憎しみの発作が襲ってきます。心拍数が上がり、体温は上昇し、頭がくらくらして、殺意さえ覚える。、「なぜ今こんな所にいるんだ!こんな所にいる場合じゃない!」とムダに切迫してしまいます。拳は固く握られ、机を叩き割りたい衝動を抑える。
それらが行き過ぎるのを、じっと待つ。
次に来るのは、虚無感、恥。哀しさと罪悪感です。
心無い発言や行為が追憶を呼び覚まし、玉突き衝突のように悪感情はインフレする。
そういった悪感情から逃げるだけの人生には、希望がない。
ああ、どこから書いたらいいのか分からない!
書くべきことが多すぎて、まるで整理できない。
この無力感!
死に値するほどの、この無能さ!
「私は劣等生です」 と、何べんも、父親に言わされた通り、私は立派な劣等人間になりました。お喜びください。
自覚が足りない、声が小さいと、手首の関節を小手返しでひねられ、床に押さえつけられて、あの日私は何度もそれを言った。大声で叫んだ。
他にも色々あったはず。
そうだ、父は音楽を憎んでいた。
音楽の成績が良かったとき、土下座で謝罪しなくてはならなかった。
「音楽の成績が良くて、申し訳ありませんでした」
すごく良かったのではありません、父の好きな算数と体育の成績よりは良かったのです。これが、「父をバカにしている」 というわけで。他、図工と国語に関して、「得意科目は、もう二度と勉強しません」 と宣誓させられたんですが、それもこれも、素質のない算数、数学、体育のためです。
「嘘も繰り返せば本当になる」 という話は本当です。自己批判は効果的で、すぐに成績は下がった。他の科目も全部まとめて下がる。すると新たな折檻という無限ループです。
正座の折檻にもいろいろあって、幼稚園児のころは、よく全裸で正座させられた。
服を脱がされ、玄関の外に正座。
パンツを脱がされるのが本当にイヤで、抵抗しては殴られた。だいたい三十分から二時間、座らされた。
折檻の理由は、たとえば 「もたもたと、いつまでも食事をしていた」 から……。なぜ、見知らぬ人に、裸で正座しているのを、見られなくてはいけないのか。
とはいえ、案外みんな見て見ぬフリをしてくれます。冷たいのはコンクリートも視線も同じで。変態の家族だと思われてたんですかね。今なら聞いてみたい気もする。
幼児期に限れば、長男様である兄も等しく折檻されていました。
全裸で屋外放置も、よく二人並んで正座してましたよ。「なんでこんな事するんだ!もういやだ!」って私が怒って泣くと、兄は、「黙れ!黙って座ってろ!」 と泣いてましたね。
屈辱感、無力感はありえないレベルですが、防犯のため 「人さらい」 の話をたっぷり聞かされていたので、恐怖感も半端なかったです。幼稚園児だって、そんぐらいのことは分かる。
親がボケ老人になったら、同じ事をしてやりたい。する権利があると思う。死ぬまで放置したやりたい。
折檻が好きな家でした。
殴り、ひねり、自己批判。私にエサを与えるかどうかの裁判。何時間どんなシチュエーションで正座させるかの裁判。持ち物を取り上げて破壊する、捨てる。ただ追い詰めるための説教。
私は密かに、あの家は「捕虜収容所」、父を「看守」と呼んでいました。両親が私をコントロールするのに食事を武器に使うので、食事は「エサ」と呼んでいた。それを責めないで欲しい。事実だから。
折檻されずに育った普通の人たちが憎い。
だめだ、思い出すと手が震える。
暖房ついてないのにこの暑さはなんだ。
父は、私と兄を、相当なバカと考えていました。
あるとき父は出張から帰り、私たちにお土産を下賜します。それが焼き物の鈴なんですね。狛犬のような顔をしている。
何かの神様を象ったものだそうで、「何の神様か当ててみろ」 と父が謎かけします。
答えられずにいると、ヒントをくれました。「お前らに、一番足りないものだ」 と。
下手な事を言えば殴られる。父が好きそうな、努力とか向上心とか、言ってみたんですが、全部外れでした。
答えられない愚かな子供らを、父は鼻で笑った。
「知恵の神様だ」
勝ち誇った。
「お前らに一番足りないものだと言っただろうが」
私たちに、お土産をよこしました。「ありがとうございます」 と言わなくてはならない。
世界で一番うれしくないお土産です。
後年、私が発狂したときに、真っ先に鉈で破壊したのが、この焼き物の鈴でした。
そうやって追い詰めてせせら笑うのが父の楽しみだったようで。
十代の終わりに、私が心療内科に通い出したころのことです。
私は自分の人生の無意味さを、なんというか、ついに「実感」しました。理屈で分かっていたけど、内面世界が崩壊するほどの「余裕」が無かったんですね、それまでは。
捕虜収容所の生活はサバイバルで、外敵・外界に対する緊張感で余裕が無かった。強力な自衛本能が私を支えていた。同時に、強すぎる両親の支配が、自我の発達を阻害していた。怒り憎みつつも、両親を信用していたし、たぶん愛していた、飼い犬が主人を慕うように。
でも、医者に通いだして、きっと少しだけ緊張がほぐれて、それが忍び込んでくる余裕ができてしまった……。
ある日、父に説教されている最中に、つい吐露してしまいました。
「今まで、自分は何をやってきたんだろう。生まれてから今までの自分の人生は、ムダだった。自分の存在がまったく無意味な気がして、恐ろしい」
泣きながらそう言った私に、父はこう答えました。
「今ごろ分かったのか、馬鹿者」
父は嘲笑いました。
まぬけにも見事に人間敗北宣言をした私は、引きこもりになった。
サメのような終わりなき逃走生活を始めたのは、その数年後です。
何から逃げるのか。
消えるはずもない追憶。怒りと憎しみの激情。無力感と、安楽死への憧憬。
つまり、「呪い」 からの逃走です。
ちょっとダイジェストっぽく書いてみたけれど、実際にこうして文字にしてみると、案外たいしたことない事で悩んでいる気がする。なんだ、その程度か……無力感が倍増です。
みみっちい人間なのでしょうね。
どう書いたらいいのか。
食事に関するルールと、異常な執着。
折檻と支配への執着。
教育が虐待に堕していく過程。
封建的な思想と、長男様主義。
最後は私だけが虐待用の犬になったこと。
兄との葛藤と、ドロップアウト。
家族全員が心療内科や精神科に通った事。
兄に詐欺の片棒を担がされ、はしごを外されたこと。
父の母に対する支配方法。
母のヒステリーと、いつも愚痴を聞かされていた事。
折り紙を捨てられてしまった事。
目の前で本を破いて捨てる事。
……
ナマの感情を、感覚を、どう書いていいのか分からない。
なんか色々出てくる。
まぁ、まだ始まったばかりというか。
また書きます。